43話 お披露目の夜会は厳かに?
いよいよ、リリーお披露目の夜会の日が近付いて来た。
とうとう第三王子の婚約者として、公の場で紹介されるのである。
今回、リリーのお披露目は王家主催の夜会で行われるのだが、成人は迎えたもののまだリリーは社交界デビューをしていない。
最近まで領地で暮らしていたのと、リリーの家族が彼女の社交界デビューに積極的ではなかった為である。
しかし、第三王子と婚約をしたとなると、社交界に顔を出さないわけにはいかない。
よってお披露目当日、リリーの社交界デビューの祝いの場として、デビュタントも開かれることになった。
デビュタントにはもちろんリリーだけでなく、社交界デビューしていない他の同じ年頃の令嬢も参加する為、幼馴染みのジェシーも一緒である。
リリーはジェシーが居てくれて、心強く思っていた。
「リリーのドレスは、腹黒王子が用意するのよね?」
「ええ、もうすぐ出来上がるって手紙に書いてあったわ」
恒例の二人だけのお茶会でジェシーに訊かれたリリーは、クッキーに手を伸ばしながら答えた。
ジェシーはすっかり『腹黒王子』呼びが定着し、リリーが注意しても直す気は全くないらしい。
リリーは何故、ラインハルトが『腹黒』と言われるのかわからなかったが、ジェシーも詳しく教える気はないようだ。
「そうそう、ジェシーにお土産があるのよ。この前街で買ったの。可愛いでしょう?」
例のデートの際に男爵令嬢が騒動を起こし、その後二人の追いかけっこの原因となったあのキャンディーである。
全部影から見ていたジェシーは、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
「随分お洒落なキャンディーね。お忍びデートは楽しかった?」
ほぼ観察済みだが、素知らぬフリで尋ねてみた。
「ええ、とっても!! ジェシーもお兄様と行ったらいいわ」
まさか尾行して同じルートを巡ったとも言えず、ジェシーは「それもいいわね」と無難に返事をした。
そして、ラインハルトに声をかけられた時の事を思い出していた。
つけていることに気付かれていることはわかっていたし、正直悪いことをしている自覚はジェシーにもあった。
しかし予想外に、少しのイヤミは言われつつも、咎められはしなかった。
その時ジェシーは感じたのだった。
『ああ、私はこの王子に同志として認められている』と。
王子とジェシーは、リリーを守る仲間なのだ。
「ねえ、ジェシー。私がエスコートをお兄様に頼んでしまったせいで、婚約者なのにジェシーがお兄様と居られなくてごめんなさい」
「それは仕方ないことよ。デビュタントは身内がエスコートをするって決まっているもの。私ならオーウェンお兄様にお願いするから大丈夫よ」
リリーは婚約のお披露目の時までは、兄のアーサーにエスコートをされることになっている。
その為、ラインハルトには夜会の会場に入っても、お披露目の時まで話すことが出来ないのだ。
当日は二組の兄妹で一緒に出発する約束をして、その日は別れた。
お披露目当日。
リリーはラインハルトから贈られた、柔らかい生地の白いドレスを着ていた。
趣味の良いアクセサリーも同包されていたが、デートで立ち寄った宝飾店のものだとすぐに気付いた。
ハルト様ったら、あの時姿が見えなかったのは、このネックレスの相談をしてくれていたのね。
いつもリリーのことを想ってくれるラインハルトに、胸が温かくなる。
それと同時に、いよいよ皆の前で婚約者として紹介されると思うと、緊張で手足が震えそうだった。
どうか皆さんに受け入れられますように……。
リリーは祈った。
王宮の中の会場に到着してみると、思ったよりも和やかな雰囲気にリリーはホッとしていた。
リリーに気付いた人々も、温かな目を向けてくれる。
しばらくすると王族が入場し、今夜の主役であるデビュタントの令嬢達は国王と王妃の前で挨拶を始めた。
特別扱いを望まないリリーも他の令嬢と共に並び、挨拶を述べたーーのだが。
そこはやはり王家、なかなかブッ飛んでいた。
「おお、リリーちゃん。可愛いぞ」
「やっぱりリリーちゃんには、このラインのドレスが似合うと思ったのよ!」
「ちょ、父上、母上! 僕より先に誉めるのはやめて下さい!! リリー、とっても可愛いよ」
あれ?
この場で話しかけられるのは予想外なのですが。
……デビュタントって、こんな砕けた雰囲気のものでしたっけ?
厳かな行事って聞いてましたけど。
ジェシーが肩を揺らしているのが見える。
あれは絶対笑っているに違いない。
つられるように、見守っていた貴族からも笑いが起き、徐々に笑い声が会場を包んでいく。
こうして夜会は平和に始まったが、この後まさかの嵐が吹き荒れることをまだ誰も知らない。