41話 王子様はリリーに勝てない。
串焼き屋で腹ごなしを済ませた後は、いよいよ本格的に散策の開始である。
相変わらず手を繋いだラインハルトとリリーは、仲良く通りを歩き始めた。
「気になるお店があったら言って。僕のオススメの店にも連れていくけど」
「はい! 色々あって、目移りしちゃって……。あっ、あの雑貨のお店が可愛くて気になります」
「じゃあ入ってみようか」
その雑貨屋も、あらかじめラインハルトが手を回している為、店員もお忍びのことを理解し、心得ていた。
既にサクラの客も数人配置してある。
「いらっしゃいませー」
二人が店に入ると、入口近くの目に入りやすい場所にペアの雑貨が並べられていた。
王子が婚約者とお揃いの物を所望していると事前に伝えられていた店側が、敢えてそういうレイアウトを施したのだ。
うわぁ、可愛いペアの雑貨がたくさん。
領地にはこんなお洒落なお店は無かったから、ワクワクしちゃうわ。
ハルト様には可愛すぎるかもしれないけれど、お揃いで使えるものが買えたらいいな。
あっ!
「ハルト様、見て下さい。この可愛いカップ、二つ並べると柄が出来上がるんです。こっちのペンは、色違いでペアなんですよ。私、ハルト様とお揃いのものが欲しいです」
自分が元々望んでいたことをリリーから言い出してくれたことに、ラインハルトはこの上もない喜びを感じていた。
「僕も同じことを考えていたよ。いくつかペアで買っていこうか」
「はい!」
結局、雑貨屋ではリリーが見ていたペアのカップと、持ち手が色違いのペーパーナイフを二つ購入した。
お互いが送りあった手紙を、このナイフで開けることまで決まっている。
このペーパーナイフはハルト様からのお手紙専用に決定ね。
手紙をもらうだけでも嬉しいけれど、開封することまで楽しくなりそう。
リリーは自分が代金をし払うつもりでいたが、いつの間にかラインハルトが会計を終えてしまっていた。
そんなスマートな動作にも、デート初心者のリリーは胸が高鳴ってしまう。
ーー余裕を見せているラインハルトが、実は父と兄達からデートの心得を学んできたことは、王家の男同士の秘密だ。
「こっちのカップはまとめて僕が持って帰るね。柄がバラバラになったら可哀想だし。城で一緒に使おう」
「そうですね。片方じゃ寂しいですもんね」
「早く毎日一緒に使える日が来るといいよね」
「はい!…………え? それって……」
リリーにしては珍しく、ラインハルトの言葉の意味をきちんと理解していた。
それが『すぐに結婚したい』と暗に告げていることに気付いたリリーは、ボフッと赤くなりながらも、毎日当たり前のように一緒に居られる未来を想像して幸せな気持ちになってしまう。
まるで幸福感に浸るような婚約者の様子に、ラインハルトは抱きしめたくなる衝動を必死に抑えつけていた。
この雑貨屋は町に住む者も買いに来るような庶民的な店で、購入した物も決して高価な物では無かったが、二人にとって大切な思い出のカップとペーパーナイフになったのだった。
そして、両方の品があっという間に噂の的となり、しばらく品切れが続くのはまた別の話……。
雑貨屋を出ると、ラインハルトがオススメの花屋があった。
店の外まで懐かしい野花が所狭しと売られているが、その中に領地で特に好きだった花を見つけたリリーは歓声をあげた。
王都ではなかなか見ることができない花だったからである。
「すごい! この花、久しぶりに見ました。ハルト様、私のいた領地でよく咲いているお花なんですよ。なんだか懐かしい……」
「好きな花があって良かった。確かにリリーのように可愛らしい花だね」
そう言ったラインハルトは、店先にいた店員らしき女性を呼び止めた。
「この店の花を全部もらいたい。スペンサー侯爵家まで配達を頼む」
花屋にあった花全てを買い取るつもりらしく、リリーは慌てた。
「ハルト様、そんなにたくさんいただけません」
「僕に贈らせて欲しい。リリーを領地には返してあげられないから、せめてこれくらいね。あ、百合は全部城宛で」
百合だけはしっかり城に届くように付け加えている。
「リリーの名前が百合だから、百合も大好きになったんだ」
照れ臭そうに笑うラインハルトに愛おしさが溢れてしまい、城に配達を頼んだらお忍びになっていないことなど、リリーは全く気付いていなかった。
その後、屋台のキャンディ屋へ向かった二人は、カラフルな飴が詰まった瓶を選び合った。
キャンディの種類や、瓶の形が様々あることにリリーは喜んでいたが、ラインハルトは一つ盗むように奪っていったという男爵令嬢に静かに腹を立てていた。
もちろん、例の秘書官がこっそりと報告をしていたのである。
リリーの為だけに用意したのに、よりによってリリーが目にする前に奪うとはね。
どうしてくれようか……。
ラインハルトはリリーに対してだけは苛立ちを上手く隠していたーーつもりだったが、違和感を感じたリリーは瓶を一つ選ぶと、さっさと代金を支払い、キャンディを一粒ラインハルトの口に押し込んだ。
むごっ
急にキャンディを口に放り込まれたラインハルトが驚いてリリーを見ると、リリーはイタズラが成功したような顔をして笑っていた。
「ハルト様、今違うことを考えていたでしょう? 油断大敵ですよ」
思わずイライラも吹き飛び、ラインハルトは笑い声をあげていた。
油断大敵って。
油断しているとキャンディを詰め込まれるって、なんだそれ。
「やったな、リリー」
ラインハルトがやり返そうと飴の瓶に手を伸ばしたのがわかり、リリーは急いで駆け出した。
急に始まった鬼ごっこに、まわりにいた人々も巻き込まれて笑い出す。
「待て、リリー!」
「走るのは負けませんよー」
「うっ、本当に早いな。でも負けるもんか」
その頃、『周囲が凍るほど不穏な空気を醸し出していたラインハルトが、リリーの飴で一瞬にして笑顔になり、街中を二人で元気に駆け回っている』と、自身の密偵から報告を受けた王妃は、城で笑い転げていたのだった。