40話 バカップルの串焼きタイム。
リリーはラインハルトに連れられ、串焼きの屋台の前まで歩いてきた。
もちろん、手はずっと繋がれたままである。
「ハルト様、とてもいい匂いがしますね! お腹が空いてきちゃいます」
言ったそばから、リリーのお腹が鳴った。
キュルル……
きゃーっ、本当にお腹が空いて鳴っちゃうなんて!
ハルト様には聞こえてないといいのだけれど……。
祈る気持ちでチラッとラインハルトの様子を伺うと、リリーから顔を背けていて表情は見えないものの、その肩はしっかり震えている。
聞こえていたのは確実だった。
「もう! ちゃんと笑うなり、聞かなかったフリをするなりして下さい!」
リリーが拗ねて、ラインハルトの腕をペチペチ叩く。
「あはははは! ごめんごめん、あまりに可愛い音だったから、気付かないフリが出来なかったんだよ」
あまりに楽しそうにラインハルトが笑うので、つられてリリーも笑っていると、屋台の店主らしき男性が声をかけてきた。
大きな体がクマのようだが、器用に細い串を操っている。
「お二人さん、仲がいいねぇ。うちの串焼き食べていかないかい? サービスするよ?」
「では二本もらおうか」
「まいど!」
ラインハルトが店主に硬貨を払い、肉と野菜が交互に刺さっている串焼きを受け取った。
もちろん、この串焼きをここで食べることも、店主との今のやり取りも、事前に決まっていたことである。
この店で串焼きを食べることは、国王のお忍びデートの時からもはや王家の伝統になりつつあり、店主の演技もどんどん上手くなっていることをリリーは知らない。
ラインハルトに一本手渡されたリリーは、大きさに躊躇することもなく齧りついた。
ここが今まで連れてこられたご令嬢達とは違う点である。
同じやり取りを見慣れていた店主も、リリーの大きい一口目に驚いて口を開けていた。
「美味しい!!」
頬にタレを付けながら肉を頬張るリリーを、愛おしげに眺めるラインハルト。
リリーは肉の味付けが気になるらしく、独り言が口を出ていた。
「とっても美味しいけれど、このソースは何が入っているのかしら? この照りはジャム? でも一体何のジャムが……」
ブツブツ呟いているリリーに、ラインハルトが提案した。
「気になるなら店主に訊いてみたら?」
「そんなこと出来ません! ソースというのは店の命ですよ? きっと一子相伝の秘伝の味に決まっています!!」
「いやいやいや、そんな大袈裟な。訊けば教えてくれるって。ねぇ、店主?」
会話が全て聞こえていた屋台の店主は、必死に笑うのを堪えていた。
一子相伝って!!
よくある屋台の串焼き屋だし!!
誉めてもらえるのは嬉しいが、そこまで秘密がある訳でもない。
あっさりと答えを口にした。
「いちじくのジャムが入っているんだよ。お嬢さんは料理が好きなんだね。試してみるといいよ」
「いちじく! ありがとうございます。ハルト様、私が作ったら食べてくれますか?」
「もちろんだよ。楽しみだな」
ラインハルトはリリーに答えると、今度は店主に向かって得意げに話しかけた。
「うちの可愛い妻は、料理が上手でね」
「妻!?」
「それは羨ましいなぁ。また寄ってくれよ」
リリーは妻と言う言葉に頬を赤らめ、照れ隠しで串焼きを頬張った。
その頃二人に追い付いたアーサーとジェシーは、リリーが頬に付けたソースを、優しい手つきでハンカチで拭っているラインハルトを見て驚愕していた。
「バカップルって、ああいうのを言うのかしら?」
「そうだね。女性にあんなにマメな王子を見たことがないよ。嬉しそうに拭いてるし……。あーあー、みんな動揺しちゃって」
サクラや護衛の人々が、あちらこちらで躓いたり、物を落としたりしていた。