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39話 騒動を起こす男爵令嬢。

ラインハルトの乗った馬車が、スペンサー家に近付いてくる。

お忍び専用の、見かけだけ質素で乗り心地は抜群の、王家特注の馬車である。


「ハルト様!!」

「リリー!!」


スペンサー家の屋敷までリリーを迎えに来たラインハルトは、ヒラリと馬車から降り立つと、まるで数ヵ月ぶりに再会したかのような勢いでリリーを抱き締めた。

もちろん先週も突然プレゼントを届けに現れたばかりなので、それほど顔を会わせていない訳では断じてない。

少し身体を離すと、リリーの庶民風の格好を上から下まで眺めたラインハルトは、嬉しそうに破顔した。


「さすがリリー! どうみても可愛い町娘にしか見えないよ!! リリーは何を着ても似合うね」

「ありがとうございます、ハルト様。私も今日の服装は結構自信があるんです!」


楽しそうに微笑み会う二人だが、見送りに並んでいたスペンサー家の使用人一同は、心の中で突っ込んでいた。


『それって、どうなんだ!?』



馬車は賑わう街の中心部付近で停め、そこから歩いて向かうことになっている。

お忍びにいつもの馬車だと目立ちすぎる為、今回はわざわざ目立たない特注の馬車を用意していた。

だからこの地味な馬車で直接街へ乗り入れても問題ないのだが、街までの道を手を繋いで歩きたいというラインハルトたっての希望により、決まったことだった。

どうせ街中でも手は繋ぎ続けるのだし、皆がお忍びを知って協力している時点で、これらは全てにおいてあまり意味はないことは明白でありーーつまりただの雰囲気作りである。


予定通り、繁華街まであと少しというところで二人は馬車から降りた。

人通りはまだ少ないが、先の方に賑やかな様子が伺え、リリーは興奮していた。


「ハルト様、向こうの方が賑わっていますね! 何があるのでしょう? 楽しみですね」


王都へ戻ってからしばらく経つが、リリーは数度本屋などに立ち寄っただけで、ぶらぶらと街歩きをしたことがなかったのである。

ラインハルトがリリーが指で示す方向に顔を向け、一瞬眉を寄せた。


「リリー、とりあえずこの右の道から廻ろうか。後であそこも通るし。美味しい屋台がこっちにあるんだ」

「はい! 屋台、楽しみです」


ラインハルトは手を繋ぐと、リリーをさりげなく喧騒とは反対の道へと誘導した。



「あら? 二人があっちの道へ行ったわ。予想が外れたわね。というか、あの人だかりは何かしら?」

「何だろう。明らかに揉めてる気が……」


ラインハルトとリリーの後をつけるように、アーサーとジェシーも街へやって来ていた。

リリーが賑わっていると喜んでいた群衆が二人の目にも入ったが、それは賑やかというより明らかに騒動が起きているとしか思えなかった。

ラインハルトはその騒動を避けようと、予定とは違う道を選んだらしい。


「アーサーお兄様、あの騒ぎちょっと気にならない? 見に行きましょうよ」

「うーん、確かに気にはなるかな。見るのはいいけど、巻き込まれないように遠くからだよ?」


二人はリリー達から離れ、騒動に近付いてみることにした。



「だーかーらー、私には売れないってどういうことよ? 私を誰だと思っているの?」


騒ぎの中心には、若い女性がいた。


「あら? あの娘って確か男爵令嬢の……」


ジェシーは彼女を見て、過去の嫌な記憶が蘇り、眉をしかめた。

昔、ジェシーを虐めた令嬢の取り巻きの一人だったからだ。


「さっさとよこしなさいよ。お金なら払うわよ。珍しくセンスのいいお菓子を売っているかと思えば……。だから庶民は嫌なのよ」


どうやら、お菓子を売っている屋台で揉めている。

確かにあまり見かけない、カラフルで可愛らしい鳥の形をしたキャンディが、小瓶に入って売られている。

リリーが見たらいかにも喜びそうなキャンディだ。


「当然あれって……」

「うん。王子がリリーの為に仕込んだニセの屋台だろうな」


高位の貴族なら、今日の王子のお忍びデートは事前に知らされていたり、街の状況から薄々察知するのだが、どうやらこの男爵令嬢は気付いていない。

元々貴族としては爵位が低い分、普段から庶民に対してだけ威張っているのだろう。

日常的にきちんと振舞っていれば、いくらでも情報は入ってくるはずだった。


「ちょっと、そこのあなた。ここの店主の態度、庶民のくせに生意気だとは思いませんこと?」


男爵令嬢は近くに立っていた町人風の男性に絡み出した。


「あなたも同じ庶民として、おかしいと思いますわよね?」


男性は微笑みながら彼女の話を聞いている。


「あ、まずいな。あの男性、変装した秘書官だ」

「確かに全然貴族らしさが消えてないものね。あんな下手な扮装でも彼女にバレてないのがすごいわ」


話を聞いてくれることに気を良くしたのか、男爵令嬢は更に言葉を続けた。


「さっきそこの花屋にも行きましたの。そうしたら、安っぽい野の花と百合しか置いていなかったの。信じられる? そんな雑草と、よりによって百合って! 私、百合って臭くて大嫌いなのよね」


ラインハルトがリリーの為に準備したお菓子、リリーが好きな野の花、リリーの名前の元となる百合……。

彼女は短時間に、ラインハルトの想いをことごとく踏みにじっていた。


話すだけ話すと満足したのか、キャンディを一瓶店主から奪い、お金を投げつけて男爵令嬢は去っていった。

それまで笑顔で話を聞いていた秘書官は、一気に冷めた表情に戻ると、路地裏にそっと消えた。


「あらら。彼女、終わったわね」

「そうだね。僕も腹が立ったけど、ラインハルト様があの暴言を許すとは思えないな」


かくして二人の読み通り、王都でその男爵令嬢を見ることは二度となかったのである。


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