37話 好きってやっと言えたけれど。
ジェシーの帰宅によって、応接室にはリリーとラインハルトだけが残された。
ラインハルトに自分の気持ちを告白するには絶好のチャンスが到来したわけだが、予期せずに突然訪れた機会にリリーの心臓は早鐘を打っていた。
こ、告白ってどう切り出せばいいのかしら?
挙動不審なリリーの向かいで、何も知らないラインハルトは優雅に腰を下ろし、嬉しそうにリリーのことを見つめていたが、思い出したかのように言った。
「あ、リリー。婚約お披露目の夜会なんだけど、ドレスは僕がもう注文してるから、準備しなくていいからね」
「え? もう手配して下さったのですか?」
「うん。母上にも相談して、特別素敵なドレスになる予定だから楽しみにしてて」
「ありがとうございます! あ、でも私ばっかりいつもいただいてしまって……。私も何かハルト様へご用意出来ればいいのですけど」
「リリーのその気持ちだけで嬉しいよ」
ラインハルトににっこりと微笑まれてしまったが、リリーも引かない。
食べ物以外もプレゼントしてみたいと思ったのである。
それはハルト様は王子様だし、何でも持っているに違いないけれど……。
でも私だって、身につけてもらえるものとかを贈ってみたいのです!
まだ納得出来ずに渋っている様子のリリーに、頑固なところも可愛いと思いながら、ラインハルトが笑いを堪えつつ提案した。
「リリーがそんなに僕に何か贈りたいと思ってくれるなら、今度一緒に街へ買い物に行かない? お忍びだけど」
「お忍び!? いいのですか? 危険では?」
それはとても楽しそうな響きだが、第三王子ともあろう人が危なくないのだろうか。
つい心配になってしまったがーー。
「平気平気。だって、母上とも街で会ったでしょ?」
軽く否定された。
そうでした!
あれは紛れもなく、お忍び中の王妃様でした!!
「じゃあ、楽しみにしてますね」
ラインハルトと出かけられるのが嬉しくて、自然と笑顔が溢れてしまう。
そんなリリーの可愛い顔を見て、ラインハルトがじっとしていられる訳もなく……。
気付けばラインハルトがリリーの隣に移動してきていた。
「どうされたのですか?」
距離の近さに思わず照れ臭くなって尋ねてしまったが、リリーは今度こそ告白のチャンスだと気付いていた。
「せっかくだから、リリーの顔をもっと近くで見たくて」
ラインハルトが更に距離を詰めてくる。
お互いの方へ少し体を向けている為、もう二人の膝はくっ付いている状態だ、
「あの、ハルト様!」
「んー?」
ラインハルトは徐にリリーの左手をとると、握り始めた。
うひゃー、手を握られてるわ。
婚約者はこれが当たり前なのかしら?
でも緊張で何を言うのかわからなくなってしまいそう。
「えっと、私、ハルト様にお伝えしたいことが……」
「婚約破棄なら聞いてあげられないよ?」
食い気味に思ってもみないことを言われて動揺するリリー。
婚約破棄?
どうして婚約破棄の話なんか……。
疑問に思うが、ラインハルトは今度はリリーの左手の指をニギニギしていて、そちらにあっさりと意識を取られてしまう。
「えっと、違います。ずっと言いたいことがあって……」
「僕より好きな人がいてもムダだよ?」
またしてもラインハルトに途中で遮られてしまった。
へ?
ハルト様より好きな人?
ハルト様に告白をしたいと思っているのに、なんでそんなことを言うのかしら。
「ふふっ。ハルト様が一番好きなのに、ハルト様より好きな人なんていませんよ。ふふふ」
「そっか。僕より好きな人なんていないよね。あはは」
「うふふ」
「あはは」
「「……えっ??」」
間をおいて、二人の声が重なった。
きゃー、私ったらサラッと勢いで好きだと伝えてしまったじゃない!
あんなに脳内で練習したのに……。
それもこれも、ハルト様が変なことを言うからだわ!!
リリーは慌て、せっかく何パターンも告白のシミュレーションをしたのにと悔しく思った。
ラインハルトのせいで失敗したと責任転嫁をし、恨みがましい目で彼を見たがーー。
何故かラインハルトはリリー以上に慌てていた。
「リリー、今なんて言った? 僕より好きな人はいないって言った?」
「聞こえているじゃないですか! 知らないです! もう言わないです!!」
「うわ、なに!? 拗ねてるの? 拗ねてるリリーも可愛いんだけど!! え、僕ってもう長くないのかな? 幸せ過ぎて死にそう……」
「何、縁起でもないことを言ってるんですか! 街へ行く約束をしたばかりなのに」
「そうだった! 死んでる場合じゃないや。これからリリーを幸せにするんだから。でも僕はもう幸せ」
ラインハルトが堪らずにリリーをギュッと抱きしめ、頬に軽くキスを落とす。
「うひゃぁ」
リリーから変な声が聞こえたが、ラインハルトは気にせず抱きしめる腕に力を込めた。
思っていた告白とは違ったが、思っていた以上の反応が見られたリリーも、「私も幸せです」と温かい腕の中で囁く。
兄のアーサーが戻り、扉を開くまで二人の抱擁は続き、帰って早々まさかの光景を目にしたアーサーは、心底うんざりした顔をしたのだった。