36話 王子様に強敵現る!
「ハルト様、突然どうなさったのですか?」
リリーは第三王子ラインハルトの登場に驚き、ソファーから慌てて立ち上がりながら問いかけた。
使用人が廊下を慌ただしく行き交う音が聞こえ、王子のお茶の用意がすぐさま整えられる。
「婚約が成立したのを知ってね。つい嬉しくて、リリーの顔を見に来ちゃったんだよ」
機嫌が良さそうなラインハルトに対し、リリーとの大切なお茶の時間を邪魔されたジェシーは、この上なく不機嫌だった。
ただでさえ大好きな幼馴染みを強引にかっ攫おうとするラインハルトを敵視しているのに、能天気かつ非常識な登場をされたのである。
楽しい恋バナを妨害されたジェシーのイライラは最高潮であった。
「ごきげんよう、殿下。お約束もなく現れるなんて、いくら婚約者の家だからって驚きましたわ。それだけリリーは愛されてますのねぇ。熱々でようございましたわぁ」
言外に、『アポなしでノコノコ来るな、この非常識王子。邪魔なんだよ!』という気持ちを隠しもせず、ジェシーがラインハルトに挨拶という名の威嚇をする。
もちろんリリーにその裏の意味など気付けるはずもなく、『熱々って……』と照れているだけである。
「これは、ジェシー嬢。邪魔をして申し訳ない。いつも僕のリリーと仲良くしてくれて感謝しているよ」
ラインハルトも一歩も退かず、リリーは自分のものだとマウントを取り始めた。
正式に婚約が結ばれたからか、ジェシーの攻撃に少しも怯むことなく、むしろ余裕さえ感じられる。
そして言わずもがな、リリーは『僕のリリー』に反応して赤くなっていたが、ふいにあることを思い出してラインハルトに告げた。
「ハルト様、ジェシーも学院へ通うことになったんです! みんな一緒で楽しみですね」
「え?」
さすがにそこまでは見越していなかったラインハルトは、驚いた素振りを見せた後、一瞬嫌そうな顔をした。
その瞬間を見逃さなかったジェシーが、わざと追い討ちをかけるように続ける。
「殿下は色々とお忙しいでしょうし、女同士の方が行動も共にしやすいですもの。学院でのリリーは私にお任せください」
「ジェシー……! ありがとう」
リリーはウルウルと感動しているが、ラインハルトは面白くない。
「僕の婚約者の為に気遣いをありがとう。そうだな、これからリリーは王子妃教育やらで忙しく、僕がリリーの時間を独占してしまうからな。せめて学院の中くらいジェシー嬢と過ごせるといいよね」
笑顔でジェシーに言い返す。
まるで、リリーの全ての所有権は自分にあると言わんばかりにーー。
「あら、遠慮など無用ですわ。リリーとは小さい頃からの仲ですもの。学院外でもずっと傍におりますわ。友情は途切れることがありませんものね」
暗に、『婚約なんていつダメになるかわからない』とジェシーは匂わせている。
王子相手に強気過ぎる発言だが、負ける気はなかった。
すると効果があったのか、ラインハルトが言葉に詰まった。
どうやらラインハルトは、リリーの心変わりを恐れているらしい。
本当はジェシーも、リリーが領地にいた間は連絡が途切れていたのだから、そこまで友情について強く言える立場ではないのだが、そこはもちろん教える必要もないので黙っている。
王子を言い負かせたと満足したジェシーは、そろそろ頃合いだと思い、帰ることにした。
「私は帰るわね」
「え、帰ってしまうの?」
ラインハルトとジェシーが楽しそうに話していると思っていたリリーは、素直に驚いている。
リリーを巡って二人はバチバチだというのに呑気なものだ。
「リリーはこれからやるべきことがあるでしょう?」
「やるべきこと?」
首を傾げるリリーに、ジェシーはラインハルトをチラッと見ると、自分の胸をトントンと手のひらで軽く叩いてみせた。
いくらラインハルトが憎くても、リリーの邪魔はしないと決めているのである。
あ、告白ね!
……そうね、頑張ってみるわ!!
理解した様子のリリーにジェシーは安心すると、「それでは私はこれで失礼致しますわ」と短い挨拶をラインハルトと交わし、笑顔でリリーに手を振って部屋を出ていった。
「うーん、ジェシー嬢はうちの兄達よりよっぽど肝が据わっているなぁ。これは一番の強敵かもしれないね。次は負けないよ」
ラインハルトが愉快そうに呟いていた。