35話 これが恋バナというものなのね。
翌日、幼馴染みのジェシーがスペンサー家に遊びに来た。
来てくれなかったらこちらから押しかけていたところだ。
「ジェシー、お兄様との結婚……とりあえずは婚約かしら? とにかくおめでとう。ジェシーがお義姉さんになるなんて、不思議な感じね」
「不思議なのはこっちよ。なんで私の知らないうちに、あの王子と婚約してるのよ。まさか弱味でも握られているんじゃないでしょうね?」
あまりの不遜な言い方にリリーはビックリしたが、思わず笑ってしまった。
ジェシーったら、ハルト様を誤解してるわ。
確かにちょっと強引なところもあるけれど、とっても優しい方なのに。
ジェシーは持ち前の鋭い観察力で、ラインハルトの策略家で腹黒い本性を見事に見抜いていた。
しかし、リリーはいまだに全然、全く、気付いていない。
ジェシーはなんとかしてリリーの目を覚まそうと必死だったが、ラインハルトもリリーを手放さないよう同じく必死の為、二人の水面下での熾烈な争いはこれから長く続くことになるのである。
「それにしても、幼馴染み同士で結婚なんて、まるで小説みたいね。ドキドキしてしまうわ。あ、私は二人のラブラブを邪魔したりしないから、二人だけになりたい時は遠慮なく言ってね」
リリーは、自分なりに気を利かせた発言のつもりだったのだがーー。
ラブラブ……?
私とアーサーお兄様が?
お互いのメリットを重視した上での結婚で、恋人らしいイチャイチャなど考えたこともなかったジェシーは、内心戸惑っていた。
「ねぇ、ジェシーはお兄様のどこが好きなの?」
更に無邪気に重ねて訊いてくるリリーに焦ってしまうジェシーだったが、リリーは兄達が少なからずお互いに持っていた恋愛感情で結ばれたと信じて疑っていない。
「それは、えーと……」
ジェシーは、改めてアーサーの好きなところを考えてみた。
アーサーお兄様は、何と言っても優しい人よね。
見た目も清潔感があるし、カッコいいと思うわ。
努力家だし、家族思いだし、変な趣味もない……って、あら?
悪いところが少しも見つからないし、むしろアーサーお兄様以上の人なんて会ったことがないわ。
家族に対するのと同じ愛情を抱いているのだとずっと思っていたが、気付けばジェシーは初めてアーサーを男性として意識していた。
しかも、思っていた以上に好きなのかもしれないと自覚すると、サッと顔を赤らめた。
「まあ! 照れるジェシーなんて初めて見たわ!! お兄様の事がそんなに好きなのね」
リリーが嬉しそうに笑うが、恋心に気付いたばかりのジェシーは恥ずかしくて堪らない。
逃げるように話の矛先をリリーに向けることにした。
「私のことはいいの! リリーこそ、ラインハルト王子のことが好きなの?」
ジェシーの質問返しに、今度はリリーが動揺したように言葉を詰まらせた。
「あのね、私、まだ好きって言ってなくて……」
「え? 好きでもないのに、婚約が決まったってこと? あの王子に勝手に話を進められたの? 本当は婚約したくなかったんじゃないの?」
ジェシーが鬼の形相で捲し立て始めたので、リリーは慌てて否定をする。
「ううん、違うの。好きなんだけど、承諾だけしちゃったから、早く好きって伝えたいなと思って」
照れたようにはにかむリリーが可愛くて、ついジェシーはリリーの頭を撫でながら「言えるといいわね」なんて言ってしまった。
ラインハルトに渡したくはないが、リリーを応援してあげたい気持ちもあるという、非常に複雑な乙女心なのである。
嬉しそうに撫でられているリリーが、はっと気付いたように顔を上げた。
「もしかして、これが恋バナっていうものなのかしら?」
「そうね、私も初めてだから照れくさいわね」
二人が顔を見合わせて和んでいると、馬車が近付いてくる音がした。
「お兄様が学院から戻ったのかしら? 随分早いけれど」
兄のアーサーは、しばらく学院を休むつもりだったが、ジェシーという婚約者が出来た為、休むのをやめたらしい。
むしろ話を広げるべく、意気揚々と出て行ったのをリリーは知っている。
ジェシーが、「うちのお兄様も一緒かしら」などと平静を装いつつも、アーサーの帰宅に心を踊らせているのが丸分かりで、リリーはニヤニヤしていた。
しばらく待っていると、執事が何やら叫んでいるのが聞こえてきた。
「お待ちください!」と必死に止める声が二人の元まで届き、リリーとジェシーが不安げに見つめ合った時だった。
バタンッ
「リリー! 会いにきたよ!!」
「ハルト様!?」
けたたましくドアを開ける音と共に、再びラインハルトが予告もなくスペンサー家に現れたのだった。