33話 リリーをいじめたら王家が許しません。
「リリー、大事な話があるんだ。食べながらでいいから聞いてほしい」
朝食のスープを口に運んでいたリリーは、兄の言葉に怪訝な顔で頷いた。
ちなみに今朝はほうれん草のポタージュである。
お兄様ったら、どうしたのかしら?
そんな真剣な顔をして……。
王家からの知らせは、私が考えていたより大変なことなのかもしれないわ。
リリーは食事の手を止め、兄の話を聞くことにした。
「今日の明け方、王家から書類の数々が届いた。見てごらん。これは控えの分だけどね」
リリーは渡された書類に目を通してみた。
国王と父のサインが入ったその書類は、紛れもなくリリーの婚約に関する契約書であった。
「お兄様、これって……」
思ってもみなかった内容に目を丸くしたリリーに、アーサーはラインハルトの婚約者としてのお披露目や、学院への入学もすでに決まっていることを告げた。
「いきなりすぎて驚いただろう? 父上と僕も、朝からてんやわんやの大騒ぎだよ。勝手に持ってきて、今日記入して持ってこいっていうんだから」
「だからお父様はあんなに慌てていて、二人には隈が出来ているのですね。私ったら知らずに寝ていてごめんなさい……」
あまりの申し訳なさに、リリーは俯いてしまう。
「いや、それは構わないんだ。それより、リリーはラインハルト様との婚約を嫌になったんじゃないか? こんな逃げられないように、囲い混むようなやり方をされて」
「確かに昨日、婚約のお話をされたばかりなので、正直驚きました。でも嫌ではありません。もしかして昨日の話は夢だったのかもと思っていたので、現実だとわかって嬉しいくらいです」
リリーの前向きな返事に、アーサーは衝撃を受けた。
「あはは、参ったな。リリーは強いな。正直こんな重い相手、嫌になって当然だと思ったのに。しかも、こちらが断れないとわかってやっているからタチが悪い」
「まあ。お兄様ったら、王家に対して不敬ですわ。でも別に強くなんてな……」
言いかけて、ここにきてようやくリリーは気付いた。
もしや、第三王子の婚約者がこんな田舎者の令嬢だと世間にしれたら、この家や家族が嫌がらせを受け、迷惑をかけてしまうのではないかということを。
「お兄様、どうしましょう! 私が婚約者に選ばれたと噂が広がったら、私は何を言われても自業自得だとわかっていますが、お父様やお兄様に嫌がらせなどのご迷惑が……」
「いや、それは大丈夫だよ。心配いらない」
「でも、面倒なことがあるから学院を休むって」
「ああ……それは逆の意味でね」
「逆?」
「うん。リリーの婚約で、うちとお近づきになりたい貴族が殺到しそうで面倒だなって」
まだよく理解できていないリリーに、アーサーは過去の話を始めた。
「まだリリーが領地にいた頃の話だから、知らなくて当然なんだけど、王太子の婚約の時は結構問題が起きたんだよ。王家に嫁がせたいと野望を抱いていた貴族達が、相手のご令嬢や、家に過激な嫌がらせを繰り返してね。でっち上げの横領で陥れようとしたり、誘拐もどきの騒ぎまで色々」
まぁ、そんなことが。
全然知りませんでした。
リリーは王太子妃のソフィアを思い出した。
優しく温かい人柄で、仲の良い家族だった。
まさかそんな辛い過去があったなんて。
「それらの行為に、王家がキレてしまってね。ほら、王太子もソフィア様を溺愛なさっているから。徹底的に相手を潰して回ってね。それはそれは凄かったよ。仕掛けた家は全て断絶したんだから。悪口を言いふらしていただけでも、結局は理由をつけて潰されたからね」
え?
大げさではなく、本当に根こそぎ潰してしまったのですか?
「それは……」
過激さに思わず絶句してしまう。
「その後、今度は第二王子の婚約が発表されたんだけど、まあ普通ならもう怖くて手出しをしないよね。でも何人かいたんだよ、イザベラ様に嫌がらせをした令嬢が。今はどうしているかわからないけど」
アーサーは遠い目をした。
なんだかすごい話を聞いてしまったわ。
そのご令嬢はその後どうなってしまったのでしょう。
「という訳だから、リリーや僕達に何か仕掛けてくる貴族なんて、余程のバカじゃない限りいないだろうから安心して。リリーを苛めたら王家が黙ってないだろうからね」
それは安心していいのかしら。
むしろ王家の方々がやり過ぎで、そっちが心配になるわよね。
でも、ソフィア様もイザベラ様も大切にされていて良かったです。
「それでは、さっきの殺到するというのは?」
「うん、引きずり下ろせないなら、取り込んでしまえばいいと考えるみたいでね。僕に婚約の話がやたらと舞い込みそうで、憂鬱だなーと思って」
まあ、お兄様に婚約者が!
確かにお兄様にはまだ婚約者が居ませんものね。
妹の目から見ると、優しくて真面目な優良株なのだけど。
「私にオススメのご令嬢がいれば良かったのですけどーーって!! いるじゃないですか! ジェシーが!!」
「あはは、やっぱりリリーもジェシーを勧めてきたか。さっきオーウェンにも言われたよ」
「だって、ジェシー以上の令嬢なんて、なかなかいませんもの。ああ、ジェシーとお兄様がうまくいったらなんて素敵なのかしら」
「ふむ。やっぱりそれがベストかな」
呟いたかと思うと、アーサーは立ち上がり言った。
「今からジェシーに会ってくるよ」
「はい! いってらっしゃいませ。ジェシーによろしくお伝えください」
「ああ、では行ってくる」
食堂を出ていく兄を笑顔で見送り、リリーは思った。
幼馴染みのジェシーが、私のお義姉さんになるかもしれないのね。
楽しみだわ!
うきうきしながら、リリーはすっかり冷めてしまった朝食を再び食べ始めたのだった。