30話 私、王子様が好きです。
ラインハルトは母に乞われて、婚約に至った経緯をかいつまんで話していた。
「『コンヤクってどういう意味でしょう?』から始まって、『ハルト様って人気がないの?』を通っての、影武者発言ですよ? 全然伝わらないので困ってしまいました」
なんて口では言いながら、ラインハルトに困った様子は全く見られない。
むしろリリーの反応を思い返しては、愛おしくて仕方がないといった表情でニマニマ微笑んでいる。
「まあ! ふふふっ。私の想像以上の反応だったみたいね。そんなに楽しそうな状況なら、そばで見ていたかったわぁ」
「母上でも駄目です。あんな可愛いリリーは僕以外には見せませんよ」
先ほどまでの緊張が解けたのか、いつもの余裕を取り戻したラインハルトが母の前で惚気ている。
「あら、この子ったら。抜け目のないあなたのことだから大丈夫だとは思うけれど、強引だったと多少なりとも思っているなら、ちゃんとリリーちゃんを大切にするのよ? しばらくは節度を持ってね?」
ラインハルトの目を見つめ、母として、かつて王族に好意を持たれて苦労した先輩として、王妃はラインハルトに言い聞かせた。
「もちろんですよ。今回は少し焦って事を進めてしまいましたが、婚約さえ出来ればあとはリリーのペースに合わせて、ゆっくり二人の仲を進めていくつもりです。多分……出来れば……」
徐々に語尾が小さくなっていくラインハルトに、リリーの今後を心配して王妃は小さく溜め息を吐いた。
◆◆◆
一方、リリーの家、スペンサー家ではーー。
王家の馬車が走り去り、見えなくなった途端、リリーは家族であるウィリアム、アン、アーサーに囲まれていた。
「リリー、何があった! 大丈夫か? 全然降りてこないから心配したぞ」
「ごめんなさい、お父様」
「おかえりなさい。体調は悪くないのね?」
「ただいま戻りました。はい、お母様。私は元気です」
「誰か他に馬車に乗っていたのかい?」
「はい、お兄様。ハルト様が送って下さっ……」
そこでリリーは、ラインハルトとの約束を思い出した。
耳元で囁かれたあの言葉を。
そうだわ、お父様に婚約のことを伝えなきゃいけないんだったわ!
思い出したらすぐにでも実行しなければいけない気にさせられた。
まるで催眠術にでもかけられたような気分だ。
「リリー? どうかした? 疲れちゃったのかな?」
途中で不自然に言葉が途切れたリリーを、アーサーが心配そうに覗き込む。
「いえ、大丈夫です」
笑顔で兄に答えると、リリーは父に向き直り、呼びかけた。
「お父様」
「なんだい?」
「ハルト様に婚約者になってほしいと言われました」
「ほう、婚約者かー。婚約者とはまた……え? 婚約!?」
家族が絶句し、一瞬静寂が広がるーーが、すぐさま立ち直ったかのようにまた口々に話し出した。
「婚約!? 婚約って、僕が知ってるあの婚約!? え? もう?? 展開早くない??」
さすが親子ですね。
お父様が私と同じようなことを言ってます。
「あらあら、おめでとう、リリー」
お母様は肝が据わっているというか、動じてなくて凄いですね。
やっぱりお母様がこの家で一番しっかりしてる気がします。
あ、王妃様と似ているものを感じます。
「父上が今日陞爵したのに、もう婚約!? これでは、あからさま過ぎじゃないか!!」
何があからさまなのでしょう?
お父様が侯爵に出世したのと私の婚約って、関係あります?
リリーがキョトンとしていると、母がとりあえず屋敷へ入ろうと皆を促した。
確かに外で話すことではない。
四人はいつものように、居間に移動した。
「さて、リリーはラインハルト様からの婚約の申し出を受けいれたということだね?」
「はい。いつのまにかそんな感じに」
「ん?」
「私も最初はお断りしていたんです。身分とか、貴族社会に疎いこととかが気になって。でも気付いたら『はい』って言ってたんですよね」
『不思議ですよねー』みたいな軽い言い方に、ウィリアムはガックリと肩を落とす。
「そんな超常現象にあったかのような反応でいいのか……」とか言っている。
アーサーが父の続きを請け負った。
「リリーはちゃんと考えたの? 婚約したいって、第三王子と結婚したいって思ったの?」
「ええっと、正直あまり考える時間がなくて……」
「あの王子めー!!」「こんな話は無効だ!!」と、憤り始めた兄と父だったが、冷静な母が二人を諫めた。
「あなた達、ちょっと黙っててちょうだい。リリー、あなたはラインハルト様をどう思っているの? 私はあなたが最近楽しそうなのは、ラインハルト様に好意を持っているからだと思っていたわ」
私の気持ち……。
「私、ラインハルト様のことが好きなのか、よくわからなかったんです。自分に自信が持てないから、王子様なんてどうせ釣り合わないと思うようにしてたんだと思います。小説の王子様みたいだから気になるだけだって言い訳もして。だから突然婚約と言われても意味がわからなくて。ラインハルト様に好かれてるとも思ってなかったですし……」
いやいや、そこは気付こうよ!と父と兄は盛大に突っ込みたかったが、今は耐えた。
「でも、私がただの影武者で、本当は違う方と婚約したいのではないかと考えたら、悲しくなってしまって。それではっきり気付いたんです。私、ラインハルト様が好きなんだって」
「ラインハルト様には伝えたの? 好きですって」
「……そういえば伝えてなかったです。『はい』としか」
「では、きちんとお伝えしないとね。きっと喜んで下さるわ」
「はい! 私、ハルト様が好きですってちゃんと伝えます!」
「ええ。良かったわね、リリー。幸せになるのよ」
「お母様!!」
なんだか母とリリーの二人だけで感動的ないい感じになっている。
その影で、話に置いて行かれた父と兄は心の中で叫んでいた。
『影武者ってなんの話!?』
『それって、結局『はい』って言わされただけなんじゃ……』
しかしリリーの幸せそうな様子に、「良かったな」と頭を撫でることしか出来なかった。