27話 いつのまにか王子様の婚約者。
「コンヤク」は、やっぱり「婚約」で合っていたらしい。
しかも、結婚って……!?
動揺をなんとか一旦落ち着かせると、リリーは自分なりに一生懸命考えてみた。
何故急にラインハルトが婚約をして欲しいなどと言い出したのか。
確かにラインハルトの年頃で、婚約者が決まっていないのは王族としては珍しいことである。
あ!
もしかして……。
「ハルト様、今って爵位が上の方の令嬢で、適齢期なのにお相手が見つかっていないのって、もう私しか残っていないのですか?」
「へ? いや、そんなことはないと思うよ」
あれ?
おかしいわ。
王子の婚約対象になる令嬢が他にいないから、消去法で仕方なく私に白羽の矢が立ったんじゃないのかしら?
他にもいるならなんで私に……。
「ハルト様って実はそんなに人気がないのかしら? こんなに素敵なのに。あ、変な癖があるとか……」
「ぶっ、リリー、全部声に出ちゃってるから! 人気はないってほどでもないとは思う。でもリリーに素敵だと言われるのは嬉しいな。変な癖はもしかしたらあるかもしれないけど」
いやだ、無意識にすごく失礼なことを言ってしまったわ。
やっぱり動揺が出ちゃってるのかしら。
でも人気もあるなら、ますますどうして私なんかに?
「リリー? また変なこと考えてない? 黙っていられると不安になるんだけど……」
そうだわ!!
お願いがあるって最初に言われたわよね?
っていうことは……。
「私は影武者なんですね!?」
謎が解けたと言わんばかりにリリーがラインハルトの方を勢いよく向くと、堪えきれないといった様子で、ラインハルトは横に倒れ込んだ。
「あはははははは!! もうダメ。お腹痛い……絶対おかしなことを考えているとは思ってたけどさ、まさか」
「ちょ、ハルト様、大丈夫ですか?」
リリーがラインハルトの前にしゃがみこみ、顔を覗き込むが、ラインハルトは身体を丸めて笑い続けている。
「くくっ、影武者って……どこからそんな発想が……こんなに通じないなんて……くくっ、あははは!」
そんな変なことを言っただろうか。
「だって、私にお願いがあるって言ったので、私に表向きだけ婚約者になって欲しいのかと。本物の恋人を隠す為の影武者です」
言っていて悲しくなってきたわ。
ハルト様に例えば身分違いの本命が居て、その人との関係を隠す為に私に偽りの婚約者を頼んできたのだとしたら……。
リリーはどんどん辛くなってきた。
いくらラインハルトの望みであっても、このお願いは叶えてあげるのは難しそうだ。
泣きそう。
ハルト様のお力になれるのは嬉しいけど、他に好きな方がいらっしゃるなんて。
上手に婚約者のフリなんて出来そうもないわ。
「あーもう、ほらこっち見て? 表も裏もないよ。僕が結婚したいのはリリーだけなんだから」
ようやく笑い終わったのか、ラインハルトが身を起こし、落ち込んで俯くリリーの頬に手を添えながら目線を合わせた。
リリーの瞳からポロっと涙が溢れる。
「ごめん、僕の言い方が悪かった。最初からはっきり言えば良かったんだ」
ラインハルトはリリーの手を引き、自分の隣に座らせると、片手は繋いだままもう片方の手でリリーの涙を拭う。
「リリー、君のことが出会った時から大好きです。これからもずっと一緒に居てほしい。駄目かな?」
それは鈍感なリリーでもわかる熱のこもったまなざしだった。
アメジストの美しい瞳がリリーを映して瞬いている。
ハルト様、本気なの?
視線に絡めとられるみたい。
そんな目で見られたらどうにかなってしまいそう。
ラインハルトの瞳が真実だと語っているようで、リリーは自分の体温が上がっていくのを感じていた。
「あの、私では身分が……」
「リリーは侯爵令嬢なんだからおかしくないよ。父上も了承済みだしね」
「え? 国王様が? でも私は田舎育ちで、とても王子様のお相手なんてつとまらないと……」
「関係ないよ。田舎育ちって言うけど、僕はリリーの奔放で素直で、少しずれてるところが好きなんだから」
ん?
私ってずれてるの?
喜んでいいのかちょっとわからなくなったわ。
「でも」
「リリー!!」
まだ自分に自信が持てず、受け入れられずにいるリリーにラインハルトが業を煮やしたようだった。
リリーの言葉を強い口調で遮る。
「リリー、余計なことは考えなくていいから、『はい』か『いいえ』で答えて?」
「……はい」
早速、リリーは「はい」と答えた。
ラインハルトの様子から、とてもそれ以外の返事など出来なかったのである。
質問が始まった。
「リリーは僕のことが嫌い?」
「いいえ!」
「一緒に居たくない?」
「いいえ!」
「野イチゴ摘み、楽しかったね」
「はい」
あら?
ちょっと質問の内容が変わったわ。
「来年もまた一緒に摘もうね」
「はい」
「ミルクスープ、また作ってくれる?」
「はい!」
「僕だけに作ってくれる?」
「はい……?」
あら?
「一生作ってくれる?」
「……はい」
あらら?
なんだか……。
「リリーはミルクスープを僕だけのために一生作ってくれるんだよね?」
「……はい……え?」
なんだかおかしな感じになってる気が?
「それって、僕のことが好きってことだよね?」
えええ?
どうしてそういうことになるの??
「さっき泣いたのは、リリーの他に僕に特別な人がいたら嫌だからだよね?」
「……」
それは確かに嫌だなと思ってしまったけれど……。
「リリー、『はい』は?」
「はい……」
「他の人に取られたくないくらい、僕のことが好きってことだよね?」
「はい……ん? んんっ??」
なんだかもうよくわからなくなってきちゃった。
でも、きっとそういうことな気もしてきた……たぶん……。
「そんなに好きなら、僕と婚約してくれるよね?」
「は……い。……え?」
「ありがとうリリー! 幸せになろうね!!」
ガバッとラインハルトに抱きつかれ、強く抱き締められるが、リリーは頭が追い付いていなかった。
えーと?
私ったら、いつのまにか婚約を了承してしまったみたい。
確かに空気に呑まれて「はい」って答えたような。
私、ハルト様のことは、好きなんだと思う。
好きなんだとは思うけど……展開が早すぎるわ!!
こうしてゆっくり考える時間を与えられないまま、リリーは第三王子の婚約者になってしまったのだった。