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26話 プロポーズは突然に。

庭園の野イチゴはまさに今、旬を迎えていた。

生け垣が壊され、大人でも通り抜けられるようになると、野イチゴ摘みに皆が夢中になった。

まるで童心に帰ったかのようだ。

着飾った王妃までもが参加している。


王妃様、ドレスが汚れちゃわないかしら。

でもそれより、庭師さんが悲しそうに遠くを見つめているのが気の毒ね。

確かにこれだけ外観を損ねてしまったら、これからお庭のこの部分はどうなるのかしら?


ラインハルトにようやく解放されたリリーは、周りを気にする余裕が戻り、自分も野イチゴをせっせと摘みながら、皆の様子を気にかけていた。


今、護衛を含めた全員で野イチゴを摘んでいるのには訳がある。

ハリーが、この野イチゴをジャムにして食べたいと言い出したからだ。

もちろん、ラインハルトもすぐさまハリーに賛成した。

その理由が、作るのがリリーだからであることは明白だった。

ジャムが出来たらリリーが王宮まで届けに来ることに決まり、また彼女と会う口実が出来たラインハルトはご機嫌である。


「ハリー君、楽しいですか?」


嬉しそうに摘んでいくハリーにリリーが声をかける。


「すっごく楽しいよ。下のほうは僕が採ってあげるからね。任せて!」


大人には摘みにくい低い位置の野イチゴを率先して摘んでくれるのがありがたい。


「こうやって、植物に触れるのは大事よね。いい経験が出来たわ」

「そうですね。私もこんなに触れるのは久しぶりです」


王妃はスペンサー家の酪農にも興味を持っていたし、王族には珍しく、自ら積極的に体験するポリシーのようだ。

リリーはそんな王妃に親近感を抱いていた。



結局、大量の野イチゴの収穫に成功し、ハリーはホクホク顔である。


これは頑張って美味しいジャムを作らないといけないわね。

ハリー君に合わせて甘めに作りましょう。


リリーは、ハリーとラインハルトの喜ぶ顔を想像し、気合を入れたのだった。



◆◆◆



王宮からの帰り道、王家の馬車に揺られるリリーの向かいには何故かラインハルトが座っていた。


どうしてハルト様まで乗っているのかしら。


一緒に揺られる理由がわからないリリーだったが、もちろんラインハルトがリリーを送りたいだけである。


「ハルト様、今日は公務の後に野イチゴまで摘んで、お疲れなのでは? 私は一人でも大丈夫でしたのに。あ、もしかして我が家に用事でも?」

「そんな寂しいことを言わないでよ。用事はないけど、まだリリーと一緒に居たいんだ。それより、ドレス姿も可愛いね」


ハリーのお古の少年服からドレス姿に戻ったリリーを、ラインハルトはニコニコしながら見つめている。

それはリリーが男の子の格好をしている時と変わらない笑顔だった。


普通はドレス姿のほうが可愛いかったり、美しいと思うものよね?

やっぱり私は子供だと思われているんだわ。

だからどんな格好でもそれなりに可愛くみえるのよ。


今日は特に上質なドレスを着ているのに、ズボン姿と同様に可愛いと言われ、リリーは少し複雑な気持ちだった。

ラインハルトにしてみれば、リリーが好きすぎて何を着ていようと可愛く見えてしまうのだが、そんな男心が、鈍感なリリーにわかるはずもない。


そんなリリーの前で、ふいに居住まいを正し、ラインハルトが真面目な口調で切り出した。


「あのね、リリー。大事な話があるんだ。お願い事というか……」

「はい、なんでしょう?」


首を傾げながらリリーが尋ねるが、リリーはラインハルトの願い事を軽く考えていた。


きっと野イチゴ以外のジャムや、パンも作って欲しいというお願いね。

あ、ミルクスープかもしれないわ。


趣味の料理関連に違いないと、お願いを叶える気満々のリリーだったがーー。


「僕と婚約して欲しいんだ」

「は?」


真摯な態度で伝えられた言葉に、リリーは固まった。

きちんと聞こえたにも関わらず、言われた内容が咄嗟に理解出来なかったのである。


コンヤク?

コンヤクって、あの『婚約』?

いえ、そんなはずはないわよね。


「あの、ハルト様」

「……うん?」


ラインハルトにつられ、真面目な口調で話し出したリリーに、ラインハルトも緊張を隠せない。

手のひらを強く握り込み、固唾を飲むようにリリーの次の言葉を待っていた。


「私が田舎育ちで、不勉強な為に申し訳ございません。コンヤクって、どういう意味でしょう? 貴族特有の言葉でしょうか? 私、恋愛小説に出てくる、結婚の前段階の『婚約』しか知らなくて……」


ぶはっ!


ラインハルトが吹き出した。


「そうきたかー。さすが、リリー! その返事は予想していなかったな」

「え? え?」


突然お腹を抱えて笑い出したラインハルトに、リリーは動揺してオロオロしてしまう。

やはり言葉を知らなさ過ぎて、呆れられてしまったのだろうか。


「合ってるよ。結婚を前提にした『婚約』をして欲しいんだ。むしろ、すぐに結婚でも僕は全然構わないんだけど。そうだな、やっぱり結婚してくれる?」


笑って緊張が解けたのか、ラインハルトは余裕を取り戻したかのように滑らかに話し出した。

お願い事は婚約だったはずなのに、一気に結婚まで話が進んでいる。


…………え?


「…………ええええぇぇぇぇぇーーーー!!!」


侯爵令嬢になったリリーの絶叫が、馬車の外にまで響き渡っていた。



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