25話 可愛くなりたいリリーと、可愛いとしか言えない王子様。
ラインハルト視点が入ります。
遡ること十分前。
ラインハルトは王宮の中を小走りで移動していた。
あー、もう!
なんでこんな日に限って公務が入るんだよ。
リリー、もう帰っちゃったかな?
正装に近いカチッとした服装のラインハルトは、さっきまで兄の代理で隣国の王子と会談をしていた。
その面会が終わり次第、急いでリリーの父の式典会場に駆けつけてみれば、もう人はまばらで終了していることは明らかだった。
諦めきれず、リリーがまだ王宮内に残っていることを期待しながら廊下を進んでいると、窓から王妃の姿が見えた。
母上?
あんなところにいるなんて珍しいな。
庭園の生け垣に何か用でも?
あ、ハリーもいるじゃないか。
……まさか。
方向転換をして、一目散に庭園へと向かう。
そこでラインハルトが目にしたのは、地面に這いつくばっているリリーだった。
◆◆◆
「ハルト様……」
リリーはあまりのタイミングの悪さに、ラインハルトの名を呼んだきり動けなくなってしまった。
今のリリーは、地面にお腹を付け、野イチゴを乗せた左手の手のひらを高く掲げ、右手はほふく前進の途中という情けない体勢なのだ。
ラインハルトはピシッと決めたほぼ正装、片やリリーは少年の姿でうつ伏せ状態……。
あまりの差に泣きたくなってくる。
さっきまでは清楚なドレス姿で、侯爵令嬢らしくしてたのに。
せっかく久しぶりにお会いできたのに、なんでこんなところを見られちゃうのかしら。
ラインハルトからすれば、リリーが突拍子もないことをするのは今更なのだが、リリーはラインハルトを意識し始めたばかりの為、少しでも可愛いところを見せたかったのである。
固まっているリリーの手から、ハリーが嬉しそうに野イチゴをつまみ上げて口に入れているが、それに構う余裕などない。
「右手も出して」
ラインハルトに言われるがまま右手も持ち上げてバンザイの格好をすると、ぐいっと両手を引っ張られて、気付くと立ち上がっていた。
ハルト様って、やっぱり男性だから力が強いのね。
木から落ちた時も受け止めてくれたものね。
ラインハルトはぼんやりと立っているリリーの左手を自分のハンカチで拭くと、「ここもか」と笑って、リリーの口元も拭った。
野イチゴの汁が付いていたらしい。
「リリーちゃんのこととなると甲斐甲斐しいわよね」
ハリーの面倒を見ているふりをしながら二人をしっかり観察している王妃は、笑いが止まらず肩を揺らしていた。
一方、穴の先で野イチゴをこっそり食べてしまったのがバレたと思ったリリーは……。
もうもう!!
なんでこんな格好悪いところばっかり見られてしまうの?
嫌われちゃったらどうしたらいいのかしら。
リリーがそんな見当違いの心配から俯いてしょげていると、ラインハルトは今度はリリーの頭に付いた葉をはらい始めた。
すると、自然と彼女の髪に編み込まれたリボンが目に入り、手が止まる。
「ラベンダー色のリボン……?」
思わず呟き、その意味を深読みしたくなる気持ちを抑えて、ラインハルトは話を逸らすように質問を始めた。
頬が赤く染まっていることに気付いているのは王妃だけである。
「リリーはなんでここにいるの? その服、昔の僕の服みたいだけど」
「あのですね、式典の後、ハリー君に野イチゴを食べてみたいって言われて……。この前木の上から群生しているのが見えたので、ここかなって思ったんです。それで王妃様がハルト様の服を貸して下さって……。生け垣をくぐったせいで汚しちゃってごめんなさい」
今までの経緯をしどろもどろに説明しながらも、リリーはシュンとしたままだ。
しかし、ラインハルトは正直服の汚れなんて目に入らず、どうでも良かった。
まずい、リリーが可愛すぎる!
侯爵令嬢になっても落ち着くどころか、僕のお古を着ながら生垣を超えて野イチゴ摘みって!
地面にへにょってなってたのも可愛いし、盗み食いがバレて落ち込んじゃってるのも可愛いし、何より男の子の格好をしてても僕の瞳の色のリボンをしてるのが最高に可愛い!!
もう全てが可愛い!!
馬鹿みたいに可愛い!!
今、ラインハルトの頭の中は、リリーの可愛さで埋め尽くされている。
お互いが、それぞれ自分の気持ちに忙しいせいで、リリーの背後でハリーが生け垣を勝手にくぐり、護衛達が焦って後を追ったりと騒々しいにも関わらず、二人には騒動が全く聞こえていないほどだ。
「リリーはズルいよね。何をしても可愛すぎてズルい」
我慢できずにリリーを抱き寄せ、溜め息を吐きながらラインハルトが言うが、意味がわからないリリーはあたふたするしかない。
「ちょ、ダメです! ハルト様まで汚れてしまいます」
「そんなのどうでもいいよ。ああ、可愛い……」
それは子供っぽくて可愛いということかしら?
私も小説のお姫様みたいに綺麗になれたら、少しは女の子として見てもらえるのに。
溢れるほどのラインハルトの想いはいまだリリーに届いていなかったが、「あとは時間の問題ね」と満足そうに微笑みながら、王妃は野イチゴを口に運んていた。