24話 見られたくない時ほど見られてしまうものなのです。
言葉を挟む隙もないまま、王妃に引きずられるようにして連行された十五分後ーー。
何故かリリーは少年の格好をさせられていた。
えーと?
この格好は一体どういうことなのかしら?
まるでハリー君を大きくしたような……。
「ラインハルトの昔の服だけど、よく似合ってるわよ」
意味がわからないまま着せられたリリーに、王妃が機嫌良く、しかし追い打ちをかけるような衝撃の事実を告げてくる。
え、ハルト様の服?
ハルト様も私と同じ背丈の時があったのですねぇ……って、そうじゃないわ。
なんで私は王子様の服を着せられているのでしょうか。
ハリーだけが「おそろいー!」と嬉しそうに跳ねている側で、侯爵令嬢になりたてほやほやのリリーは、白いブラウスにサスペンダー付きのズボン、ベストという出で立ちで混乱のまっただ中にいた。
姿見を覗くと、育ちの良い少年といった風情のリリーが映り、悔しいことになかなか似合ってしまっている。
むしろドレスより似合っているくらいだ。
私って、つくづく凹凸のない体型してるわよね……。
十六にもなって、こんなに違和感なく着こなせてしまうなんて。
日焼けもしてるから、健康的な少年にしか見えないわ。
髪に編み込んだラベンダー色のリボンだけが、かろうじて女の子っぽさを残してる気もするけれど。
実際は可愛らしい顔付きと、それなりに丸みを帯びた身体から、ボーイッシュな女の子といった雰囲気である。
ただ、普通の令嬢は十六歳でこんな格好をする機会は無いに等しいのだが。
「あははっ、リリーお兄ちゃんだね!」
はしゃぐハリーの声を聞いている内に、リリーも段々楽しくなってきた。
随分久しぶりだけれど、領地ではズボンをはくことが多かったし、やっぱり楽でいいわね。
さっきまでのドレスよりずっとしっくりくるもの。
それに、ハルト様が身に付けていた服なんて、恥ずかしいけどちょっと嬉しい……。
近くにハルト様が居るみたい。
そんな気持ちを誤魔化そうと、着心地を確かめるかのように肩を回すと、思っていた以上に動きが滑らかだった。
そんなリリーを見て準備が終わったと思ったのか、ハリーが「野イチゴを採りに行くよー!」と言って走り出した。
「私はゆっくり向かうから、リリーちゃんはハリーに付いててあげてくれるかしら?」
王妃に頼まれ、慌ててリリーも駆け出す。
向かうは木登りをしたあの庭園だ。
少年の格好で王宮を走るリリーに、すれ違う者も最初は驚いた顔をしているが、前を走るハリーに気付くと納得したように表情を緩めた。
しかし、今まさに家に帰ろうとしていたウィリアムだけは、たまたま目にした走り抜けていく少年姿の愛娘に、卒倒しそうになっていた。
『王妃様に、リリーは後で王家の馬車で送ると言われたが、なんであんな格好を? ……はっ、もしや第三王子の婚約者ではなくて、側近にしたいというお考えだったのか!?』
盛大な勘違いで動かなくなってしまった父を、兄が仕方なく担ぐようにして帰っていったのだった。
◆◆◆
ハリーに追い付いたのは、リリーが前に登った木のふもとだった。
「ハリー君は足が速いですね」
息を切らせながらリリーが言うと、エヘンと胸を反らすのが可愛らしい。
記憶に残る野イチゴの方角を見ると、美しく調えられた生け垣が続いていた。
「うーん、野イチゴはこの向こう側ですね。簡単には入れなさそうです」
「そうなの? どうしよう」
ウロウロと二人で生け垣を見て回っていると、何かがサッと横切るのが見えた。
「あ、マイク!!」
ハリーと一緒に確認すると、生け垣の下の方に隙間が出来ていることに気付く。
どうやら猫のマイクはここを通り抜けていったようだ。
マイクが現れなければ見落としていたほどの小さな穴だった。
子猫なら余裕で通れるけれど、私も頑張れば通れるかしら?
しかし小柄とはいえ、リリーももう子供の大きさではない。
強引に通れば生け垣を壊してしまうだろう。
「僕が行くよ!」
今にもチャレンジしそうなハリーを、追いかけてきた護衛と一緒に引き止める。
この先に何があるかまだわからないのに、王子を行かせる訳にはいかない。
「生け垣、壊してもいいわよ。庭師を呼んできてちょうだい」
悩んでいたら、ようやく追いついた王妃の鶴の一声で、庭師によってあっという間に穴が広げられていく。
「私、先に様子を見てきますね!」
穴が広がるにつれ、好奇心が抑えきれなくなってきたリリーが、通れそうな大きさのところで宣言した。
領地に居た頃は、よくそうやって一人で探検をしていた為、久しぶりのワクワクにこれ以上待つことが出来なかったのだ。
「いやいや、自分らが!」と止める護衛達をなだめ、リリーは器用に穴を這いつくばってくぐり抜けると、生け垣の向こうに姿を消した。
ハリーが「お姉ちゃん?」とおずおずと声をかけるとーー。
「すごいです!! こんなたくさんの野イチゴ、初めて見ました!!」
皆が心配をする中、興奮で顔を輝かせたリリーが手のひらに野イチゴを乗せ、穴から顔を出した。
そして一度戻ろうと再びリリーが這いつくばっている最中、最悪のタイミングでそれは起こったのだった。
「リリー!? 何してるの? その格好はどうしたの?」
ラインハルトが目を丸くしながら駆け寄り、手を差し出したのである。
ひぇぇー、なんでハルト様が?
今日は公務だと思って、油断していました!
よりによってこんな体勢の時に!!
一気に情けない表情になったリリーは、うつぶせ状態のまま、今日も麗しい王子を見上げることしか出来なかった。