22話 育ち始めた淡い想い。
誕生パーティーは佳境を超え、終盤へと差し掛かっていた。
少し話し疲れたリリーは集団から一人離れると、招待客の面々が談笑し、楽しそうにしている様子を窓際から眺めた。
父の仕事関係者などは開始早々に顔を出し、すでに退場している為、今ここに残っている者はリリーとごく親しい、大切な人達だけである。
温かくて、幸せな空間だわ。
リリーの誕生日を心から祝い、楽しんでくれているのが伝わってくるようで、まるで領地にいるような安心感に包まれていた。
そして窓に映る着飾った自分を見て、ふと気付く。
このドレス、ずっと着ていても疲れないのが不思議ね。
しかも領地のみんなってば、『まるで令嬢に見えますよ』だなんて失礼しちゃうわ。
リリーはクスクス笑いながら、自然とドレスの贈り主のことを想った。
ハルト様にはお礼の手紙を送ったけれど、お会いしたのが随分昔のことに思えるわ。
ドレスは嬉しい……だけど、やっぱり遠い人なのよね。
「会いたかったな……」
パーティーにも呼べず、自分にとって特別なこの空間に居ないラインハルトを、やっぱり手の届かない人なのだと寂しく思いながら、窓の外を見て呟いた時だった。
……?
なんだか玄関が騒がしいわ。
それに、お父様の焦ったような声?
気になったリリーが入り口に向かって早足に進んで行くと、急に目の前に輝く光が差し込み、心まで照らした気がした。
このキラキラ、確か前にも……。
考えている間にもキラキラはどんどん近付いて、気付いた時にはリリーは抱きしめられていた。
「リリー!! 誕生日おめでとう。君に会いたくて外出先からつい立ち寄ってしまったよ」
ん?
この声って……ハルト様!?
なぜここに!?
王子様が来てはいけないんじゃなかったの?
「『つい』で寄ったらまずいだろ」
ほら、お兄様の呆れた声が聞こえますし。
何より、この抱きつかれている状況はよろしくないんじゃ……。
もがいて距離を取ったリリーを、ラインハルトが静かに凝視していると思ったら、一瞬で笑顔が弾けた。
「リリー、なんてよく似合っているんだ! ラベンダー色はリリーの為にあるみたいだね。どうしてもリリーが着ているところが見たかったんだ。着てくれて嬉しいよ」
弾む声からも喜びが伝わり、リリーも胸がいっぱいになってしまう。
「こちらこそ素敵なドレスをありがとうございます。このドレス、とっても楽なんですよ」
クルクル回ってラインハルトの前で動きやすさをアピールするリリー。
「いや、アピールするのは絶対そこじゃない」
「やっぱりまだまだ令嬢への道は遠いな」
「王子も、ラベンダー色がお嬢様の為にあるって……直球過ぎる告白だな」
ボソボソと使用人達から突っ込みの声が上がっているが、二人の耳には入らない。
ラインハルトは、輝く笑顔でクルクル回るリリーに衝撃を受け、目が釘付けだった。
「こんな可憐な女性がこの世にいるなんて。ーーいや、もはや妖精だ。薄々気付いていたけど、リリーは妖精だったんだ!」
ラインハルトは無意識に心の声を駄々漏らせている。
すっかり二人の世界に入ってしまったのを、とり残された人々が複雑な表情で見つめていた。
「アレはもう止められませんね。王子、妖精とか言い出しちゃってますし」
「我が家のパーティーにいらっしゃったという噂が、あっという間に社交界に広まるのだろうな」
「つい寄ったんではなく、確実にリリーに会いに来てますもんね」
思わず遠い目で諦めモードに突入した兄と父の会話に、オーウェンも加わる。
「ちょっと! なに簡単に諦めているのよ! 私は絶対反対なんだからーー!!」
リリーをラインハルトに取られたくないジェシーが一人叫ぶ中、パーティー会場は二人を見守る生温かい空気に包まれていたのだった。
◆◆◆
パーティーも無事に終わり、リリーは自室に戻ってきていた。
「朝から疲れただろう。今日はもうゆっくり休みなさい」と、父のウィリアムが勧めてくれたからである。
寝支度が済み、ベッドに潜り込んだリリーは、今日の出来事を興奮が覚めないままに思い起こしていた。
まさか、ハルト様がいらっしゃるなんて。
いまだに信じられない気持ちだったが、抱きしめられた感触を思い出すように腕に軽く触れてみる。
そして今は部屋が暗くてよく見えないが、ラベンダー色のドレスがかけられている方角に目をこらした。
今、リリーの胸に湧き上がるのはラインハルトへの溢れそうな想いだった。
会いたいーーそう考えていた時に魔法のように現れたラインハルトに、リリーはとてつもない喜びを感じていた。
ドレスを誉められ、笑顔を見た瞬間、嬉しいのと同時に胸が締め付けられる気がしたことを思い出す。
この感情は一体なんなのかしら。
でもハルト様に会えて嬉しかったわ。
私、ハルト様にずっと会いたかったんだわ。
それに、今だって会いたい……もっと会いたい……。
自身の感情に戸惑いながらも、ラインハルトに次に会える日を楽しみに、リリーは目を瞑った。
リリーが初めての感情を抱きながら眠りにつく頃、家族はリリー抜きの家族会議を開いていた。
「まさかラインハルト様が現れるなんてな。これはご本人、更には王家にもそれだけの覚悟と心積もりがあるということだろう」
すっかり疲れ、いくつか年を取ったかのようなウィリアムが力なく言う。
「どう受け取られても構わないという意思を感じましたね。リリーを見る目にも熱がこもってましたし。あそこの御兄弟は、目を付けた令嬢を逃がしませんから」
「あら、あれはもはや血筋よ。国王もそうでしたもの。でも、大事なのはリリーの気持ちよ。リリーが嬉しそうでしたから、私は応援したいです」
母のアンの言葉に、ウィリアムとアーサーが項垂れる。
二人とも、内心ではもうわかっていたのだ。
ラインハルトの本気も、リリーのラインハルトに対する気持ちも。
リリーはまだ恋だとは自覚していないかもしれないが、傍から見ているからこそわかることもある。
あの瞳と表情は、まさに恋する乙女そのものであった。
愛するリリーを手離す覚悟はまだ出来ないが、今日の会議はリリーをこれからも見守っていくことで意見が一致したのだった。
そして同じ頃、幼馴染兄妹のジェシーとオーウェンはーー。
「もう、何なのかしら。あんな堂々と私のリリーに!!」
妹は怒りを露わにし、兄はそれをひたすら宥めていた。
「もう諦めなさい。リリーも喜んでいたし、王子は本気だよ」
「本気だからって何よ! お兄様ったらすっかり弱腰になっちゃって情けないったら」
それは仕方がないだろうとオーウェンは眉を下げる。
パーティーで突如現れた第三王子は、リリーを誉めまくって浮かれた後、やはり長居は不味いと思ったのか帰ると言い出した。
寂しそうな顔を見せたリリーだったが、「ではお土産を」と自分の作ったお菓子を包み出し……事件はその時に起こった。
ラインハルトがオーウェンにそっと近付き、言ったのだ。
「貴殿がリリーの幼馴染みかな? いつも彼女と仲良くしてくれてありがとう。これからは僕も一緒に仲良くしてもらえるかな?」
目が笑っていない笑顔と、とてつもない圧に、オーウェンは早々に音を上げることにした。
これは太刀打ちできるはずがない。
そんな兄にさりげなく蹴りを入れ、ジェシーが強気で見返すのを、ラインハルトは面白そうに微笑んでいた。
「あの王子、絶対性格悪いわよ。私だけでも立ち向かってやるわ!!」
すっかり昔のお転婆を取り戻したジェシーが、一人息巻いていた。