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2話 私は私なのです。

領地を出て五日後の朝、リリーを乗せた馬車は王都まであと少しという川沿いの道を走っていた。


「あとどのくらいで到着するのかしら?」


五歳から領地に籠り、外の世界を見たことのなかったリリーには、毎日変わっていく風景やその土地の食べ物は珍しく、心が弾んだ。


「お昼前頃に到着出来るかと」


答えたのは、王都へ付いてきたリリー付きの侍女アイラである。

アイラはリリーより三つ年上だが、彼女もリリーと同じく領地から出たことがなかった為、二人は姉妹のようにはしゃぎながら道中を楽しんでいた。


もしかしてアイラが居てくれなかったら、今頃領地の皆を想って私は泣いていたかもしれないわ。

ふふっ、アイラに感謝しなきゃいけないわね。


「ありがとう、アイラ」


到着時間を教えてくれたお礼の言葉に、さりげなく一緒に居てくれる感謝を込めて伝えると、想いが通じたのかアイラは受け止めるように笑って頷いた。



予定通りにお昼前には王都に入り、馬車は城下の町を進んでいく。

あまりの賑わいと人の多さ、そして木々の少なさにリリーは驚いたが、領地では見たことの無い品々や人々の服装の鮮やかさに目を奪われた。


「アイラ、私の格好って地味ね」


悲しんでいるのかとアイラが不安に思って目をやると、リリーは予想に反して愉快そうにクスクスと笑っていた。


確かに町を行き交う人の服と比べ、リリーの着ているワンピースは地味で垢抜けない。

それはリリーが動きやすい作業服ばかりを好み、美しいドレスやワンピースを断るせいもあるのだが。


「何が面白いのですか? お屋敷に着けば、旦那様と奥様がお嬢様が着きれないほどの流行りのドレスをご用意されていると思いますよ」


アイラが首を傾げながら言うとーー。


「ううん。多分服の問題ではないの。きっと何を着ても、私は王都で浮いてしまうんだろうなと思ったら、ちょっと面白くなっちゃって」


突然妙なことを言い出したリリーに、アイラは戸惑いの素振りを隠せない。

しかしそんなアイラに向かってリリーはあっけらかんと言ってのけた。


「悲観的になっている訳じゃないのよ。スチュワートも言っていたでしょう? 私は私だって。だから私は私らしくここでやって行くわ」


背筋を伸ばして微笑みながら話すリリーは、凛として美しく見えた。

そしてリリーはアイラにそっと身を寄せると、小さく付け加えた。


「ねえ、アイラ。帰る場所があるって素敵なことね」

「そうですね。お嬢様には二ヶ所もあるのですから」


道の奥に屋敷が見え始めた。

スペンサー家の門をくぐり、馬車がゆっくりと屋敷に近付いていく。


十年ぶりね。

懐かしい……というほど覚えていないけれど。


病弱で屋敷に籠りがちだった過去のリリーは、屋敷の外観を見る機会が少なかったのである。


馬車の窓から、玄関の前に並んだ両親と使用人達が見えた。

両親に会うのは一年ぶり位だろうか。

二人で領地の視察のついでに会いに来てくれたのだ。

実際はもちろんリリーに会うことが一番の目的で、視察がついでだったのだが。

むしろ何を視察していたのか未だに謎なくらいである。


昔から国の外交に関わる父のウィリアムは多忙で、家族との時間があまり取れずにいた。

家族への愛情が人並み以上に強い彼は、なかなか会えないもどかしさからか、一緒に過ごせる時は片時もリリーの傍を離れようとしない。


「リリー、何をしているんだい?」

「一緒にお茶にしよう!」

「今日は馬に乗って出かけないか?」


領地に滞在中はずっとこんな調子でリリーに付きまとうのだから困ってしまう。

母のアンが呆れた顔をしながら眺め、時に諌めてくれるのだが……。


王都へ帰る日など、いつも大騒ぎだ。

リリーは遠い目をしながら思い出す。


大体の流れとしてはーー。


1 リリーと離れたくないと駄々をこねる


2 逃亡してどこかに隠れる


3 見つかると「自分は領主なんだから言うことを聞け」と、権力を振りかざして訳のわからないことを喚き出す


4 リリーを抱きしめて離さない


5 アンに一喝されて泣きながら馬車に乗り込む


以上のお約束な行動に、ウィリアムが帰った後はいつも使用人がヘトヘトになっていた。

でもそのドタバタによって、リリーの両親との別れの寂しさはうやむやになり、毎回笑顔で二人を見送れたのである。


お父様のアレって、もしかしてわざとだったのかしら?

……まさかね。


リリーはあっさりと否定した。



いよいよ馬車が近付き、父ウィリアムが待ちきれない様子で「リリー!!」と叫び、妻のアンになだめられている。


お父様ったら、相変わらずね。

仕事は大丈夫なのかしら。

でも私も、早く近くで顔を見たいわ。


馬車の扉が開かれるのと同時にリリーは飛び出し、走ってウィリアムに抱き付いた。


「お父様、ただいま戻りました!!」


感極まり、娘を抱き締めたまま答えない父に代わって、「おかえりなさい。あなたが無事に戻って嬉しいわ」とアンが優しく微笑んだ。


思えば十年前、ここを発つ時は身体が弱く、長く生きられないかもしれないと言われていたリリーである。

この屋敷で初めて走っている姿を見た両親には、胸に来るものがあったのだろう。

二人とも涙目になっていた。


ようやく解放してくれた父から、次は母へと抱き付く。


「長く留守にしてごめんなさい、お母様」

「リリーが元気ならそれでいいのよ」


頭を優しく撫でられたリリーは思った。


私はずっと心配をかけていたのね。

領地で楽しく過ごしていた間に、私はどれだけのものを犠牲にしていたのだろう……。

これからは二人を悲しませない私になりたい。ーーいえ、なってみせるわ。


「今日からはずっと一緒ですね。お父様、お母様!」


笑いながら両親に伝えれば、左右からぎゅうぎゅうと抱き締められてしまった。



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