19話 独占欲丸出しのドレス。
それはリリーの誕生パーティーを一週間後に控えた午後のこと。
リリーは自宅で家族とお茶を楽しんでいた。
「いよいよあと一週間ね。準備も順調に進んでいるから安心してね」
母が微笑みながらパーティーの話題を持ち出した。
いよいよ来週なのね。
ジェシーとオー兄さまも楽しみにしてくれているみたいだし、だんだん実感が湧いてきたわ。
手が足りないならいつでも言って欲しいって、力強い言葉も貰ったし。
「領地の皆も喜んでいたからね。気が早い者はそろそろこちらに着く頃じゃないかな。準備から手伝いたいそうだ」
「まあ、お父様! 今回はお客様なのにお手伝いがしたいなんて、ジェシーとオー兄さまといい、このままじゃ当日みんなで働いてるかもしれませんね」
本気とも冗談ともとれるリリーの言葉に、家族があははと笑っていた時にそれは起こった。
「ご歓談中、失礼致します。お嬢様に贈り物が届いております。お持ちしてもよろしいでしょうか」
侍女のアイラがノックの後、遠慮がちに入室してきた。
「私に? 珍しいわね。どなたからなの?」
王都に知り合いの少ないリリーには身に覚えがなく、送り主はきっと領地の誰かだろうと予想していたのだが。
「それが……」
チラッと父と兄をみやり、アイラが言いにくそうに続けた。
「ラインハルト殿下からです」
えええっ、なんですって!?
リリーは心の中で叫んだのだが、それよりも家族の反応の方が早かった。
「なんだって!?」
「なんで第三王子が!! いや、贈り物の中身はなんだ?」
お父様もお兄様も、私以上に驚いていますね。
立ち上がって大騒ぎしています。
でも、ハルト様からお手紙以外をいただくのは初めてだわ。
スープを作りに行って以来、直接顔を合わせる機会は無かったが、リリーは王妃とラインハルトそれぞれと手紙のやり取りをしていた。
「では、こちらにお持ち致しますので、少々お待ち下さいませ」
アイラは頭を下げて出ていったかと思うと、他にも侍女を引き連れて戻ってきた。
皆、手に大小様々な大きさの箱を持っている。
え?
一体いくつあるの?
「アイラ、随分たくさんの箱だけれど。えっと、どれがハルト様から?」
「全部でございます。お手紙がこちらに……」
アイラから手紙を受け取り、すぐさま目を通す。
相変わらず綺麗な字だ。
『リリー、誕生日パーティーを催すらしいね。僕に内緒のつもりだったのかな? 水くさいな。確かに王家の人間に声はかけにくいよね。せめてお祝いの気持ちとして、ドレスを贈らせて欲しい。身に付けたリリーを見られないのが残念だ。良いパーティーを!』
要約すると、そんな感じの手紙だった。
「ハルト様、どこからパーティーの話を知ったのかしら。しかも突然ドレスなんて」
リリーのドレスは当然店に依頼済みである。
もうそろそろ出来てくる頃合いだ。
そして、貴族の誕生パーティーに王族が出席することは、政治的な意味合いを避ける為にまず無いことだが、贈り物も婚約者ならともかく、ただの知り合いの貴族令嬢宛など聞いたこともない。
「中身はドレスなのかい?」
「は? 婚約者でもないのに!?」
相変わらずうるさい父と兄をスルーし、母が「開けてみましょうよ」とリリーを促す。
なんだかウキウキしているのか、「素敵なリボンだわ」などと侍女と笑いあっている。
確かに開けないわけにもいかないし、正直気になるわ。
両親以外からドレスを贈られるなんて、生まれて初めてなんだもの。
しかも王子様から!!
じわじわと嬉しさに包まれながら、一番大きな箱のリボンをほどく。
箱を開け、薄紙をめくって出てきたのはーーラインハルトの瞳、淡いラベンダー色の上品なドレスだった。
ところどころ金色の糸で刺繍が入っていて、上質なものだとすぐわかる。
リリーはドレスを持つと、鏡の前で体に当ててみた。
派手過ぎず、柔らかな素材を何重にも重ね、ふんわりとしたラインのドレスはリリーによく似合っていた。
「まあまあまあ。なんて素敵なの!! リリーにぴったりね。さすが殿下だわ」
「はい! お嬢様の可愛らしい雰囲気によくお似合いです!!」
母とアイラが目を輝かせて興奮している。
他の箱には、靴や髪飾り、アクセサリー一式が入っていた。
「こんな独占欲丸出しのドレスを贈ってくるとはな」
「どうみても王子の髪と瞳の色ですからね。またリリーによく似合っているのが悔しいところです……」
「わかる! わかるぞ!! やめろと言いたいが、着てみて欲しくもあるという……」
父と兄の葛藤を経て、リリーは当日ラインハルトのドレスを纏うことになったのだった。