18話 外堀が埋められつつあります。
リリーが王宮から自宅へと戻ってくると、何故か父と兄が揃って玄関に立っていた。
一体いつから待っていたのだろうか。
「お父様、もう出張から戻られたのですか? 昨日出かけたばかりなのに? ……お兄様も、寮に帰ったのではなかったのですか?」
リリーが厳しい声で問いただすと、ウィリアムとアーサーは二人してしどろもどろに答えた。
「よ、予定より早く片付いたんだよ。いやー、やっぱり家は落ち着くなぁ」
「そうそう、いっその事、家から学院に通おうかと思ってね。寮は引き払ったんだよ」
目を泳がせながら、とんでもないことを言い出す父子。
思っていたよりもこの二人は似た者親子なのかもしれないと、リリーは思った。
「お父様、他国へ出かけたのに次の日に帰ってくるって、どれだけ早いんですか! ちゃんと行ったのですか? お兄様も、寮をそんな簡単に出てしまって、通学にかかる時間をちゃんと考えましたか?」
思わず小言がついて出てしまう。
玄関で三人で言い合っていると、母のアンがゆっくりとやって来た。
「あなたたち、まだこんなところにいたの? リリー、二人はあなたのことが心配で仕方ないのよ。怒らないであげて?」
私の心配?
お父様とお兄様は、何をそんなに心配しているのかしら?
「さぁ、皆でお茶にしましょう。リリー、王宮で何があったのか教えてちょうだい。あなたの十六歳の誕生パーティーについても話しておきたいし」
私の誕生パーティー!!
なるほど、二人はパーティーの心配をしていたのね。
私は知り合いも少ないから、規模も小さくて構わないのに。
この国では十六歳で成人とみなされ、夜会に出席出来るようになる為、貴族はその節目として盛大な誕生パーティーを開くのが一般的だ。
本来ならリリーも一応伯爵令嬢なので、大勢のお客様を招待し、大規模なパーティーを開催するはずのところだが……。
領地での暮らしが長く、まだ社交界デビューの予定すら決まっていないリリーには、大げさなパーティーは必要ないと考えていた。
ウィリアムとアーサーが心配しているのは、もちろんラインハルト王子とリリーの仲についてなのだが、パーティーのことだと勘違いしてくれたのをいいことに、二人は話に乗っかった。
「せっかくの誕生パーティーなんだから、趣向を凝らさないとな」
「そうだよ。リリーの為なら家族使用人一同、力を惜しまないよ」
父と兄の優しい言葉に、リリーはさきほどの態度を反省してしまう。
「お父様、お兄様、私のパーティーのことで心配をしてくれていたのに、あんな言い方をしてごめんなさい」
正直パーティーのことは頭になかった二人だったが、「いいんだよ」「兄なんだから当然さ」と、平然と話を合わせているのを、母が意味ありげに笑って眺めていた。
居間に移動が終わると、早速リリーの誕生パーティーについて皆で相談を始めた。
招待客は厳選し、領地から親しい者を呼び寄せて、アットホームなこぢんまりとしたパーティーにすることに決まった。
リリーの要望が聞き入れられ、一か月後のパーティーに思いを馳せていたその時ーー。
「リリー、王宮でスープの評判はどうだったんだい?」
そわそわとウィリアムが訊いてきた。
本当はスープの評価などどうでもよく、ラインハルトや王妃と何があったのかを聞きたいだけなのは一目瞭然だったが、リリーだけはその思惑に気付かない。
「そうです! お父様、大変だったのです!!」
「何が大変だったんだい? スープ、失敗しちゃったのかい?」
「スープとパンは好評でした。そうではなくて、王妃様とハルト様以外に、王太子様、ソフィア様、ハリー様、第二王子様、イザベラ様までいらっしゃったのです!!」
「「「……は?」」」
リリー以外の家族三人の声が重なった。
皆、目を見開き、動きが止まってしまっている。
「私、そんなの想定外だったので、驚いてしまいましたよ。スープの食べ方も……」
リリーが一生懸命語っているのを放置したまま、父、母、兄の三人は目だけで会話を交わす。
『父上、母上、これは本当にまずいのでは? 絶対外堀を埋めにかかってきてますって』
『だから僕は行かせたくなかったんだー!!』
『でもまだ決まった訳じゃ……』
この時点でも、まだリリーが王家に目を付けられているとは信じたくない家族だったがーー。
リリーの誕生パーティー用のドレスがラインハルトから贈られ、いよいよその執着に焦ることになるのであった。