17話 再現されると心臓に悪いです。
テーブルにはリリーの作ったミルクスープとパン、城のコックが作ってくれた肉料理とサラダが並んだ。
「じゃあ温かいうちにいただきましょうか」
王妃が皆を促すように顔を見回すと、いよいよ食事の時間が始まった。
単純にスープが気になるのか、それともリリーを気遣ってくれたのか、王族方はスープから手を付け始める。
反応が気になって仕方のないリリーは、ついドキドキしながら様子を伺ってしまう。
いつも通りに作ってしまったけれど、こんな田舎料理が高貴な方々のお口に合うのかしら?
コックさん達の評判は悪くなかったんだけれど。
リリーは思わず自分の両手を胸元でギュッと握りしめ、祈るように反応を待っていた。
「美味しい!!」
最初に感嘆の声をあげたのは、子供のハリーだった。
「すごい美味しいの。僕、これ大好き!!」
子供用にと冷ましてあったミルクスープを、大人よりも早いスピードで食べ進めていく。
お皿に顔を突っ込みそうな勢いだ。
王太子が息子の食べっぷりを見つめながら、思わず笑みを零した。
「ハリーがこんな勢いで食べるのを初めて見たよ。余程気に入ったんだね」
「うん!」
すると、先を越されたとばかりにラインハルトがスープをほおばり出した。
大人用は熱いので、舌を火傷しないか少しハラハラしてしまう。
「リリー、このスープとっても美味しいよ! 優しい味で、いくらでも食べられそう!」
ああ、良かった。
失敗はしていないみたい。
「本当に美味しいわ。毎日食べたくなるわね」
「ホッとするし、温まるな」
「ありがとうございます!」
ラインハルトに続き、王妃や第二王子にも良い感想をもらえたことに安堵し、力を抜きながらお礼を述べるリリー。
しかし、安心したのも束の間、誰よりも先にパンにとりかかろうとしていたハリーから、悲しそうな声が漏れた。
「リリーお姉ちゃん、このパン固いね。僕、食べられないかも……」
確かに、このハードなパンを小さな子が齧るのは難しいだろう。
リリーはパンを小さく割ると、ハリーに差し出しながら笑いかけた。
「このパンはスープにつけると柔らかくなるんです。スープをたくさん吸うので美味しいですよ」
「やってみる!」
パンを受け取ったハリーが、言われた通りに早速スープにパンを浸している。
そして柔らかくなったパンを一口食べて、興奮したように足をバタつかせた。
「うわぁ、ジュワジュワなの! スープがもっと美味しくなったみたい。ママ、もっとパンちょうだい!」
慌ててパンをちぎってあげながら、母のソフィアが驚いている。
「いつもパンを全然食べてくれなくて心配していたのに。スープに浸せば食べてくれるのね。勉強になるわ」
「リリーちゃんのおかげね」と笑顔で感謝されたが、そこで気付いてしまった。
あら?
もしかして、パンをスープにつけるのって庶民の食べ方なのでは?
……私ったら、王族相手にとんでもないことを!
衝撃でリリーは椅子から立ち上がっていた。
「あの、も、申し訳ございません。うかつにも庶民の食べ方をハリー様に伝えてしまいました!」
顔色を変え、勢いよく頭を下げるリリーに、皆がポカンとしている。
一瞬静寂に包まれた食卓だったが、それを破ったのはやはり王妃だった。
「ふふふっ、リリーちゃんったら突然謝り出すから驚いてしまったわ。頭をあげてちょうだい。あなたは何も悪くないわ。リリーちゃんが心配したのは、パンをスープに浸したことかしら?」
「はい……」
「だったら何も心配いらないよ。今までやらなかったのは、そういう食べ方を知らなかったってだけだから」
「他国では王族でも普通につける国もありますわよね? スティック状の細いパンが添えられていたり」
「おいしいなら何の問題もないよ。僕も早速試してみるね」
王妃の言葉に、ノアとイザベラ、ラインハルトが続いたと思ったら、スープを染み込ませたパンを口にしたラインハルトがすぐさま顔を綻ばせた。
「このパンも美味しい! こっちの肉料理のソースをつけても合いそう」
王族にもこの食べ方は受け入れられたみたいだった。
「城のコックに明日から早速作ってもらおう」とか、「他のスープでも美味しそうじゃないか」など、会話が弾んでいる。
リリーがそんな彼らの反応に安心し、完全に油断していた時だった。
「リリーお姉ちゃんは木に登るのも上手だし、スープも美味しいし、すごいねー!」
さすが王妃の孫と言うべきか、ハリーが満面の笑顔で爆弾を落とし……いや、投げつけてきた。
そうでした!
木登りの口止め、ハルト様にしかしてませんでしたー!!
でもでもハリー君ってば、ここでソレを言っちゃいます?
これはマズイと嫌な汗が流れ出すリリーの耳に、「うん、やっぱり僕が言わなくてもそうなるよね」というラインハルトの呟きが虚しく響く。
ど、どうしましょう。
王宮の木に登ったなんて、どんなお咎めがあるのでしょうか。
せめて家族だけは助けていただけると……。
叱責に備え、リリーは身構えるように体を固くした。
ーーのだが、誰も怒り出す気配がない。
不思議に思ったリリーが恐る恐る顔を上げると、何故か皆でクスクスと面白そうに笑っているのが目に入った。
あれ?
怒るどころか、笑われてませんか?
戸惑うリリーに、王妃が笑いを堪えるように一度コホンと咳払いをしてから説明してくれた。
「リリーちゃんの武勇伝なら、うちの家族全員が知っているわ。もちろん、主人もね。ハリーが何度もリリーちゃんの話をするんだもの」
「ええ、もう耳にタコが出来ましたわ」
ソフィアも頷いている。
えええっ!?
蛮行を知った上で優しくして下さっていたなんて、器が大きい……。
というか、王族って思ってたよりフレンドリーでユルい感じなのかしら?
国王様までご存知なんて。
しかも、武勇伝扱いされてるわ。
令嬢に武勇伝など必要ないのだが、リリーは怒られなかったことに意識を取られて、おかしさに気付いていない。
傍ではハリーが立ち上がって、身振り手振りであの時の再現を始めていた。
「バババーッて登ってね、リリーお姉ちゃんはポッケにマイクを入れたの。マイクの顔だけポッケから出ててね」
ハリーはこと細かにリリーの様子を再現し、真似て見せている。
よく覚えてますね。
でも恥ずかしいので、そのくらいにしていただけると……。
「ハリー様、そのお話はそれくらいに……」
「ええ~っ!! まだここからなのに。あと、ハリー様はイヤ!!」
悲しげに言われてしまうとリリーも可哀想に思うが、だからと言って気安く呼ぶことは出来ない。
子供とはいえ、彼はこの国の王子なのだ。
「ハリーがこんなに懐くのは珍しいんだ。好きにさせてあげてくれるかい?」
王太子様に言われたら断れませんねーーってことで、ハリー君呼び復活です。
「ハリー君?」
呼びかけてみると、嬉しそうに「うん、じゃあ続きねー」と言われてしまった。
いやいや、続きはいらないんですー!
その間にも、ハリーは足を滑らせたリリーの真似をしている。
「でね、ハルトお兄ちゃまが、ズルってなったリリーお姉ちゃんをこう、ぎゅってしてね」
きゃああああ!
そこまでしっかり再現しちゃうんですか!!
リリーが心臓に悪いと、居たたまれない思いでいるのに、肝心のラインハルトは「よく見ていたなー」なんて呑気に笑っている。
男性陣はラインハルトに「よく受け止めたな! 偉いぞ!」とか言いながら肩を叩いて誉めているし、女性陣は「あらー、若いっていいわー。ドキドキしちゃう」と喜んでいる。
何なのかしら、この状況。
アットホームさが胸に痛いわ……。
「で、マイクに餌をあげなくちゃいけないから、僕は帰ってきたの」
ようやく再現が終わったのね。
精神的にかなり追い詰められた気がするわ。
しかし、ハリー劇場はまだ終わっていなかったのである。
「でも、その後も僕、こっそり見てたのー」
え?
終わったはずじゃ?
「お兄ちゃま、お姉ちゃんをクルッてして、パパみたいにぎゅーってしてた」
エッヘンと胸を張り、「よく見てて偉いでしょー」と言っている。
あああぁぁぁぁ、そこは見てなくていいところなんですー。
しかも、吹聴することでもないんですー。
ただの人命救助とアフターフォローなんですー。
その部分は初めて聞いたと盛り上がる人々の中、王妃がリリーに尋ねた。
「リリーちゃん、ラインハルトとの散策は楽しかった?」
「はい。ハルト様は小説の王子様みたいに完璧なエスコートで、あやうく勘違いして好きになってしまうところでした」
大分王妃にも慣れてきたリリーは、テヘッと冗談っぽく、自分の立場は弁えてますアピールをしておく。
「勘違いじゃないし! もう、リリーは手強いなぁ。でも更に燃えてきたよ! これからはもっとガンガン行くから!」
ラインハルトが兄のノアに愚痴っているのは、残念ながらリリーの耳には入っていなかった。
リリーが帰った後、王太子が王妃と話していた。
「母上とハリーに聞いていた以上に面白い令嬢でしたね、リリーちゃんは。次は父上も呼びましょう」
「そうね。こんなに楽しいことに誘わないなんて、バレたら後で拗ねて大変だもの」
リリーの知らないところで、国王との対面が決定していたのだった。