16話 王子様全員集合。
現在、リリーは二度目の王宮へと向かっている。
理由はもちろん、『リリーちゃん、突然で申し訳ないけれど、二日後は空いているかしら? ミルクスープ、楽しみにしているわ』という手紙が、王妃から届いたからだ。
父と兄は渋い顔をしていたが、王家の圧をバシバシと感じる誘いを断れるはずもなく、リリーはすぐに了承の返事を送った。
もちろん王妃相手は緊張するし、場違いな王宮へはなるべく近付きたくなかったが、不思議と前回ほどの憂鬱さは感じていない。
当初は父のウィリアムも同席する予定だったが、急遽出張が入り、昨日から他国へ行ってしまったので、今日はリリー単独での対面となる。
娘を一人で参加させたくない父は、最後までしぶとく抵抗していた。
「こんな急に出張なんて……。これは王家の陰謀だ! 僕はリリーから離れないぞ!!」
「お父様、訳がわからないことを喚くのはおやめ下さい。また別の機会にお父様にはスープを作ってあげますから」
「そういうことじゃない! いや、そういうことでもあるけど、そうじゃないんだぁーー!!」
大切な娘を王家に取られてしまうと心配する父の心境を全く理解していないリリーは、ウィリアムがスープを飲めなくていじけているのだと思っていた。
なんとかなだめ、父を仕事へ送り出すのはなかなか骨が折れた。
そんな苦労を思い出して溜め息を吐いていたら、馬車が止まった。
どうやら王宮に着いたらしい。
扉が開くと、なんとラインハルト王子が待ち構えていた。
「リリー、会いたかったよ」
完璧なロイヤルスマイルに、社交辞令だとわかっていてもリリーはたじろいでしまう。
なんて眩しい笑顔なのかしら。
まるで愛しい恋人に向けるような……いえいえ、勘違いしてはダメよ。
王子様はみんなに平等に笑顔を振りまく生き物なのだから。
リリーは自分を律しながら、差し出された少し骨ばった手をとった。
今日は王宮の厨房を借りて、スープを作ることになっている。
食材も好きに使っていいと言われているので、持参したのはエプロンだけだった。
「あーあ、本当は作るところをずっと見ていたかったのに、このあと家庭教師が来るんだ」
厨房に案内してくれるラインハルトに残念そうに告げられたが、リリーは内心安堵していた。
王子に見られていたら、動揺してスープではない別の何かが出来てしまいそうだ。
厨房から名残惜しげに手を振りながら去っていくラインハルトを見送ってから、リリーは気合を入れてスープ作りを始めた。
リリーのお手伝いをする為に、数名のコックが待機をしていて、指示を待っている。
素人の田舎料理を王宮の腕のよいコックに手伝わせるのは気が引けたが、彼らはリリーの作るスープに興味津々なのか、楽しそうな表情だ。
実際作り始めると、スープに添えるパンを作る際も、王都で食べられているパンとは異なる製法に、コックから質問攻めに合う場面もあった。
スペンサーの領地は山間部に位置し、寒い期間が長いこともあり、煮込み料理やスープにパンを浸して食べる機会が多い。
その為、外側はしっかり固いが、中は柔らかく水分を吸うパンが好まれているのである。
それにしても、なんでこんな大量に作る必要があったのかしら。
ミルクスープも寸胴鍋にいっぱいだし、パンも山のようだわ。
まだ焼いている途中のパンもあるくらいだ。
数名分だろうと軽く考えて作り始めたリリーは、今になって違和感と嫌な予感を感じずにはいられない。
もしかして、王妃様とハルト様以外もいらっしゃるんじゃ……まさかね。
しかし、悪い予感とは当たるものでーー。
なんでこんなことに?
リリーは混乱していた。
厨房に勉強の終わったラインハルトが現れ、前回同様、城の応接室へ案内されたまでは良かったのだが……。
なんだかキラキラする人達がたくさんいらっしゃいます。
これはマズイ気がしますよ。
応接室には、リリーを待ちわびた国王以外のロイヤルファミリーが、勢揃いして席に着いていた。
ハリーが嬉しそうに手を振ってくれたので、ついこちらも小さく振り返してしまう。
あ、思わず振り返してしまったけれど、王太子のご令息に対してダメな行動だったわよね……。
お辞儀をするべきだったのかしら?
ああ、田舎で牛たちを相手にしていた私には、こんなの荷が重すぎるわ!
自分の人生に王族が関わることなど想定していなかったのと、緊張で素が出てしまうのとで、もはや何が正しい作法なのかよくわからなくなってきたリリー……。
しかし、手を振り返されたハリーが、ご機嫌な様子で隣の男性の膝に抱きついたのを見るに、正解じゃなくてもとりあえず最悪な状況は乗りきれたらしい。
王妃が立ち上がって、リリーに声をかけてきた。
「リリーちゃん、よく来てくれたわね。さあ、皆を紹介するわ。こちらにいらして」
遠慮しながらリリーは王妃に近付いた。
「最初に言っておくけれど、今日は堅苦しい挨拶は必要ないわ。こちらの手前の席から、王太子のオリバー、その息子のハリー、王太子妃のソフィアちゃん。そちらの二人が第二王子のノアと、婚約者のイザベラちゃんよ」
紹介された王族と、その婚約者がフレンドリーにリリーに微笑みかけてくれる。
念の為、王家の皆様の名前と、簡単な経歴をお父様から教わっておいて良かったわ。
まさかこんなすぐに必要になる知識だとは思ってもいなかったけれど。
それにしても、なんて煌びやかで美しい集団なのかしら。
そして、何故私がここに混ざっているのかしら。
リリーは神様をちょっとだけ恨みたくなりつつ、全員の紹介が終わったので、自分も軽く挨拶をする。
「リリー・スペンサーと申します。お会いできて光栄です」
軽く膝を折ると、ハリーが無邪気にパチパチと手を叩いてくれ、たちまち温かい雰囲気に包まれた。
「リリーちゃんはこの席ね。今日はたくさん作らせてごめんなさいね。皆、あなたとスープに興味があって」
「だって、僕達も一応王子だからね、いただく権利はあるよ。ラインハルトだけなんてずるいでしょ」
「僕も王子だよね?」
「そうだな、ハリーも王子だし、パパだって王子だぞ?」
王妃の言葉に、楽しそうに第二王子、ハリー、王太子が加わった。
王妃様、皆さんにも話してしまわれたのですね。
確かに王子様に作ってあげたいと言いましたけれど、王子様を全員集合させる必要ありましたか?
これでは王子様だらけじゃありませんか!
「ちぇっ、僕のスープだったのにな。まあ、リリーの王子様になれるのは僕だけだけど。ね、リリー?」
含みのある笑顔で、誘うようにラインハルトがリリーに問いかけた。
「え? ああ、確かに小説に出てくる王子様は独身で、まだ婚約者もいらっしゃらない方が多いですからね……って、ハルト様に婚約者様はいらっしゃらないのですか?」
「えええっ!? いないよ! いないけど……リリー、今頃それを訊くの!?」
ラインハルトは驚いたように立ち上がり、ガックリと肩を落とした。
「ぶはっ! なんだ、ラインハルトの気持ちは全然通じていないのか」
「あはは! これは先が長そうだな。でも僕達兄弟は諦めが悪いからね」
うなだれたラインハルトに戸惑っていたら、オリバーとノアが仲良く吹き出した。
ハルト様に気安くプライベートなことを尋ねてしまったから、呆れられたのかも。
でも王太子様と第二王子様は、何がそんなに面白かったのかしら?
首を傾げるリリーだったが、王妃、ソフィア、イザベラも困った顔をしつつもクスクスと笑っている。
ハリーも皆が笑っているからか、キャッキャッと楽しそうにはしゃいだ。
こうして、リリーだけが話に付いていけないまま、王家との食事会は幕を開けたのだった。