15話 リリーは鈍感令嬢。
王宮から戻って三日後、リリーはいま幼馴染みのジェシーから尋問を受けている。
「リリー、王宮へ行ったって本当? 一体何があったの? 洗いざらい教えてもらいますからね!」
なんでジェシーが、私が王宮へ行ったことを知っているのかしら?
しかもそんな剣幕で詰め寄らなくても……。
リリーは不思議に思ったが、ジェシーの興奮している様子から、理由を訊くのは無理そうだと諦める。
「第三王子のラインハルト様と、仲良さげに手を繋いで歩いていたっていうのは事実なのかしら?」
続けざまに尋ねられ、リリーはあの日のことを思い返していた。
ーー三日前。
王宮からの帰りの馬車の中で、リリーは父ウィリアムにあれこれ訊かれていた。
「リリー、教えておくれ。庭園で何があったのかい? 王子に何か言われたり、されたりしていないよね? どうして手を繋いでいたんだい? ハルト様と呼んでいたよね? 二人はもうそんなに仲が良くなったのかな?」
リリーの方へ身を乗り出して、矢継ぎ早に質問を繰り出す父に、リリーも侍女のアイラも驚いていた。
アイラはチーズタルトを王妃の侍女に渡した後は、リリー達が帰る時間まで休憩室で待機してくれていたらしい。
「お父様、特に何もありませんわ。あ、子猫を連れたハリー君という男の子に、庭園でお会いしましたけれど」
まさか、『木に登って子猫を助けたらうっかり足を滑らせて、王子に助けられた挙げ句に抱きしめられました。テへへ』などと父には言えない。
無難な説明を試みた。
「子猫を連れたハリー君? ……それは、王太子のご子息のハリー様ではないか?」
王太子?
それって、第一王子のことよね。
つまり、ラインハルト様のお兄様。
あの男の子は確かハルトお兄ちゃまって呼んで……って、王太子の息子?
「お父様、どうしましょう! 私ったら知らずに馴れ馴れしい態度を!」
「まあ、それは大丈夫だろう。ラインハルト様も一緒だったし。……って、僕が訊きたいのは、手を繋いでいた理由だよ!」
お父様、ねばりますね。
手を繋いだ理由……流れで自然にだったような。
リリーは庭園に行ってからの出来事を振り返ってみる。
そして気付き、納得した。
そうよ!
ラインハルト様はなんていったって王子様だし、紳士的な方なのよ!
だから木から落ちかけた私を心配して労り、慰めようと抱きしめ、歩く時はエスコートをして下さったのよ。
そして親しみやすさも兼ね備えていて、私にハルト様と呼ぶのを許して下さったのだわ。
もう! 私ってば、変にドキドキし過ぎたようね。
「お父様、ラインハルト様は王子の鑑です! さりげないエスコートの数々に、思いやり。高貴な微笑みの中に親しみやすさも持ち合わせた、まさに小説に出てくる完璧な王子様なのです!」
リリーは一気に難問が解け、霧が晴れたような気持ちだった。
さっきまで、ラインハルトの仕草や言葉一つ一つに動揺し、胸が高鳴り、自分が自分ではないようで焦っていたのだ。
しかし、ラインハルトは王子として当然の行動をしたまでだし、リリーはラインハルトが憧れの小説の王子様のようでときめいたーーただそれだけのことだったのだ。
はぁ、スッキリ!!
「いやいや、リリー? 王子のあの雰囲気は、ただのエスコートにしては……」
「もう、嫌ですわ、お父様。ラインハルト様は誰にでも、ああやって気さくで紳士な方なのですから」
「いやいやいや……」
リリーだけがわかっていなかった。
ラインハルトは誰にでも優しい訳ではないし、小説の王子もヒロイン相手だからこそ優しいのだということを。
ウィリアムが娘を心配そうに見つめ、アイラが溜め息交じりに呟いた。
「お嬢様は鈍感なところがおありですから……」
ーーリリーの回想は無事終了し、王宮での出来事をジェシーに話して聞かせた。
木から落ちかけた話を除いて。
ラインハルトの一連の行動が、模範的な王子の行いだと理解しているリリーは、すっかり冷静さを取り戻している。
「ってわけで、ラインハルト様はエスコートをしてくださっただけよ。みんな動揺し過ぎよ?」
しかし、ジェシーは信用をしていないのか、相変わらずの前のめりでリリーに質問を繰り出していく。
「本当に? 手を繋いだ以外は何もなかったのね? 例えば抱きしめられたとか」
「うーん、それは『抱き留められた』が正しいわね」
「え? 抱き留められた? ……リリー、あなた王宮で何をしたの?」
ジェシーが更に勢い良く突っ込んでくる。
「それはちょっと言いにくいんだけど、ジェシーには隠さず全部話すわ。お父様には内緒よ? お庭で木に登ったのよ。そしたらうっかり足をズルっとね」
「「「木に登ったの!?」」」
急にいくつも声が重なった。
振り返ると、兄のアーサーと、ジェシーの兄オーウェンが部屋に入ってきていた。
「リリー、王宮で木に登ったのかい? 正直に話すんだ」
アーサーが珍しく恐い顔をしながら近付いてきたので、逃げられないと悟ったリリーは、仕方なく木に登った経緯を説明した。
「子猫が木から下りられなくなって困っていたの。王太子のご子息のハリー様が泣いていらして、可哀想で。私なら助けられると思って……。ごめんなさい、お兄様」
しゅんとしながら兄に謝るリリー。
やっぱりバレて怒られてしまったわ。
普段優しいお兄様がこんなに怒るなんて、もしかして王家から罰せられるくらいの失態なのかしら?
確かによく考えてみたら、木に登るなんて侵入者みたいに怪しい行為だわ。
リリーが青くなりながら自分の考えに没頭している間、他の三人はそれ以上に慌てていた。
「父上が速達で手紙を送ってきて、『リリーが王家に目を付けられたかもしれない』なんて書くから、まさかと思いながら急いで寮から戻って来てみれば……。あながち父上の勘も外れてなさそうだな」
「ああ。ラインハルト様は今まで浮いた話もなく、令嬢に関心が薄そうだったが、リリーには積極的に関わってるみたいだな」
「目の前でそんな破天荒なことをされたら、第三王子だって興味を持って好きになっちゃうわよ! リリーのバカバカ!! せっかく領地から帰ってきたのに、もうお嫁に行くなんてそんなの許さないんだから!」
アーサー、オーウェン、ジェシーが口々に話し始める。
「そもそも、なんで急に王妃様とお茶会なんていう話になったのかしら? ね、リリー、聞いてる? なんでお茶会に出ることになったの?」
ちょんちょんとジェシーに肩を突かれ、リリーは我に返った。
「あ、それは、お忍び中の王妃様と本屋でたまたまお話しをしたからよ。そうそうジェシー、『王子様との秘密の恋愛』に続編が出ているの知ってた? 王妃様が貸して下さったの」
王宮から戻った後、アイラがリリーにチーズタルトを入れていったバスケットを差し出しながら言ったのだ。
「お嬢様、返却されたバスケット、何やら重いのですが」
リリーが開けてみると、『続 王子様との秘密の恋愛』と、小説に王妃からの手紙が挟まっていた。
手紙は簡潔で、「また連絡するからスープを作りに来てね」といった内容だった。
「続編なんてまだ売られてないはずよ。王妃様特権で入手されたのよ、きっと。面白かった? ……ってそうじゃないわ! リリー、王妃様と知り合いだったの?」
また興奮し出したジェシーに、リリーは本屋での出会いをかいつまんで話した。
「これはまずいわ。リリーってば、王家に完璧に目を付けられてるじゃない……」
「ああ、なんてことだ!! 僕があの本屋をリリーに教えたせいで!!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。普通はそんな簡単にお会いできる相手でもないから、しばらく時間が空けば平気かもよ?」
オーウェンが、ジェシーとアーサーをなだめようと声をかけたが。
「王妃様といえば、お手紙をいただいて次も誘われているの」
続くリリーの言葉であっさり撃沈した。
「え? もう次回の約束があるのかい?」
「王妃様、噂に違わぬ策士だな……。これはもう、リリーがターゲットと見て間違いなさそうだ」
「リリー、くれぐれも王妃様とラインハルト様には気を付けるのよ!?」
三人がリリーを案じる中、肝心のリリーはきょとんとした表情で紅茶を口に運んでいた。
みんな何を言っているのかしら?
お二人ともとっても優しいのに。
あ、でも木に登ったことは罰せられないといいな。
一人で見当違いなことを心配しているリリーだった。