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14話 王子様の腕の中。

「きゃっ」

「リリー!!」


地面まであと少しというところで木から滑り落ちたリリーだったが、気付けば腰を何かに支えられ、足がプラプラと空に浮いていた。


あれ?

痛くないし、転んでもないみたい?


実は領地では何度か低い木から落ちた経験があり、衝撃に備えて身構えていたのだが、どこも痛くないことに首を傾げる。

しかし、ポケットから聞こえた子猫の鳴き声で意識がそちらに向いたリリーは、慌てて優しく掴むと、子猫の身体を確認する。


うん、怪我もないし、元気そう。


「猫ちゃん、元気だよ。良かったね」


そう言って、リリーが微笑みながら子猫を差し出すと、男の子は背伸びをしながら受け取ってくれた。

嬉しそうに頬を紅潮させて、猫を撫でる姿が可愛い。


「ありがとうお姉ちゃん。お姉ちゃん、カッコ良かった!」


興奮したのか、男児のリリーを見る目はまるでヒーローを称えるかのように輝いている。

しかし、すぐに猫へと興味は戻ったようで、突然パタパタとその場から走り出した。


「マイクがお腹をすかせてるからミルクあげないと!」


リリーに手を振りながら子猫を抱え、危なっかしい足取りで王宮へ戻っていく。

その後を護衛の騎士と侍女が、リリーに頭を下げて挨拶をしながら追っていった。


ふぅ、とりあえず良かったわ。

あの子にも笑顔が戻ったしね。


「リリー?」


満足感に浸っていたリリーだったが、突然頭の後ろ辺りから名前を呼ばれ、不思議に思いながら振り返った。

何故かそこには、リリーの顔ギリギリの近さで、困ったような表情を浮かべるラインハルトの姿があって……。

王家特有のアメジストのような瞳が美しく、気を抜けば魂を抜かれてしまいそうだ。


え、なんでラインハルト様が?

そういえば私、浮いてるような。

……まさか。


腰のあたりと足元を見て、ようやく自分の状況を理解する。


きゃーっ、私ったら王子様に後ろ向きに抱っこされてる!!


慌てたリリーがつい足をバタバタさせてしまうと、ラインハルトはリリーを丁寧に地面へ下ろしてくれた。

さすが王子、とても紳士的である。

すぐさま謝罪をしようとしたリリーだったが、振り返った途端に今度は正面から強く抱き締められてしまった。


「リリー、無事で良かった。君が足を滑らせた時、僕は生きた心地がしなかったよ」


頭一つ分高い位置から、囁くように切ない声で告げられると、リリーも申し訳無さで胸が締め付けられる気がする。


「申し訳ございません」


素直に謝り、一瞬リリーもつられてラインハルトの背中にギュッと腕を回しかけたのだが、そこではっと我に返った。


これって、ラインハルト様に抱き締められてるの!?

きゃーっ、心臓が煩すぎて伝わってしまいそう。

ラインハルト様ってばいい匂いがするし……ってそうじゃないわ。


「ラ、ラインハルト様。そろそろ離していただけると……」

「嫌だね」

「い、嫌?」


即答ですか!?

しかし、このままでは私の精神が保たないんです。


王子相手にいけないと思いつつ、リリーはラインハルトの背中を叩いて訴えた。


放してくださーい!!

恥ずかしくて死にそうなのですー!!


「僕は怒っているんだ。心配させた罰なのだから、しばらく大人しく抱き締められててね」


リリーの心の声をまるっと無視する無情な王子の言葉に、思わず涙目になるしかない。



どのくらいの時間が経ったのだろうか。

リリーはまだラインハルトの腕の中にいた。

現実を受け止めきれず、リリーは現実逃避のまっ最中である。


これは夢だわ、夢なのよ。

私が王子様に抱き締められるはずがないもの。

大体、今日は王宮に行くとか、王妃様にお会いするとか、突然あり得ないことばかりだったものね。

うふふ、そうよ、最初から全部夢なのよ!


リリーが自分を保つ為、意識を遠くへと飛ばしていると、身体に回されていた腕が外れたのがわかった。

あんなに離れて欲しかったのに、少し寂しく感じるのだから不思議なものだ。


「ふぅ、とりあえず今は満足したから放してあげる。リリー反省した?」


とりあえず今は?


気になる言葉ではあったが、急に現実に引き戻され、顔を覗き込んでくるラインハルトの紫色の瞳に焦ったリリーは、コクコクと頷いてみせる。

すると、ラインハルトの機嫌が戻ったらしい。


「じゃあ、そろそろ戻ろうか。バラはまた今度見せてあげるね」


そう言って、リリーの手をとって歩き出す。


「あ、あの、大丈夫ですから。一人で歩けますから」


繋いだ手が恥ずかしく、それとなく離してほしいと訴えたつもりのリリーだったが。


「駄目」


一言で却下された。


どうして?

もう勝手に木登りもしないのに……。


相手が美しいラインハルトだと意識すると、手に汗をかいてしまいそうで、話題を変えることにする。


「あの、さっき木に登ったこと、内緒にしてもらえますか?」


王宮で木登りなんて、いくら普段はリリーに甘い家族でも怒るに違いない。

出来れば怒られたくないと、ヒヤヒヤしながらお願いしてみるとーー。


「わかった、誰にも言わないよ……僕はね」


あっさり承諾の返事がラインハルトから聞こえ、リリーは安心した。

最後にボソッと聞こえた言葉は気にしないことにする。

そして、ついでに心配していたことも尋ねることにした。


「あの、私が登っていた時に、もしかしてスカートの中って見えてしまいましたか?」

「ふふっ、大丈夫だよ。護衛の者は真下に来ないように言っていたからね」

「ありがとうございます」

「見えたのは僕だけだから安心して?」

「そうですか、ラインハルト様……だけ……?」


きゃーーーっ!!


リリーは今日何度目になるかもわからない悲鳴を、またしても心の中であげた。

いや、少し漏れていたかも……。


やっぱり見えていたじゃないの!

僕だけって、ラインハルト様に見られちゃったのなら、全然安心出来ません!


「もうお嫁にいけない……」


そう呟きながら足元がふらつくリリーを、ラインハルトが「それは心配要らないよ」と言いながら支えてくれたが、ショックを受けているリリーには聞こえていなかった。

その後、まだ朦朧としているリリーに、畳みかけるような猛攻をかけるラインハルト。


「僕のことはハルトって呼んで欲しいな。僕とリリーの仲だものね」


有無を言わさないラインハルトの笑顔の圧に、なし崩し的に了承させられてしまうリリー。


王子様ってすごい。

勝つつもりなんてないけれど、全然勝てる気がしないわ……。


田舎暮らしが長い分、今まで自分のペースで生きてきたリリーだったが、気付けばラインハルトのペースに乗せられている。

こんなことは初めてだったが、不快どころかドキドキする自分に戸惑っていた。




リリーの父、ウィリアムは娘を心配し、今か今かと二人の帰りを庭園の入口で待っていた。

今頃になって、リリーと帰ることを優先し、ラインハルトと散歩に行かせてしまったことを後悔していたのだ。


あんな純粋で可愛い娘を、王子とはいえ男と二人きりにしてしまった!

私はなんてバカなことを!!


後悔むなしく、手を繋いで「リリー」「ハルト様」とお互いを呼び会う仲良さげな様子を見せつけられたウィリアムは、しばらく立ち直れなかったという。


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