12話 可愛い人(ラインハルト視点)。
ラインハルト視点になります。
時間は少し遡ります。
それは自室で今日の予定を確認している時だった。
「ラインハルト、大変よ!」
母上?
母上が僕の部屋までやって来るなんて珍しいな。
何がそんなに大変なのだろう?
首を傾げるラインハルトに、目を輝かせながらスペンサー伯爵の娘がこれから王宮にやって来ること、彼女を誘って急遽お茶会を開催することを告げる王妃。
そして、なかば強制的にラインハルトにも参加を促してくる。
スペンサー伯爵の娘?
……誰だっけな。
咄嗟に話を理解出来ないラインハルトに、焦れたように王妃が説明する。
「ミルクスープのリリーちゃんよ。あなた、興味を持っていたでしょ? せっかく出会いの場を私が作ってあげようとしているのに」
あー、母上がお忍びの時に出会ったという娘か。
確かに興味はある。
……とりあえず、プリプリしている母上にお礼は言っておくか。
出会いの場を作ってあげると言いながら、絶対自分が楽しんでいるに決まっているけど。
ラインハルトは礼を言って、あとで応接室に合流する約束をした。
◆◆◆
そろそろ応接室に顔を出すとするか。
頃合いを見計らって、ラインハルトは城の応接室へ移動を開始した。
スペンサー伯爵令嬢とは実際はどんな娘なのだろうと、少し期待をしている自分がいる。
段々早足になり、応接室まであとわずかという廊下まで来た時、開いている扉のせいで部屋の中の会話が漏れ聴こえてきた。
「いえいえ、あそこは牛以外何もないところですから。王妃様にはふさわしくないかと……」
スペンサー伯爵が焦っているな。
これはまた母上が何か無茶を言ったに違いない。
我が母ながら、本当に困った人だ。
仕方がないなとラインハルトが苦笑した時、同じ年頃の女の子と思われる甘い、しかし凛とした声が耳に飛び込んだ。
「お父様、確かに何もないところかもしれないですが、全てがあるところだと私は思っています!!」
なんだ、これ……。
頭をガツンとやられた気分だ。
それは、ずっと王宮育ちで何一つ不自由なく育ったラインハルトに、初めて足りないものを自覚させる言葉だった。
令嬢への第三王子の期待は一気に膨らみ、一刻も早く顔が見たくなった彼は、はやる心で応接室へと足を踏み出した。
「母上、お茶会ですか? 僕も加わってもいいですか?」
初めて目にしたリリーは、丸い目と、エメラルド色の瞳が印象的な娘だった。
可愛らしい顔立ちではあるのだが、よく声をかけてくる令嬢達とは明らかに纏う雰囲気が違っている。
きょとんとした表情で見つめる様子から、ラインハルトが王子だとは気付いていないようだ。
これは意外だったな。
もっと大人びた外見の令嬢を想像していたけど。
そこには、凛とした発言から想像していたよりも幼い印象の娘が立っていた。
しかも、ラインハルトが王子だと知ったリリーはあからさまに動揺し、その印象は更に変わっていった。
なんだ?
赤くなったり、青くなったり……緊張でプルプルしている様は、まるで小動物のようじゃないか。
あんな凛々しい発言をしていたくせに。
こんなに可愛くて目が離せないなんて、初めてだ。
特に、『王子様にミルクスープを作ってあげるのが夢』だと母からばらされた時のリリーの表情に、ラインハルトは心を奪われてしまった。
あーあ、こんなに動揺しちゃって。
僕はもう母上から聞いて知っていたことなのに、何とか無かったことにしてやり過ごそうとしているリリーがおもしろ可愛すぎる……。
つい虐めたくなる愛らしさだな。
まさか僕が、気になる子にちょっかいを出したくなるタイプだったとはね。
スープを作ってもらう約束を無事に取り付けて、とりあえず次に会う約束も出来た。
それだけで満足していたら、王妃がさらにパスを出してくれる。
ナイス、母上!
庭の案内なんて、二人きりになれるチャンスじゃないか。
僕がこの機会を逃すはずがないのに、リリーが一生懸命断ろうと悪あがきをしている姿がまたツボだ。
その必死さがたまらなく可愛く見えるなんて、僕は少しおかしいのかもしれないな。
結局、王妃とラインハルトに押し切られる形で庭園を案内されることになったリリー。
「じゃあリリー、庭に行こうか」
ラインハルトは自分のとっておきの笑顔をリリーに向けたのだった。