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11話 王子様に妄想がバレました。

本物の王妃と王子を前にして、すでに王宮を訪れた当初の目的などふっとんでいたリリー。


「ラインハルト、いいところに来たわね。あなたも一緒にリリーちゃんお手製のチーズタルトをいただきましょう」


はっ、そうだったわ。

お菓子の存在をすっかり忘れていたけれど、アイラが渡してくれたのかしら。


王宮の侍女たちが、紅茶とリリーのチーズタルトをテーブルにセッティングしてくれている。

今日のチーズタルトは、配りやすいように子供の手のひらサイズで作ったが、まさか王妃と王子の口に入るとは……。

露ほども想像していなかったリリーは、恐縮してしまう。


「あの、お口に合うかどうか……」

「大丈夫さ、リリーのお菓子はどこへ出しても恥ずかしくないからね」


王族の二人に言ったつもりだった言葉に、何故か父が乱入して太鼓判を押す。


お父様、私に甘いのも時と場所を選んでください!!

なに率先して誉めてるんですか!!


思わず恨みがましい目で父を見たが、父は悠々とソファーに移動すると、平然とタルトを口に運び出した。


「うん。このタルト、とても美味しいよ!」

「本当ね! 普段食べるものより濃厚でコクがあるわ」


王子と王妃も、顔を綻ばせてチーズタルトを味わっている。


良かったわ。

お二人のお口に合ったみたいで。


「そうでしょう、リリーは料理もお菓子も上手なんですよ」


安堵しながら座ったリリーの隣で、ウィリアムが満面の笑みで親バカを発揮していた。


お父様ー!

だから何故あなたがそこで自慢げに言うのですか!!

お料理もお菓子作りも、伯爵令嬢の趣味として間違ってますよね?


恐る恐る正面の親子に目を向けると、王妃の目が輝いた。

嫌な予感しかしない。


「そうよ! リリーちゃんは料理も得意なのよね。ミルクスープを王子様に飲ませたいのだもの」


王妃様ぁぁ!!

その恥ずかしい願望はいま言ってはダメですー!!


王妃の何度目かの爆弾発言に、リリーは思わず意識を飛ばしたくなったが、その前にすかさず父が反応してしまった。


「ミルクスープ?」


お父様、そこは掘り下げてはいけないところなんです!

王子様に田舎の手料理なんて、またしても不敬罪の危機なんです!


リリーは、それ以上は訊いてくれるなという目で、不思議そうな様子の父を黙らせようと試みた。

しかし、なんとか話題をやり過ごそうとするリリーにお構いなしで、王妃が勝手に答え始めてしまう。


「リリーちゃんは王子様と恋愛する小説が好きなのよ。それで、王子様にミルクスープを作ってあげるのが夢なの!」


ひぃぃぃぃぃーーーー!!


リリーから声にならない悲鳴が出た。


王妃様、私、確かにそんなことを言いました。

言いましたけども!

あくまで妄想なんですー。

実物の王子様の前でする話題じゃないんですぅー。


羞恥と申し訳無さが臨界点を突破し、リリーはもはや自分の顔色が赤を通り越して土気色になっているのを自覚した。


すると、そんなリリーを、同じく土気色の顔をした父が呼んだ。


「リリー?」


はいっ!

お父様、申し訳ありません。

あの時は、まさかお話し相手が王妃様だとは思っていなかったのです。

小説の中に入ったつもりで、ちょっと自分がヒロインになってみただけなのですー!


父に不敬罪を咎められて叱責されると思ったリリーは、涙目で心の中で言い訳をしたのだが、その予想はまるっきり外れていた。


「なんで王子様なんだ? 以前なら真っ先に僕に作ってくれたのに!!」


ーーはい?


「僕だってリリー特製のミルクスープが飲みたい!!」


え、そっち?

いやいや、この空気の中で何を言い出すのですか。

普通は、王子様に対して気安過ぎる娘を父として諭すところでしょう。

その顔色の悪さは、王子様に対する嫉妬からだったのですか?


「あら、私だって飲みたいわ」

「僕もぜひ飲みたいな。僕も王子だしね」


王妃と王子が父に続くが、ラインハルトに至っては、いかにも小説の王子様のような、イタズラっぽいウィンクまで披露してくれた。


な、なんでこんなことに?

ただの田舎育ちの娘が作る、ありきたりな庶民の味なのですよ?


期待のこもった三人の目に根負けし、リリーは折れるしか無かった。

その結果、今度スープを作る約束をしてしまう。


「期待しないで下さいね。どこにでもあるスープですからね」


リリーはいかに平凡なスープであるかを一生懸命アピールしたが、三人はニコニコと日時を決め出した。

乗り気過ぎではないだろうか。


もうどうにでもなれと、リリーが投げやりな気持ちでその様子を眺めているところに、またしても王妃が余計なーーいや、素敵な提案をした。


「そうだわ! ラインハルト、リリーちゃんにお城のお庭を案内してあげたら?」

「それはいいですね。リリーは王宮に来たのは初めてみたいですし」


やーめーてー。

心臓が持ちませんから!


リリーはなんとか断ろうと、父を小突いた。


「いえいえ、そんな。お忙しいラインハルト様のお手を煩わせるのは申し訳ないですし、私はもう帰りますので。ね、お父様?」

「そ、そうだな。リリーはお菓子を持ってきただけですので。今度、改めて私が庭園を案内しますよ。な、リリー?」


無邪気に(余計な)提案をする王妃と、それに賛成する王子。

全力でお断りしたいリリーと、王子への嫉妬心で邪魔をしたい父。

静かに二組の戦いの火蓋が切って落とされた。


ーーと思ったら、決着は一瞬で付いていた。

父があっさりと寝返ったからである。


「伯爵はそろそろお仕事に戻る時刻でしょう? 伯爵の帰る時間まで、リリーちゃんのことは任せてちょうだい。終わったら一緒に帰ったらいいじゃない」

「リリーと一緒に帰る……それはいいですな。では娘をお願いいたします。リリー、また後でな」


王妃の言葉に見事に乗っかったウィリアムは、リリーの頭を撫でて去っていった。

リリーのすがる視線に気付きもせずに……。


お父様ー!!

所詮、期待した私が馬鹿だったのね。


父の後ろ姿を呆然と見送ったリリーに、ラインハルトが眩しい笑顔で誘った。


「じゃあリリー、庭に行こうか」

「よろしくおねがいいたします……」


目が眩みそうになりながら、リリーはかろうじて答えたのだった。



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