公爵令嬢は悪霊ではありません! ~大公にはめられた王子は復讐を決意する~
リムベント王国、フェイド王子、トゥークシア嬢。固有名は最小限にしました。
「公爵令嬢トゥークシア! 君との婚約を破棄させてもらう!」
あなたに語るのは、王子が婚約破棄をし、婚約相手だった公爵令嬢が処刑されてしまった後の物語である。
■
今宵も静かだった。
魔力を帯びた月が夜空をまぶしく照らす中、フェイドはそこにいた。
「はぁ……」
長い歴史を持つリムベント王国の第一王子フェイドは、城壁に背をつけて座り込む。彼は毎晩、ここでずっと考え込んでいた。
彼の罪。
それは、自分の意志ではなく、父である国王に指示されて、他人の人生を壊したことにある。
十日前にフェイドは、公爵家の令嬢トゥークシアに婚約破棄を宣告し、続けて国外追放を言い渡した。
元々気弱な性格だった彼だが、父に彼女を処刑とまで言われた時には、さすがにそこまですることはないと反論し、比較して刑の軽い国外追放で妥協させた。
それでも、一方的に彼女を傷つけたことを今の今まで気にしており、彼はますます落ち込んでいった。毎日、抜け殻のように生きている状態だった。
「フェイド様」
王子は呼びかけられて、大いに驚いてしまう。
声がしたほうを向いたら、もう二度と会うことがないと思っていた相手が立っていたのである。
印象的な黄緑色の髪を持つ、美しき少女。かつてフェイドが婚約破棄をした当日にも見た、ダークグリーンのロングドレス姿の彼女そのものだった。
公爵令嬢はスカート部分の裾を持ち上げ、頭を下げた。その上品な動作に目を奪われたものの、フェイドは我を取り戻す。
「……トゥークシア。どうして戻って来た? 夜中とは言え、見つかったら大変だぞ」
あなたにはすでに伝えてあるが、フェイド王子は彼女が国外追放ではなく、処刑されたということを、まだ知らない。
「ご安心を、フェイド様。私はすでに処刑された身です。もはや捕らえられることはありません」
「……処刑? どういうことだ?」
フェイドの頭の中は、衝撃的な事実に追いついていなかった。
「私はあの後、処刑を受けて死にました。未練があったため、今では幽霊となって現世に残ったのです」
「そんな馬鹿なっ!」
フェイドは勢い良く立ち上がってトゥークシアの腕をつかもうとしたが、空を切って手を拳にすることになった。それに彼女の姿は、全体的に薄っすらと透けているようにも見える。
「嘘だろう……」
信じられないのに、フェイドは信じるしかない状況に置かれた。
「トゥークシア、説明してくれ。僕は、君に国外追放を言い渡したはずだ。それなのに処刑されたなんて、全く聞いてないぞ」
「フェイド様も私も、大公殿下に騙されたのです」
「叔父上に?」
この国における大公は、王子の父、国王の実の弟のことを指す。フェイドにとって、叔父に当たる親類だ。
「はい。……大公殿下は私の家の成功を妬み、私に無実の罪を着せてフェイド様に婚約破棄を宣言させ、公爵家の全てを奪いました。表向きには、私は両親ともども身分を剥奪され、国外追放になったことにされていますが、実際には、私達はすでに殺害されています」
彼女達の国外での生活を案じていたフェイドの想いは、粉々になった。
「なんということだ……。もし、それが本当だとしたら、僕はなんて馬鹿なことを……」
フェイドは頭を抱えて地面に座り込んだ。よくよく考えてみれば、あまりにも不自然だったことは彼も分かっていたのである。
あなたには、彼の過去を伝えておこう。
フェイドは婚約からちょうど半年経って、父からトゥークシアが下位の貴族令嬢を学園でいじめているらしいとの話を聞いた。その現場を、一度だけ自分の目で確認したことがある。
あの時は確かに、トゥークシアと同じ様相の令嬢が暴言を吐いて、下位の令嬢を跪かせていた。ただ、顔は見ていないし、遠くの物陰から見たに過ぎない。
あなたに明かすと、それは偽りの現場だった。黄緑色のウィッグをかぶったトゥークシアではない令嬢が、悪役令嬢を演じていたのだ。
しかし、フェイドはそのことを知らない。
これ以降、次から次へとトゥークシアの残虐さを訴える匿名の手紙が届いたり、トゥークシアの非人道的な噂を聞くようになった。
次第にフェイドはトゥークシアを信用出来なくなっていた。彼女がそのような人物ではないことを、知っていたはずなのに……。
同じ頃、公爵家の不祥事や不利な証拠も、数多く出回り始めた。トゥークシアはもちろん、彼女の両親の公爵および侯爵夫人も窮地に立たされた。
それらは全て、大公と彼の側にいる貴族達の策であった。
大公は公爵家を破滅させるとともに、商業で財を成していた公爵の資産を合法的に全て奪い取るのが目的だった。
弟に言われるがままだった国王は、フェイドにトゥークシアとの婚約破棄を強要した。無能な国王にも少しは情があったので、息子の処刑は重過ぎるという話は聞き入れた。
けれども結局は、大公の手の者によって、公爵家は消されてしまった。
婚約破棄の翌日になると、フェイドは急に新たな令嬢を紹介されたが、これも大公の息のかかった策略だった。
恐ろしいことに、大公の罪は公爵家に関するものだけではない。
大公があらゆる方面で権力を振るった結果、リムベント王国はだんだんと悪い方向に向かっていた。貴族が利権を増やす一方で、民衆の生活水準は落ち、民衆達の不満はたまってゆく。国王も大公には逆らえず、民衆の信頼を失いつつあった。
その一方で、誠実な公爵だったトゥークシアの父親は、民衆の支持もあったため、大公にとっては邪魔でしかなかったのである。
おかしいことが多かったのは、フェイドも承知だ。ただ、例え叔父に利用されたとしても、トゥークシア達の未来を奪ったことに加担したのは事実だと、フェイドは自らを責めた。
「……そうか。だから、君は戻って来たのか」
そのようにつぶやいて、フェイドは立つ。理解した顔を、かつての婚約者に向けた。
「すでに決心はついているぞ! トゥークシア! 復讐を遂げろ! この愚かな僕を、今すぐ呪い殺せッ!」
静寂をかき乱す大声で、フェイドは叫んだ。
「……いいえ」
「何故だッ! 僕を殺すために現れたのだろう! それとも、僕が無様に生きる姿を一生見続けるつもりかッ! 僕は最低な人間達が支配するこんな国の未来を担うつもりはない! 頼むから僕を殺してくれっ!」
感情的に訴えかけるフェイドとは対照的に、トゥークシアは冷静だった。
「私は悪霊ではありませんよ。ですから、私は貴方様を呪えませんし、貴方様を殺害しようとも思いません」
「では、どうしてここに来たッ! 未練があったと言っていたじゃないか!」
「私は貴方様のことを、愛しています」
「えっ……」
フェイドにとっては意外な言葉だったため、顔を強張らせてしまう。
「お伝えしたかったのです。ずっと、申し上げる機会がありませんでしたから」
祈りながら言うトゥークシアに対し、フェイドは戸惑いしかなかった。
「……こんな僕をか? それこそ嘘だろう? 僕は気弱で、婚約相手の君にも心を許すわけでもなく、父上に言われた通りに君を婚約破棄して、終いには命を奪わせてしまった……。恨まれることはあっても、愛される理由など、全く思い浮かばないんだが……」
苦悩するフェイドへと、トゥークシアは首を横に振る。
「フェイド様は確かに不器用なお方です。しかしながら、私のお相手をして下さる間は、常に紳士的に接して下さいました」
「それは王族としての義務からだ。君のためじゃない」
「……あの時のお言葉は、忘れられません。私が生前に、貴方様と最後にお会いした際……あの宣言の、すぐ後のことです。貴方様は私に近寄って、すまないと、お詫びのお言葉を下さいました」
「――それがどうした! 僕は君に残酷な宣告をしてしまったから詫びたに過ぎない! 君は僕のせいで殺されたんだぞ! 僕を恨め! この腐った国以上に恨め! もう僕は耐えられないッ!」
「フェイド様は耐えられるはずです。貴方様は気弱であっても、弱くはありません」
落ち着いた口調でトゥークシアは言う。彼女の濃い緑色の瞳に、嘘は無い。
「私は幽霊ですが、貴方様のおそばにいることは出来ます。貴方様を応援することも出来ますし、貴方様が冷静になるよう、お伝えすることも出来ます。どうか、良くお考えになられて下さい。……フェイド様は、どうされたいのでしょうか?」
トゥークシアの問いの答えを考えているうちに、フェイドは強い精神力を取り戻していった。
「この国を、変えたい。正しくない人間が上に立ち、君のような正しい人が消されることのない、真っ当な国に。……こんな大層なことを、僕なんかに出来るだろうか?」
「私もいます。二人なら、一人よりもきっと上手く行くはずです」
トゥークシアは微笑んだ。
「そうだな。君がいれば心強い」
フェイドが前向きな気持ちになれたのは、トゥークシアが生きていた時以来だった。
「フェイド様。私達の力で、この国を良くしていきましょう」
「その前に、謝らせてくれ。……君と君のご両親を守れなくて、すまなかった。それと、これからも迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
「はい、フェイド様」
こうして夜空のもと、王子と元公爵令嬢の幽霊は手を組んだ。物理的には、手を組んだりは出来なかったのだけれども。
□
あなたに知らせたいのは、フェイドが無能な王子ではなかったということだ。
フェイド王子はすでに、薄々は気づいていた。国民の一部がクーデターを計画していることを。
理由をつけて外出したフェイドは、クーデターの首謀者達と密かに接触をした。最初こそ疑われたが、事情のあらましを説明し、幽霊になった公爵令嬢を紹介すると、すんなりと信用された。十数名のうち、トゥークシアの姿を見える者と見えない者に分かれていたからだ。
腐った貴族や王家を打倒する計画は、実に上手く運んだ。王家側に、これ以上ないスパイ、フェイド王子がいたのだから。
フェイドの両親、つまり国王と王妃は、本当の国外追放で許したものの、大公と彼の擁護者達は処刑および牢獄行きとした。
大公達に刑を科す直前には、身分を剥奪させた。すがるものを失った時の彼らの顔は、フェイドの復讐心を少しは満たしてくれた。
決起した民衆によって王制および貴族制は廃止され、共和制国家が誕生する。圧政に苦しんでいた民衆達は喜んだが、誰よりも喜んでいたのは、フェイド王子だった。
革命後、元王子は幽霊とともに王城を去り、辺境の村でひっそりと暮らすことにした。
生涯、フェイドが結婚することはなかった。あなたにその理由は、説明するまでもないだろう。
フェイドも霊となった時、ずっと前から霊だった相手に、ようやく伝える自信がついていた。
「君のことが好きだ。トゥークシア」
「私もです、フェイド様。これからもずっと、愛し続けさせて下さい」
「ああ」
二人は今宵も空高くから、新生リムベント共和国の行く末を見守っている。
(完)
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