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【第二巻発売中】世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった  作者: 龍流
世界を救った勇者の婚活

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第195話 黒輝の勇者は人々に愛されている

 王宮の庭園には、夥しい数の群衆が集まっていた。


「すごい数だな。よくもまあ、これだけ駆けつけたものだ」


 庭園を一望できるテラスに立ち、ユリンは呟いた。

 女王陛下が、勇者の健在を国民に知らせる。

 文字にしてしまえば、たった一行。ただそれだけの知らせのみ。

 しかし、そんな知らせだけで、王宮の庭園は、数え切れない人々で埋め尽くされていた。

 人々のざわめきと不信。それらが、塊となって渦巻いているようだ。眼下の国民を見て、ユリンはそう思った。


「では、陛下」

「うむ」


 拡声魔術を仕込んだペンダントを、ユリンはシャナから受け取った。


「皆、よくぞ集まってくれた」


 女王の一声に、瞬間。人々のざわめきが、嘘のように静まり返る。

 ユリン・メルーナ・ランガスタは、王になるということを。決して軽く考えていたわけではない。

 それでも、いざこうして人前に立つ時。数えきれない人々の視線に晒される時。ユリンは、すべてを投げ出してどこかに消えてしまいたくなることがある。

 まだ十二歳の少女には、重すぎる圧力。それを背負いながら、ユリンは毅然と声を張る。


「まずは、詫びさせてほしい」


 第一声には、謝罪を選択した。

 王は、民に対して声を震わせてはならない。

 王は、民に対して不安を見せてはならない。

 故に、それはどこまでも、堂々とした謝罪だった。


「この数ヶ月。勇者の不在がまことしやかに囁かれていたのは、余も預かり知るところである。隣国のキドン、アイアラスとの情勢が不安定な今、国民の皆に心配をかけてしまったこと。一人の王として、心より謝罪したい」


 ユリンは、幼い王だ。

 経験が足りない。知識が足りない。威厳が足りない。

 何もかも足りない幼い王が、玉座でふんぞりかえっているだけでは、誰もついてこない。

 だからユリンは、共感という感情を用いる。己の外見が、愛らしいものであることを、平然と活用する。

 幼い王が、懸命に声を張り、呼びかける姿。それを見て、群衆の感情は、少しずつ王に寄り添っていく。


「だが、何も不安に思うことはない!」


 その寄り添いを、ユリンは一声でまとめあげた。

 視線を、感情を。すべてを自分に集めた上で、手を掲げて、それらを別の一人に誘導してみせる。

 高らかに手を掲げて、ユリンは指し示した。


「見よ! 我が国が誇る勇者は、健在である!」


 声に合わせて、彼は人々の前に姿を現した。

 漆黒に金の装飾が入った、式典用の鎧。

 やや長いくすんだ赤色の髪は丁寧に結い上げられ、まとめられている。

 先ほど気の抜けたやりとりをしていたのと、同一人物とは思えない。王国が誇る、世界を救った勇者が、そこにいた。

 ざわり、と。

 彼が出てきただけで、人々の波は大きく揺れた。


 ──勇者さまだ。

 ──勇者様だ! 

 ──本物だ! 

 ──本当に勇者様がいらしゃった! 


 ざわめきが、段々と大きくなっていく。

 勇者様だ、と。その小さな呟きがはじまりとなって、民衆に少しずつ広がり、伝播していく。

 熱狂。声援。歓声。一つの大きな爆弾となって、火が点きかけたそれを、


「……」


 世界を救った勇者は、無言のまま制した。

 溢れかけたコップの水を、ぎりぎりのところで止めるように。幼子に、静かにしなさいと諭すように。

 人差し指を、唇に当てて見せることで。自分の登場によって爆発しかけた熱狂を、指一本のみで押し留めてみせた。

 それはまだ、ユリンにはできない芸当であった。


「……勇者よ。こちらへ」


 ユリンは、彼の歩き方が好きだ。

 背筋が伸びていて、背中に一本の芯が通っている。

 ユリンは、彼の横顔が好きだ。

 やわらかく、人を安心させる顔つきは、彼が持つ一つの武器だから。

 ユリンは、彼が自分に向けて膝を折るのが嫌いだ。

 一緒に旅をしていたあの頃の関係に、もう戻れないのを否が応にも理解させられてしまうから。

 しかし、女王であるユリンは、自分に向けて臣下の礼を取る勇者の姿を、国民に見せなければならない。

 頭を下げる前に、彼の口が、ユリンにだけわかるように声を発さずに動いた。


 ──さあ、どうぞ。


 己の中に渦巻く感情を振り切って。

 幼い女王は、高らかに叫びをあげる。


「誇れ! 我らは、世界を救う星の盾! 世界から魔を打ち払った守護者の国である! 黒輝の勇者が共にある限り、世界は知ることになるだろう! 我がステラシルドの繁栄は、永遠であると!」


 英雄が、英雄であるために、理由は必要か? 

 不要である。人々が彼を既に英雄として認識していること。それこそが、既に彼が英雄である証明に他ならない。

 英雄が英雄であるために、言葉は必要か? 

 不要である。ただそこに在るだけで、人々が熱狂する存在。それが英雄なのだから。


「……」


 声は発しない。

 腕を掲げて、民に応える。

 たったそれだけの所作のみ。そんな小さな動作だけで、留めて、留めて、留め置いていた歓声が、遂に爆発した。

 無言のまま、あくまでも王を支える一人として。

 その姿勢を崩さないまま、国民を沸かせる彼を見て、ユリンは思う。


 ──ああ、やっぱりお兄ちゃんには敵わないなぁ。


 勇者は、そこに在るだけで、誰よりも勇者だった。



 ◇



「あー、疲れた。肩凝る。動きたくない」


 ぐでーっと。

 式典用の無駄に重くて豪華な鎧を脱ぎ捨て、おれは脱力した。

 大勢の前に出るのは、やっぱり気を張るし疲れる。これを日常的にやってる陛下は本当にすごいと思う、うん。


「勇者さんは疲れるほど何もしてないでしょう? 一言も喋らなかったじゃないですか」


 やはり賢者ちゃんがちくちくと言ってきたので、首だけ回して応戦する。


「いやいや、あの場ではおれが喋る必要はないでしょ。引退した勇者の演説なんて、誰も聞きたくないだろうし」


 それに、おれは世界を救った勇者であって、王様ではない。


「あの場の主役は、あくまでも陛下だよ」


 尊敬も、信頼も。おれではなく、国王である陛下に向けられるべきだ。おれは、そのための手伝いができれば、それで良い。

 赤髪ちゃんが、感心したように呟いた。


「勇者さんも、いろいろ考えてるんですね」

「そりゃあね」


 あの子を王にしたのは、おれだ。当然、その責任がある。

 だから、頭を下げろと言われれば下げるし、剣を掲げろと言われれば掲げる。

 あの子が国王である限り、おれはその命令に従うことになるだろう。

 なによりも、一緒に旅をしたかわいい妹の頼みは、なかなか断れないのだ。お兄ちゃんとしては。


「ほほう。それは殊勝な心がけだな」


 と、演説を終えた陛下が戻ってきた。


「心に残るお話を、ありがとうございました。陛下」

「世辞は良い。それよりもお前、今……()()()()()()と、そう言ったよな?」

「え? いや、なんでもするとは……」

「言ったよな?」

「あ、はい」


 明らかにめんどくさい流れだったので、おれはもう頷くしかなかった。


「では、かわいいかわいい妹から、一つお願いをしよう。同時に、この国を統べる王として、臣下である勇者に命じる」


 妹として。王として。

 持てる立場と権力を最大限に振り翳しながら、陛下は告げる。


「婚活をせよ」

「……なんで?」

「そんなの、決まっているだろう」


 不敬極まる疑問の声に、この日一番の笑顔で、女王陛下は言い切った。


「兄の幸せを願うのは、妹として当然であるからな!」

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