⑨朝起きたらリカちゃん人形になっていました。
真夏のある朝、大和が目を覚ますと、大和を呼ぶ恋人の沙希の声がした。その声のする方に目を向けた大和が見たものは、なんとベッドの枕元でおよそ着せ替え人形大の姿に縮んでいる沙希の姿だった。
真夏の陽射し眩しいある早朝のことだった。
「うーん、よく寝たな」
大和はベッドの中で大きく伸びをした。
今日は久しぶりのオフ。
恋人の沙希と食事にでも行こうかと思ったときのことだった。
「大和くーん……!」
「おかしいな。今、沙希の声がしたような気が……」
「だから大和くん! ここ」
その声のする方を大和は見た。
「え、沙希……?! なんでそんな……!!」
「それはこっちが聞きたいよ。朝、目が覚めたら、こんな姿でこんなとこに……」
驚く大和が見たものは。
ベッドの枕元でおよそ着せ替え人形大の姿に縮んでいる沙希の姿だった。
「これ……この小さな人形みたいなの……。本当に沙希なのか?」
「大和くん。本当に私なの……」
沙希は半べそをかきながら、答えた。
大和は、小さな沙希をそっと掌にすくった。
「大和くん。ごめんね」
大和の掌の中で、小さな体を益々小さくしながら沙希はつぶやいた。
「沙希が謝る必要ないだろ」
「大和くん、仕事行かなきゃ。私のことは放って置いてくれて構わないから」
「そういうわけにはいかないよ」
そう言うと、大和は両の掌で大事に抱えている沙希を見つめながら言った。
「それにしても沙希。本当にまるでリカちゃん人形だな。可愛いよ」
「そ、そんなに見ないで……」
沙希は真っ赤になる。
「あ、そうだ! 沙希。リカちゃんハウスを作ってやるよ」
「リカちゃんハウス?」
「ああ。これから沙希が住む所」
「えっ? 私が住む前提?!」
「だって、いつ元に戻れるかわかんないだろ」
「それは……」
確かに大和の言うとおりだった。
何の前触れもなく朝起きたら、カフカの『変身』の虫の如くこのサイズに変わっていて、どういうわけか大和のベッドの中にいたのだ。
何がきっかけで元に戻れるのかさっぱりわからない。
それから。
大和はボックスティッシュを上手く解体して、自分のハンカチを使い、沙希の居場所を作り始めた。
その様子を、テーブルの上でちょこまかと歩きながら沙希は物珍しそうに眺めていたが
「出来たぞ、沙希」
そう言って、大和は沙希をボックスティッシュで作った『リカちゃんハウス』の中へとそっと移した。
「どう?」
「うん、ふかふかしてる。それにこのダブルガーゼのハンカチ、大和くんの匂いがする」
沙希は嬉しそうに、ボックスティッシュの中に敷き詰められたハンカチの上に座りながら言った。
「沙希、腹減ったろ? 朝食、何がいいかな。ちょっと待ってろ」
そう言って大和は少し考え、キッチンに立った。
「これどう?」
「わー、大きい」
暫くして大和が運んできたものは、お猪口に注いだミルク。食パンの白いふわふわした部分を小さくちぎったものと、みかんを房に分け、更に小さな粒ひとつひとつに丁寧に解体して小皿に盛ったものだった。
沙希はお猪口の縁に顔を寄せてミルクを舐めるように飲み、食パンにみかん粒を抱えるようにして交互に囓った。
パンは柔らかいのでなんとか食べることができたし、みかんも粒に分ければたいした大きさではない。
「美味しいわ、大和くん」
「これで食べ物は一応問題ないな」
美味しそうにパンを食べる沙希を大和は目を細めながら見つめていたが、不意に言った。
「……そうだ! 沙希。服を買いに行こう」
「服? 今から?」
大和は沙希を即席のリカちゃんハウスの中からすくい上げると、自分のシャツの胸ポケットの中にわからないようにしまった。
* * *
「どれがいい? 沙希」
何かウキウキとした様子で大和は胸ポケットの中の沙希に話しかけた。
ここは、ショッピングモール内のおもちゃ売り場。
その中で、リカちゃん人形コーナーに大和はいる。
「沙希はどの服がいい? このワンピース、可愛いな。こっちのピンクのロングドレスも。……あ、それに」
大和は言った。
「このウエディングドレス。沙希にピッタリだ」
大和は純白のチュールのウエディングドレスの入った商品を手に取ると、嬉しそうに更に他にも商品を物色している。
「ワンピースとドレスに……。パジャマは今着てるからいいか。あと動きやすいパンツスーツなんかも」
「大和くん、そんなに買わなくてもいい」
「遠慮するなって」
そのとき、大和の隣にいた小さな女の子が不思議そうに言った。
「ママー。あのお兄ちゃん、変。お人形さんをポケットに入れて話しかけてる」
「真未ちゃんっ! こっちいらっしゃい」
近づいてはいけないとばかりに若い母親は娘の手を引いて、その場をそそくさと去って行った。
「ねえ、大和くん……。これはマズいよ」
「何が?」
大和はまるで動じない。
「大和くんが不審者扱いになっちゃう……」
そう沙希は言ったが大和は意に介せず、リカちゃん人形の着せ替え服を次から次へとレジ籠に入れ、レジに並んだ。
そんな大和を残念そうな顔をして、レジの若い女性店員が眺めていた。