⑦婚約破棄された公爵令嬢は、隣国の王太子に嫁ぎます。他に選択肢はありません。
魔術学園卒業式で、よくある婚約破棄騒動が起きた。そこには、来賓として隣国の王太子が来ていた。
トライア王国が誇る魔術学園の卒業式で、今、前代未聞の珍事が起ころうとしていた。
この学園は、優秀な魔術師を育成すべく王国の進んだ魔術体系を教えるために設立されたものである。
魔術師の素養を持たない者は貴族であっても入学できないが、その代わり、素養があれば平民でも入学できる。
魔術師になれば将来安泰なので、素養のある者はこぞって入学してくることとなった。
また、王国の先進性を誇示するため、周辺国の王侯貴族からも留学を受け入れている。 そのため、留学生が将来それなりの役職に就いた時のための顔合わせ的な面も持っていた。
そして、今日は各国の重鎮も列席した卒業式だ。
卒業生代表として壇上に登ったウイリアム王子は、卒業のあいさつやら今後の抱負やらの代わりに、突然、婚約者への婚約破棄をぶち上げた。
よく見ると、背後に半分隠れるようにして小柄な少女がひっついている。
婚約破棄には付き物のヒロインだ。
髪色は安定のピンク、家柄は男爵家。きっちり基本を抑えてきている。
「お前は、このキャンディの教科書を隠し、制服を破り、・・・・・」
はっきり言って、集まっている人間の99%には関係ないのだが、王子は気付かない。
正に自分に酔っている風情で文句を並べ立てた。それはもう滔滔と。
周囲の呆れた顔など目に入っていない。鈍感というのは幸せなものであるらしい。
「そういうわけで、アマンダは王妃にふさわしくない!
よって、私はアマンダとの婚約を破棄する!」
王子以外の全員の顔に、「卒業生代表のあいさつ、どこいった?」と書いてあったが、王子は上機嫌でスルーしていた。まったく、鈍いというのは幸せである。
ちなみに、アマンダは王子と同い年の公爵令嬢であり、卒業生の列に並んでいたため、反論のしようもなかった。彼女は、わざわざ他の生徒をかき分けて壇上に登るほど厚顔無恥ではなかったのだ。
司会進行役が予想外の珍事にオロオロしていると、来賓として列席していた隣国バイカン帝国の王太子ベリアルが立ち上がり、ウイリアム王子の前へとやってきた。
「殿下、ご高説は承ったが、この件、陛下はご存じなのですかな?」
「無論だ。
自分の婚約者くらい、自分で決める!」
王子は思いっきりドヤ顔で言い切った。
他国の王族、それも王太子を相手にこの横柄な態度、周囲の面々の顔には「あわわ…」と書いてあった。そして、「絶対、陛下に言ってない」と確信していた。
が、もちろん、そんなことを口に出せる勇者はいなかった。
いや、いた。一人だけ。
「一国の王子がこのような公の場で声高に宣言したのだ、たとえ陛下がご存じなかったとしても、もはやなかったことにはできないが、よろしいな?」
王太子は、そう言って、ウイリアム王子に確認した。
周囲の関心は婚約破棄などではなく、王子の世迷い言の方に行っていたが、そこを指摘できる者もまたいなかった。
「ほかに、言っておきたいことはありますかな?」
王太子に問われ、王子は、「いや、言うべきことは既に言った」と答える。こうして、卒業生代表のあいさつは、卒業と全く関係ない婚約破棄宣言で終わった。
「では、せっかく壇上にいることだし、このまま来賓としてあいさつしてもいいだろうか?」
王太子は、司会に尋ねた。
式次第はとっくの昔にグダグダだったが、それでも進めないわけにもいかない。司会はありがたい申し出に、一も二もなくうなずいた。
「卒業する諸君、君達は、それぞれの国の未来を支える重要な立場にある。
この国で生きる者、祖国へ帰る者様々だが、いずれの国もきっと君達を必要としていることだろう。
それぞれの立場から、祖国の繁栄を支えてほしい。
前途に苦難もあるだろうが、学園で学んだことを糧に頑張ってほしい。以上だ」
王子のあのあいさつの後だけに、まともなあいさつが身に染みたが、最後の一言に大いに不安をかき立てられた者も多かった。
式次第が終わると、王太子は人をかき分けて(実際は海が割れるように人が避けたのだが)、アマンダの元へと向かった。
そして、目の前にひざまずくと、
「アマンダ嬢、このようなことになった以上、この国であなたに新しい縁談は難しいでしょう。
祖国を捨て、我が妻となってはいただけないでしょうか」
アマンダは、しばらく目を閉じて考えた後、「はい、お受けします」と答え、王太子にエスコートされて会場を出て行った。
ウイリアムは、城に戻ると父王から呼び出された。
至急と言われ、着替えることもなくそのまま王の執務室に行くと、「余に一言もなく婚約を破棄したそうだな」と睨まれた。それはもう、冷たい、ユキグマも凍死するほど冷たい目で。
王子は一瞬ひるんだものの、すぐに気を取り直した。
「あのような冷酷な女に王妃は務まりません。
民から愛される王妃こそが最上です」
にこやかに答えるウイリアムに、王はキレた。それはもう、盛大に。
「愚か者が!
アマンダ嬢は、もう王妃教育をほぼ終えていたのだぞ!」
激昂する王に、ウイリアムは軽く答える。
「王妃教育など、キャンディなら今からでもこなせます」
そして、そんなウイリアムに、王は更に怒った。
「可能不可能の話をしているのではないわ!
王妃教育の中には、王家の機密事項も含まれておる! だからこそ、城に部屋を与えていたのだ。
聞けば、バイカンの王太子がその場で求婚して連れ去ったそうではないか!
アマンダ嬢を回収しようと送った手の者は、王太子から婚約者を奪おうというなら戦も辞さぬと脅されて戻って来おった。
あのような多数の者のいる場で婚約破棄され、その場で求婚されて応えた以上、婚約を認めぬわけにもいかん。
お前は、我が国の全てを知る者を、みすみす隣国にくれてやったのだぞ!」
王に叱り飛ばされても、王子はピンとこなかった。
「せめて個室の中でのことであれば、アマンダ嬢の口を塞ぐ方法もあったものを」
王は、アマンダを隣国に渡さないよう、身柄を押さえようとした。
だが、「抵抗するようなら殺害も許可する」と送り出した騎士達は、アマンダに近付くことすらできなかったのだ。
「それ以上近寄るなら、我らを暗殺しにきたものとみなす」と王太子に言われ、護衛に剣を向けられた騎士達は、怪しい者ではないと所属と名を名乗らされ、すごすごと帰ってきた。
その上、翌朝、王太子から書簡で「貴国の騎士を名乗る者が、我らの行く手に立ち塞がった。友好国の王太子に対し婚約者を引き渡すよう命じるとは、どういうおつもりか。誠意ある対応を求める。騎士と名乗った者の氏名と所属は以下のとおり」と抗議してきた。
本来なら、ウイリアムの暴走であり、正式にはアマンダとウイリアムとの婚約は解消されていないから、王国がアマンダの身柄を確保したとしても問題ない。
だが、王子が衆目の前で「陛下もご存じか」とと問われて「無論だ」と答えていたため、王が認めた正式な婚約破棄のはずだと言われれば反論はできないのだった。
その後、アマンダは帰国するベリアル王太子と共に王国を去り、そのまま嫁いでしまった。
そして1年後、王国はバイカン帝国からの侵略を受けた。
厳密には侵略ではない。王国の貴族らによる反乱にバイカン帝国が加勢するという構図になっていたからだ。アマンダの実家である公爵家がその旗頭となっていた。曰く「王家は、公爵家との契約を一方的な言いがかりにより破棄した。力ある貴族を貶めるために不法をもってする王家には従えない」とのこと。
王家と公爵家との契約である婚約を、王子による何の根拠もない一方的な言いがかりで破棄されたということは、同じような手法で不法に貴族家を潰す可能性があるわけだから、そのような王家は信用ならないということだった。
もちろんそれは建前で、実際にはバイカン帝国からの侵略だった。
アマンダが受けた王妃教育には、王国内の貴族の弱みや家の事情なども含まれていた。
ベリアルはそれを利用していくつかの貴族家を味方に付け、大義名分を持つ公爵家につかせたのだ。
バイカン帝国の息が掛からなくても、王子の所業に未来を憂えた貴族家も公爵家についた。
アマンダは城内の構造や抜け道なども熟知しており、それらの知識は城を落とすに当たり、大きく貢献した。
城が落ちるに当たり、王や王子といった王族はみな囚われ、毒を与えられたという。
こうして、王国は公爵が王位を継ぎ、バイカン帝国の実質的な属国として新たな一歩を踏み出すことになった。