㉑神霊召喚の転生者 ~まさかの「アレ」を召喚して、破壊神に完全勝利します。英雄と称えられても、俺は別に大したことはしてないんですが~
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―――俺の名前はアレク=ターナー。
俺は、いわゆる転生者というやつだ。元々はちょっとブラックな会社に勤めるサラリーマンだったのだが、過労によって倒れてしまい、気が付けばこの世界で、黒髪黒目の二十歳ほどの青年の姿になっていた。
見知らぬ誰かの体を乗っ取る形で転生したことに気づいた俺は、この世界での俺の父や妹に、俺が転生者であると打ち明けようとした。しかし、どれだけ説明しても信じてもらえず、結局俺はこの世界で、アレク=ターナーとして生きていくことになった。
この世界での俺の父は、国を守る貴族の一人で、国内有数の召喚魔法の使い手だったそうだ。しかし生まれつき体が弱く、すでに病に侵されていて、俺が転生してきた時点で、余命は一年あるかどうかといったところだった。
それでも、父は召喚魔法の研究に生涯を捧げることを決めた。国のため、そして人々のために、僅かな余命を全て、召喚魔法の研究に注ぎ込むことを決意したのだ。
転生した俺の体にも、高度な召喚魔法の知識が備わっていた。恐らくは元の人格が修得していたものだろう。俺は父の本当の息子の代わりに、父の召喚魔法の研究を手伝った。
やがて、親父は病に没した。
しかし、死の間際、父は研究を完成させていた。この世界における召喚魔法の常識を三世代も飛び越えてしまうような、画期的な研究内容だった。
その父の研究結果は、今は息子である俺に受け継がれている。父から受け継いだ召喚魔法で、この国を数々の危機から救った俺は、召喚士の英雄として人々から称えられることになった。
―――しかし、俺は英雄なんて言われても、あまり実感はない。
この召喚魔法を使えるようになったのは父のおかげだし、恐ろしい怪物たちを倒すことができたのは、魔法で呼び寄せたモンスターや精霊のおかげだ。俺一人の力じゃない。
しかし、毎回そうは言っても、それでも皆は俺のことを英雄だと言ってくる。まぁ、言われて嫌な気分になるものでもないし、今はもう好きに言わせている。
♢♢♢
さて、そんな俺のもとに、国から一つの依頼が舞い込んだ。
なんでも、太古の時代に封印されたという破壊神が、再びこの世に現れたらしい。破壊神を抑え込んでいた封印が時代の移ろいと共に弱まり、その隙を突かれて封印を破られたのだという。
この破壊神を再び封印、可能なら討伐することが、俺への依頼だ。俺はさっそく五歳年下の妹のミナに、この依頼のことについて相談する。
「ミナ。俺は今から破壊神が封印されていたという山へ向かう。お前も一緒に来て手伝ってくれると助かるんだが……」
「まぁ!いよいよなのですね!はい!お兄様!ミナはどこまでもお供いたします!」
ミナも二つ返事で引き受けてくれた。綺麗な青い瞳を輝かせ、勢いよくうなずくと同時に、後ろでふわりとまとめた銀色の髪が揺れた。
妹とはいうものの、ミナと俺は血はつながっていない。ミナは父の友人の貴族の娘だそうだ。しかし、その貴族の領地が度重なる自然災害に見舞われ、名産品であった農作物がほとんど収穫できなくなり、財政はほぼ破綻。領地の経営の立て直しができるまで、我が家で預かることになった。
とはいえ、領地経営の立て直しなど、すぐにできるものではない。ミナが我が家に来て十年は経つらしく、領地の状況も前よりずっと良くなってきているが、まだまだ完全復活とはいかないようだ。
俺が転生する前のアレク=ターナーは、ミナを実の妹のように可愛がったらしい。ミナもまた俺が転生者だとは信じず、俺を今まで通りのアレク=ターナーだと思って懐いてくれている。
ミナもまた、俺と同じく召喚魔法を習っている。しかし、まだ俺ほどの腕前には達していない。とはいえ、筋は良いみたいだから、いずれ俺に並ぶ日も来るかもしれないな。
カラカラ、ガタガタ、と馬車に揺られ、俺たちは破壊神がいる山の麓に到着。
しばらく山の中を歩いていると、見つけた。恐るべき波動を放つ、鬼のように恐ろしい姿をした怪物が。あれが例の破壊神なんだろう。
「我は破壊の化身……破壊こそ我が存在理由……ここから立ち去れ人間たちよ……」
「お兄様!いました!破壊神です!力を溜めているようです!」
「ああ。まだ完全復活していない今が好機だ。ミナ!下がっていろ!」
「はい!お兄様!」
俺は杖を構えて、地面に魔方陣を描き、召喚魔法の用意をする。魔方陣に俺の魔力が流れ、六芒星の光が灯る。
今回、俺は破壊神を打ち倒すため、とっておきの召喚魔法を用意した。なにせ、相手は破壊の神だ。ちょっとやそっとのモンスターを召喚したところで、歯が立たないのは目に見えている。
だから、俺は今回、神霊を召喚する。父が遺した召喚魔法研究の成果、その集大成というやつだ。相手が神なら、こちらも神をぶつけるまでのこと。
まもなく召喚魔法が完成する。俺が描いた魔方陣から、まばゆい光が溢れ出す!
「太古の神霊よ……我が呼び掛けに応えよッ!」
……魔方陣から発せられていた光が、止まった。
そして、魔方陣の上にいたのは、一匹の猫だった。
「にゃー」
―――猫?
俺が召喚したのは、誰がどう見ても猫だった。顔は黒い八割れで、背中も黒。お腹は白。スラリとした尻尾を持つ、綺麗な毛並みの猫だった。
「きゃー!可愛いー!」
ミナがきらきらとした笑顔で、俺が召喚した猫をなで始める。しかし、ミナもすぐに我に返り、俺の方を見て気まずそうな表情をした。
「……い、いえ。それより、お兄様。これ、ねこちゃんですよね?」
「あっ、ああ、猫だな」
「これってもしかして……召喚失敗なんじゃ……」
「いや!これは……その……あれだ!こう見えても神霊なんだ!」
「そうなのですか?私には、やはりどう見ても普通のねこちゃんにしか……」
「そ、そんなことはない!感じるだろう?この……なんかすごい魔力!」
くっ……どうにかして、この猫を神霊ということにしなければ。さもないと俺は兄としての威厳を失ってしまう。いや、それ以前に、目の前の破壊神がやばい。こんな猫が破壊神と戦えるわけがない。とにかくすぐに新しい召喚魔法の準備をしなければ……。
ところが、破壊神は、俺たちが召喚した猫を、不思議そうな表情で見ていた。
「この生き物は……何だ?」
「こいつか?こいつは猫だぞ」
「にゃー」
「その生き物を見ていると、なぜか破壊の衝動が薄れていく。破壊の化身である我が、なぜ……」
「もしかして、あなたは、その猫ちゃんのことを、可愛いと思っているのではないでしょうか?」
「可愛い……?我は破壊の化身……我の中にあるのは破壊の衝動のみ……しかし……」
破壊神は、その大きな指で、そっと猫の頭をなでた。
「にゃー」
猫の鳴き声を聞いた破壊神の体から、力が抜けていくのを感じる。
「我はこの感情を知らぬ……。この、安らぎと高揚感が入り混じったような、胸が満たされるような、不思議な感情……この感情の名前は何だ……」
「それは『尊い』って言うんだぞ、破壊神」
「尊い……猫とは尊いものだな……」
そう言って、破壊神の姿が薄れていき、やがて消えていった。
……え?勝ったの?
「お兄様!やりましたね!あの破壊神を戦うことなく浄化してしまうなんて!」
そう言って、ミナが俺に抱き着いてきた。彼女の柔らかい腕の感触が俺の身体を包み、ついでにもっと柔らかい何かが俺の身体に押し付けられている。
「やはり、その猫ちゃんは神霊だったのですね!」
「えっ?あ、ああ。うん」
「お兄様!お兄様を疑ってしまった私をお許しください!」
「まあ、間違いは誰にでもあるさ」
しまった!妹に本当のことを打ち明けるか、それとも兄としての尊厳を守るかで迷って、ついでに妹の柔らかい感触に気を取られて、この猫が、実は神霊でもなんでもない、普通の猫だって打ち明けるタイミングを逃してしまった!
♢♢♢
それから、俺たちは無事に、国へ帰還。
結局、俺は妹に、あの猫のことについて、本当のことを打ち明けることができなかった。その結果、俺が猫の神霊を召喚して破壊神を浄化したという誤った功績は、瞬く間に国中に広がった。
人々はこれまで以上に、俺のことを称えてくれる。
「恐ろしい破壊神を、傷つけることなく浄化するなんて、流石アレク様!」
「神霊を召喚したなんて……あなた様はきっと、伝説になります!」
「神霊召喚者アレク=ターナー様万歳!万歳!」
「わたし、アレク様のお嫁さんになりたーい!」
「わたしもー!」
……うーん、やっぱり慣れないな。俺がやったことは、あくまで召喚だけで、破壊神を浄化したのは、あの猫の手柄だ。けれど、それを国民に知らせたら、きっとミナにも真実を知られるので、やっぱり言い出せない。兄って奴は大変だ。
―――ちなみに、現在あの猫は我が家にいる。
「まったく、召喚してから数日が経つのに、まるで退去する様子が無い。神霊を召喚するはずが、間違えてこいつを召喚してしまったし、不思議な猫だよお前は」
「にゃふふ」
……ん?今、こいつ、笑わなかったか?ただの猫のはずなのに、俺の言葉に反応して笑うだけの知性があるのか?
もしかして、こいつは本当に神霊で、破壊神を穏便に浄化するために、わざと猫の姿で現れたとか……?
(いや、さすがにないかな)
うららかな日差しの中、俺は猫のさらさらふわふわとした毛並みを存分に撫でまくってやった。