②自分を殺した男の弟子に転生しました。でも私は幸せです。
アミストラ国とローレスカ国。二つの国は長きに渡り戦争を繰り広げ、アミストラの魔導士、主人公アルフェルドはその最中、敵の魔導士により致命傷を負わされる。その敵はかつて、アルフェルドが認める程の魔導士。婚約関係にある男に抱かれながら、生まれ変わったなら必ず見つけ出すと約束され、静かに息を引き取るアルフェルド。
そして時は過ぎ、両国の戦争が終結して二十年。ローレスカの、とある街で絵画を売る店で働く少女が居た。その少女は、師にあたる店主に淡い恋心を抱いていた。前世で自分を殺した男だと知る由もないまま。
もう私は助からないというのは、彼の顔を見れば一目瞭然だった。
突然、私は撃たれたのだ。撃ってきたのは恐らくアイツだろう。敵国で私と同等の魔道の担い手。
不意打ちでも、彼に撃たれたのなら満足だと思う自分が憎らしい。
「アルフェルド! しっかりしろ!」
きっと私の胸には穴が開いていて、そこから血が大量に流れ出ている。先程から止血しようと必死に傷口を抑えられているが分かる。自分が少しずつ失われていくのが。
あぁ、私は幸せ者だ。自分が認めた者に討たれ、しかも自分が恋した男に抱かれながら死ぬ。
これ以上の幸福があるだろうか。戦士として産まれた以上、その辺で野垂れ死ぬのを覚悟していたのに。
「アルフェルド……見つけ出してやる……君が生まれ変わったら、必ず見つけ出して……今度こそ……」
ありがとう、ロラン。私が恋した人。
でもいいんだよ。もう私の事は忘れて……素敵な人と一緒に……
あぁ、終わる……私の物語が……ここで終わる。
◇
「いらっしゃいませー」
長い戦争が終わって、先生の絵が売れるようになった。
先生のお仕事は絵を描く事。それも戦争をやっている時、先生が渡り歩いた戦場の絵。
最初は不謹慎だの縁起が悪いだの言われたけど、平和な時間が続けば続く程、先生の絵は評価されていった。この前はこの街の一番偉い人が、先生の絵を見て泣きながら絵を買っていった。
今も先生の絵で一杯のお店の中は、お客様も一杯。
もっと広い、それこそ美術館みたいな所でやってみないか、と言われた事もあるが、先生は静かに首を横に振った。僕の絵にはそれほどの価値はありませんとか何とか。
「お嬢さん、ちょっといいかい?」
老齢の燕尾服を着た男性が、店員の私へと声を掛けてくる。私は「はい、よろこんで」と男性の元へ。
「この絵に描かれている女性は……誰だろうか。腕章はアミストラ国の物のようだが」
アミストラ。かつてこの国、ローレスカと長い戦争を繰り広げた国。今は友好条約を結んで、互いに無くてはならない国同士となっている。
そしてこの絵に描かれているのは、アミストラの軍人。月夜の下、草原に立ち、その姿を横から描いた物。今にも泣きそうな顔で描かれている。
「この人は、アミストラの魔導士団の総長だった人です。先生……この店の店主が戦った人だったと聞きました」
「ほぅ。実は私も当時、軍人でね。魔導士団か。相まみえる事は無かったが……どこか悲し気に見える。あえて敵国の将を描き、戦争が生んだ悲しみを見事に表現している。気に入った、この絵を貰おう」
「はい、ありがとうございます」
私はその絵の額縁へと売却済みの印である赤いリボンを付けると、男性と共に隅のテーブルへ。そこでお会計を済ませるのだ。あの絵の値段は……五百ドーラだ。
「えっと……戦場の花嫁、五百ドーラ頂きます」
「花嫁……? 彼女が……と言う事か?」
「ぁ、はい。既に心に決めた相手が居たらしいです。でも……彼女は戦死されて……」
「なんと……」
男性は目を伏せ、祈るように胸に手を当てる。
つい、私も同じように。
「おっと、すまない。しかしそれなら五百ドーラは……」
高すぎる、と言う事か。
確かに戦死した人間が描かれているなんて縁起が悪いとか言われそうだし。
というか……私は何故かあの絵が大嫌いだ。なんかこう……見ただけでゾワゾワする。
「えっと、ではこのくらいで……」
「三百……? 待て、値切ったわけではないのだ」
「……はい?」
「倍、いや、三倍出す。千五百ドーラだ」
言いながら懐から札束を取り出し、そこから千五百ドーラを慣れた手つきで抜き出す男性。
ちょっとちょっと、五百ドーラでも大金だ。一般家庭が年に稼げるくらいの金額なんだから。
それなのに更に三倍って。
「あ、あの……困ります、値切るならまだしも……」
「なら、残りは気持ちだ。君へのチップと言う事で」
何をおっしゃられておられますですやら!
購入金額の倍のチップが何処の世界にあるのですやら!
「ほ、ほんとうに困ります! 私が叱られます!」
「なら店主を呼びたまえ。直接話を付ける」
仕方ない、そうさせてもらおう。
と、先生を呼びに行こうと席を立った私の目の前に、奥からちょうど先生が出てきた。
どうやら私達の会話が聞こえていたみたいで、先生は落ち着いた態度で老齢の男性へとお辞儀をしつつ、さっきまで私が座っていた椅子へと。
「君が店主か。思ったより……若いな。失礼だが……」
「お初にお目にかかります。サリア・ガストルクと申します。今年で三十七になりました」
先生は長い金髪をポニーテールにして、丸い眼鏡をかけた男性。髪を降ろすとたまに女性に間違えられる。肌も髪も綺麗な人だから。
「ガストルク……そうか、君の名は聞いた事がある。二十年前の大戦で、天才的な魔道の使い手の少年が居ると……君がそうなのか」
「昔の話です。それより、お代を多めにお支払いたいとの事ですが……」
「あぁ、老人の戯言だと思って聞き流してほしいのだが……あの女性に惚れてしまった。しかし彼女は既に戦死しているという。せめてもの弔いだ。お門違いだというのは重々承知している」
先生は顎に軽く手を添え、どうしようか悩んでいる。
「ならば、彼女の墓……は他国の人間は未だ入れませんでしたね。それなら亡くなった場に花など手向けられては」
「……分かるのか?」
「えぇ……私が殺しましたから」
一瞬、店の空気が凍り付いた。そして数人の客が怯えるように出て行ってしまう。
あちゃー……先生が元々、戦場で戦った兵士だというのは周知の事実だ。この店にあるのは全て戦地の絵なのだから。今出て行ったのは、知ってるけど実感無かった人達だろう。いざ先生が本当に戦地で……人を殺したと知ると怯えてしまったのだろうか。
「……名は? その方の名は?」
しかし目の前の老人はそんな事、気にもしない。まあ当然だ。この人も戦場で戦った人なんだから。
「アルフェルド・バルデラス。アミストラ国、第二十魔導士団総長にして、同国の王子と婚約関係にあった方です」
……なんだろう、なんだか頭にチクっと何か刺さったような感覚。
何処かで聞き覚えがあるような無いような。
「君は、その方と話した事はあるか?」
「話した……というか、命の恩人でもあります。そして……私の初恋の相手でもありました」
命の恩人……初恋の相手?!
先生にそんな人が! 許せん、さっさとあんな絵、燃やしちゃえばいいんだ。いや、もう売れるか。
「……成程。君があの絵を、あんな悲し気に書いた理由が分かったよ。嫌な事を聞いたな。すまない、これを全て受け取ってくれ」
と、先程出した札束を全て差し出す老人。
って、ボケたんですか、お爺ちゃん。何故そうなるのですか。
「……ありがたく頂戴致します」
ちょっと先生? 受け取ってしまうのでありますか?!
「して、彼女が没した場所というのは……」
「ダルア山脈の国境付近です。戦争時、国境守備隊が置かれていた付近ですね。確か……あちらの王子が戦没者の慰霊碑を立てていた筈です」
「分かった。ありがとう」
「絵は責任を持ってお届け致します。ありがとうございました」
深々と頭を下げる先生。私も先生に習って、深々と。
というかあの札束、一体いくらあるんだろう。もう年間の売り上げ目標達成してしまったのでは。
◇
「いやぁ、たまげたね」
全てのお客さんが帰った後、店を閉じ、今日売れた分の絵を包装する私達。
中でも最高額で売れたその絵は、うちの店で一番いい布で何十にも巻き巻きする。というか下手したら私よりも大きな絵だから、超大変。
「先生、いくらなんでも貰いすぎですって。やっぱり返しましょうよ」
「それは失礼に当たるよ。それにああいうタイプの人は……絶対に受け取らない。今も罪悪感に苛まれているのさ。それを何らかの形で……少しでも解消したい。まあ、お金をどれだけ出した所で慰めにもならないんだけどね。相手にとっても自分にとっても」
まるで自分に言い聞かせているようですよ、先生。
先生も時々、就寝すると魘される事がある。その度に私は先生の布団に潜り込んで慰める。まるで私の方が年上みたいで癪だ。本当は私が甘えたいのに。
「ところでペトラ、例の件……考えてくれた?」
先生を絵の包装をしながら、私へとそう尋ねてくる。
例の件……私を絵の弟子では無く、魔導士として育てるという奴か。
そのために、一旦ちゃんとした学校に通えと。
「私は……絵の勉強がしたくて先生の所に……」
「君には幸か不幸か、魔道の才能があるんだ。それもそこそこ無視出来ない程の力だ。暴走する前に力の制御を覚えておいた方がいい」
「わ、わかってます。でも先生なら……私の中の魔道も殺せるんじゃ……」
「それは極力やりたく無いんだ。君の体のためにも……ね。よっと……」
包装した絵を壁へと立てかけ、今度はリボンを巻き始める先生。
私はその背中を見つめる。
どうして分かってくれないの?
その学校に通ったら、私……寮生になるから、たまにしかここに帰ってこれないんだよ?
先生はそれでいいの?
もっと……ずっと傍に居たいって思ってるのは、私だけ?
「先生……」
「ん?」
不意打ちした。
呼ばれて振り向いた先生の唇を、唐突に奪った。
「……ペトラ?」
「大好きだよ……先生」