⑱妹の性癖がダダ漏れなフリー乙女ゲームのヒロインになった私の話
伊集院幸子は三十代半ばのお一人様。結婚なんて、どうでもいいと思っていたところ妹からフリー乙女ゲームのプログラマーを依頼される。システムエンジニアだった幸子は、気晴らしになるかと軽い気持ちで、了承した。
しかし、彼女は自分がプログラムを組んだ乙女ゲームに転生することになってしまった。
美形執事に、うやうやしく片足を持ち上げられ、足の甲にキスを落とされたら──きゅんとくる人には、くるシチュエーションである。
執事の彼は夜空に流れる星のような銀髪に、紺碧の瞳を持っていた。すっと通った鼻梁に薄い口元。中性的な容姿の彼は、人形のような美しさがあった。
思わず見とれてしまうほどの美形の彼が、愛しげに自分を見つめ、思いを告げてくれる。
「お嬢様、愛しております」
サチコは頬を桃色に染め、惚けた顔をした。彼の告白は真摯で、思いが伝わってきたのだ。
思わず胸を高鳴らせたサチコであったが、目の前にどぎついパッションピンクの枠が出てきて、現実に引き戻された。
熱を帯びて赤らんだ頬は、血の気が引いて、白に変わった。
(なにこれ……ゲームの選択肢がでてる! は? でてるってなに? どういうこと!?)
二つの枠が空中で浮いていた。
枠の中には白い文字でこう書かれてある。
◼️select
→「ノア、私も愛しています」
「ノア、永遠に愛しております」
選択肢を表すselectの文字の横にカーソルが見え、ぴこんぴこんと、点滅している。選べということだろう。
ノアとは片足を持ったまま、自分を見ている彼の名前だ。
どうみてもゲームのシナリオを決める選択肢である。
この選択肢はサチコにしか見えないもので、ノアはまだうっとりとした表情だ。
愛の告白をした男と、選択肢に絶句する女が見つめあっている。絵面としては、なかなかシュールだ。
(ちょっと、待って?! 一体、どうなっているの!?)
サチコはパニックになったが、そうなるのは当然ともいえた。
今、サチコのいる場所は、妹がシナリオを書いたフリー乙女ゲーム「愛の誓いは、唇より足へ」の世界だと思われる。思われるとしたのは、なぜ自分がこんな状況になったのか、サチコにはさっぱりわからないからだ。
分かるのは、なぜか、ゲームのヒロインにはなってしまい、なぜか、バッドエンド直前だと言うことだけである。このゲームは、シナリオを書いた妹の性癖が煮詰まったものなので、悲恋エンドしかない。
選択肢によって、スチルと呼ばれる一枚イラストは変わるのだが、ヒロインが刃物を振り上げ、ノアを殺して無理心中をはかるストーリーは変わらない。ヒロインはノアへの愛情を拗らせて病んでいる。彼女はヤンデレだ。
(ひ、ひ、人殺しはダメだあああっ!)
空想の世界だから、まぁ、いいか?と思ったストーリーでも、いざ、目の前で起こるとなれば話は別である。
犯罪者になる予定も、過去もない平凡な人生を送ってきたサチコにとって、人を殺す可能性のある選択肢は選べなかった。
サチコは内心冷や汗を垂らしながら、選択肢におそるおそる触れようとして、手をとめた。
触ったら選択肢を、選んでしまうような気がしたからだ。
このゲームはPCゲームなので、マウスか、キーボードの十字キーを操って選択肢を選んでいくが、ゲームにはスマホアプリのように指でタッチして選択肢をえらべるものもある。
いきなり目の前に現れた選択肢だ。
手元にマウスもキーボードもないし、タッチ式なのか、別の方法で選ぶのか分からない。
(どっちも選びたくないんだけど……)
別の台詞を、言ってみようか。小さく息をすって、声を出そうとした瞬間、喉がしまって息苦しくなった。
(なにこれ!? 声がでない……!)
パニックになっている間に、どぎついパッションピンクの選択肢がじりじりとサチコに迫ってきた。
ここはゲームの世界ですよ。他の台詞なんて許しませんよ。さぁさぁ、どっちのスチルが見たいですか? 選んでください。美しい猟奇の世界をお見せしましょう、と言っているみたいだ。
(いやああっ! 怖いっ!!)
乙女心をくすぐってくれる恋愛ゲームの世界であるはずなのに、これでは殺人犯になるホラーゲームである。
(どうして、こうなったの……?)
ほんの数時間まで、日本にいたはずなのに。
息も絶え絶えになりながら、サチコはこうなったきっかけを思い出した。




