⑮異世界結婚相談所~迷える子羊達の最適解
転職活動中の神谷唯は連戦連敗のお祈りメールで心が折れかけていた。
ある日、転職サイトで不思議な求人を見つける。
募集職種は結婚相談員で、採用条件は「当社に直接おいで頂けた方を採用致します」というもの。
行けば採用ならもうお祈りメールを見ずに済むと、唯は向かったのだが。。。
「採用試験あり、当社に直接おいで頂けた方を採用致します?」
私は神谷唯。絶賛失業中で職探しの真っ最中。
出しても出してもお祈りメールばかりで、もう心が折れそうになっている時、たまたま転職サイトでこんな求人案内を見かけた。
募集内容は結婚相談所の相談員、いわゆるお見合いおばさんなのかな?
採用条件がちょっと変わっていて、この会社を自力で訪問できる人、とあった。
スマホがあれば今時迷子になる人なんていないのに。ちょっと変わってるなと思って応募した。
もうお祈りメールは見たくない。少なくとも面接くらいはしてくれるだろうと踏んだからだ。
読み通りすぐに返信が来て、もちろん迷わず来れたのだが。。。
「うわぁ。立地最悪……」
その会社の住所はS区、女性ならちょっと躊躇する繁華街の一角にそのビルはあった。
私はキョロキョロと辺りを見回した。
今は日中で暗くはないが人通りがまばらで、ピンク色のお店がとても多い。
だけどえり好みしている場合ではない。もうすぐ月末で家賃の支払いもあるのだ。
どきどきしながら入ると、予想に反して中は小綺麗で、シンプルだがオフィスビルのような造りだ。
入居テナント案内を見て、目的の5階、結婚相談所を指差し確認する。
私はひとつ深呼吸をして、エレベーターに乗り込んだ。
+
受付の内線から自分の名を名乗ると、若くて馬鹿みたいに綺麗な金髪の男性が迎えに来て、社内にある会議室らしき場所へ案内した。
男性は名前はギルドールさんと名乗った。日本語はペラペラだったけど。
すらりと細身で背が高く、白皙の肌と金髪にエメラルド色の透き通った目、まるでテンプレみたいなイケメンだった。
サイズの少し合ってない、おっさんみたいなグレーのもっさりスーツ姿が全然合ってないけど。
「駅から遠かったでしょ。迷いましたか?」
私を招き入れてから「奥、どうぞ」と明るく椅子を勧めてくれる。
「失礼します。五分くらいなので、十分近いと思います」
話しやすそうな雰囲気で安心したけど、面接はもう始まっている。
ピリッとした緊張感を持ちつつも、失礼にならないよう断りを入れてから、私は椅子を引いて座り背筋を伸ばす。
「嘘!? 君、ここまで五分で来れたの!?」
驚いた声を上げ、部屋の片隅のサーバーからコーヒーを二つ注いで、一つを私の前に置いた。
「はい。特に迷いませんでした。こちら履歴書と職務経歴書です。よろしくお願いします」
私は鞄からノートと筆記用具、コンビニでプリントした書類入りクリアファイルを向かい側のギルドールさんに渡した。
「ああ、ありがとう。今日は僕一人だけど、他に二人いるんだ。後で紹介するね」
ギルドールさんは履歴書をチラ見して、事業内容を簡単に説明してくれる。
この会社は外国人花嫁・花婿の紹介がメインの、いわゆる結婚相談所の会社だそうだ。
お嫁さんを外国からと言うのはとっくに昔の話で、昨今は女性だけじゃなく男性を他国に紹介もしているらしい。
「ここに来れたことだし、神谷唯さん、採用します!」
ギルドールさんは私から何一つ聞くことなく、本当にあっさり採用を決めてしまった。
「あの……私、いろいろ聞きたい事とか質問も……」
私は戸惑いつつ言った。
確かに採用は嬉しいけど、こんな簡単に決まるなんて少し怪しい。
何度もお祈りメールを貰っていたから、最近の私は疑り深くなっていた。
「質問? おいおい答えるけど、君の要望が最優先だから心配しないで! 僕らの仕事は求めあう男女を結び付けてハッピーにする事だよ! すっごく喜ばれるから一緒に楽しもうね」
ギルドールさんはとても浮かれて楽しそうにまくしたて、私の両手を掴み、キラキラした緑の目で私をのぞき込む。
こんな間近でド迫力美男子に見られるのは慣れてなくて、心臓がドキドキとすごいスピードで血液を送り出していて酸素過多になりそうだ。
「わ、私…。まだ入社するとは一言も……」
私の言葉にギルドールさんはほんの一瞬、不快そうな顔を見せたけどすぐににっこりと笑った。
「ごめんねぇ。ウチの会社は辞退できないんだ。しっかし、こっちの世界であの募集が見えるなんて君、すごい逸材だよ。僕の花嫁にピッタリだ」
は、花嫁ぇぇー?? 何で就職面接で呼んでおいて突然花嫁宣言!
唐突すぎる話に言葉も出ず、ぽかんと口を開けた。
「あのサイトはね、魔力のある人にしか見えないし、このビルも魔力がないと入れないビル。サイトを見てここまで来られるなんて、唯は地球人の割に随分魔力が高いね。これは生まれてくる子供も楽しみだ!」
そりゃあ昔から時々幽霊見えたりしたけど……と、忘れていたことを思い出す。
山に住むあやかしが人を拐してお嫁さんにする。だけどお嫁さんは一生外に出られずあやかしの里で暮らすことになる昔話。
おばあちゃんはこの話と共に『唯は私に似て人より見える子だから、気を付けなさい』って。
今考えれば、おかしいところがある。首都圏なのに昼間でも人通りのない繁華街。妙に綺麗で新しいビルなのに、テナントはここしかなかった。
――私、一体、どこにいるの?
これ、とてもまずい状況だ。つーっと冷や汗が背中を伝う。
私はガタリと慌てて立ち上がり、面接マナーはかなぐり捨てて、鞄をひっ掴んだ。
「あ、あのっ! 私、ちょっと急用が……! またご連絡致します!」
早くここから出ないと、私、妖怪の嫁のように一生外に出られなくなる!
私は棒読みで叫び、一目散にドアへ向かい、焦る手でドアノブをガチャガチャと押し下げたけどドアが開かない。
ギルドールさんの冷んやりした右手がノブを掴む私の手に重なり、左手だけで後ろから私を抱きしめて、耳元で囁いた。
「ダーメ。君の真名は知ってる。もう僕の側から離さないよ」
手も身体も冷たいのに、声は耳障りのいい低音で囁かれて身体の奥がずくりとした。
「ね、これから二人でデート行こ。こっちの世界の事教えて、ユイ?」
聞いちゃダメなのに、まるで耳から毒を流されてるみたいに拒絶できない。
体中がダメだって言ってるのに、瞬き一つ自由にできない。
「は……い。わ、たしで……良……けれ……ば……」
私の口は勝手に動いて、了承の返事をした。
ギルドールさんはどこからか指輪を出して私の薬指に嵌めたとき、ぷつんと何かが切れた音がした。
その後、感じていた冷たさはなくなって、触れられた部分は温かくなり、私の手は一瞬、青いトカゲのような皮膚と鋭いかぎ爪になったように見えた。
「大事にするよ、僕の花嫁さん。子供。沢山作ろうね」
ギルドールは甘くて優しい言葉で私をとろかすけれど……。
私……一体誰の花嫁になったの?
とても恐ろしくて振り向けなかった。




