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⑪ユウカ先生のいつもの授業風景

言葉の使い方は、時代と共に変わることもあるようです。


元々の意味とは逆で使われがちな言葉もあります。

例えば『役不足』『潮時』『情けは人の為ならず』『ロリータコンプレックス』などです。


異なる用法が普及・定着している場合は、誤用というより変化と呼べるかもしれません。


しかしながら、この物語はそのような小難しい話題じゃなくて、とある小学校での授業の一コマでございます。


 ……カリカリカリ……キュキュッ……


 担任の天野ユウカ先生は、チョークで黒板に何かを書いています。

 漢字で大きく『膝』と書き、ふりがなで『ひざ』と書きました。

 ユウカ先生は生徒たちの方に振り返って言いました。


「みなさん。小学校では習わない漢字ですけど、これはヒザと読みます。じゃあ、ヒザって身体のどこだろう?」


 ユウカ先生が言うと、「簡単すぎるー」「知ってるー」などの声があがりました。

 何人かの生徒が手をあげました。


「それではイケモトさん」


 あてられた女子児童が起立して答えました。


「はい。ここです」


 イケモトさんは自分の膝小僧のあたりを指さしています。


「そうですね。イケモトさん、正解です。それでは、他の答えの人はいますか?」


 ユウカ先生がきくと、生徒たちから「えー」とか「他のところだとバカだよな」などの声が聞こえます。

 一人の髪の長い女子が手をあげました。


「あ、ひとりいましたね。それではケヤキさん」


 ケヤキさんは立ち上がって、自分のふとももを指さしました。


「ここです。ひざまくらはここに頭を乗せるんだよ」


「はい。ケヤキさん、正解です。昔は膝小僧からふともものあたりをヒザと呼んでいました。ケヤキさんの言ったひざまくらの他に、『ひざをうつ』という慣用句でも使います。何かひらめいたときにふとももを叩く動作ですね」


 次にユウカ先生は黒板に大きく『目』と書きました。


「これは『め』と読みますが、昔は『ま』と読んでいたこともあります。目に関係のある言葉で、いまでも『ま』で始まる言葉があります。わかる人ー」


 何人かが手をあげました。


「それではヒラタくん」


「はい。まぶた」


 ヒラタくんは目をパチパチさせました。


「まぶたですね。ヒラタくん、正解です。目にふたをする部分ですね。他にはありますか」


 手をあげる人が少なくなりました。


「では、ワキモトさん」


「はい。まつげです」


「そうですね。ワキモトさん、正解です。まつげの『つ』は昔の言葉で『何々の』を表しています。目の毛という意味ですね」


 その後、『まばたく』『まなこ』『まのあたり』などの意見もでました。

 次にユウカ先生は黒板に大きく『手』と書きました。


「これは『て』と読みますが、昔は『た』と読んでいたこともあります。手に関係のある言葉で、いまでも『た』で始まる言葉があります。ちょっと難しいと思いますが、わかる人はいますか」


 手を挙げたのは3人でした。


「それではホンジョウさん」


「はい。たたく」


 ホンジョウさんは手拍子のような動作をしました。


「たたくは半分正解です」


 ユウカ先生は黒板に『叩』と書き、その右に『扣』と書きました。


「この2つは、どちらも小学校では習わない漢字です。左の字が現在の『たたく』という漢字です。これはひざまづいて頭を地面に当てている様子で、手は関係ありません。右は手でたたく意味の昔の漢字ですが、現在は使われていませんね。では、他にありますか?」


 2人が手をあげました。


「ではワサビダくん」


 あてられたワサビダくんは、鉛筆を持ったまま立ち上がりました。


「えーとね、時代劇とかで馬に乗っているところでね……」


 ワサビダくんは左手を振って「ハイヨー」と言い、右手の鉛筆で後ろを方をペチペチとたたくような動作をしました。

 そして右手の鉛筆を持ち上げました。


「これ、たづなっ」


 それを聞いたクラスのみんなは、そろって頭に大きな疑問符を浮かべました。

 先程回答をしたケヤキさんは『いつものタケルくんなんだよ』とつぶやいてます。


「……たづな……ですね」


 ユウカ先生は黒板に『手綱』と書き、ふりがなで横に『たづな』と書きました。

 そして着席したワサビダくんにたずねました。


「ワサビダくん。さっきのハイヨーの動作で、左手は何ですか?」


「ハンドル!」


「右手は?」


「たづなっ」


 ……カリカリカリ……キュキュッ……


 先生はチョークを使って、人が馬に乗ったイラストを黒板に描きました。

 馬の口のところのヒモが、人物の方に伸びています。


「こっちが手綱です。手でもつ綱ですね」 


「え? そうなの? じゃあ、こっちはアクセル?」


「それはムチですね。はい。それでは他にありますか?」


 ワサビダくんがまた手をあげました。

 他には、さっき回答したケヤキさんも手をあげています。


「それではケヤキさん」


「はい。たぐりよせる、です」


 ケヤキさんはロープを引っぱるような動作をしました。


「そうですね。ケヤキさん、正解です。ヒモを両手で交互にひっぱる動作ですね。ワサビダくんも同じかな?」


 ワサビダくんは「ちがうよー」と言いました。


「えーとね。入学式とかで、花をプレゼントするときに『たむける』って言うよね」


 ワサビダくんは花束を渡すようなポーズをしました。

 空いている窓から、ひとすじの風が流れました。

 クラスのみんなは、不思議そうな表情で首をかしげています。

 なぜかケヤキさんだけはニコニコしていました。


「……たむける……ですね」


 ユウカ先生は黒板に『手向ける』と書き、漢字の横にふりがなで『たむ』と書きました。


「ワサビダくんは言葉はあっていますが、使い方が逆です。お別れの言葉なので、入学式ではなく卒業式で使うことがありますね」


「え? そうなの? 新しく転校してきた人に花をたむけるとか……」


「それをやるとイジメになりそうですね。他の学校へ転校する人に、お別れの花を渡すことを『たむける』と言います」


 他にもユウカ先生は『手おる』『手ずさえる』などの例を紹介しました。


「あら? ケヤキさん、授業中に寝てはいけませんよ」


 ケヤキさんは机の上で腕組みをして、そこに頭を乗せて突っ伏しています。

 その姿勢のまま、ケヤキさんはユウカ先生に向かってニコッと笑いました。


「これが本当の手枕(たまくら)なんだよ」

挿絵(By みてみん)

感想「甘口」

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― 新着の感想 ―
[一言] 語源を探るのって興味深いですよね! 手綱とか、いわれればそうなんですけど、ここ何年も目にしてない言葉のような気がします。 知識として面白く読ませていただきました!
[一言] 楽しい授業でした。 ユウカ先生の生徒になって、一緒に授業を受けている気分で拝読していました。生徒さん方の語彙力が凄くて、わたしこのクラスに編入されたら劣等生だなぁ……。 発想力や想像力を刺激…
[良い点] ユウカ先生 の授業を受けている気分で読みました。 最初のヒザのところでヒジと間違える子とかいるのかなと思ったりしたのですが、それはきっと私だけでしょう……。 「ひざまくらはここに頭を乗せる…
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