ページ⑴ 始まりの1冊
誰だって一度くらいはあるだろう?
異世界に転生して冒険したいとか、
魔法使いになって一瞬で目的地に翔んで行きたい。
モンスターやっつけてお金を稼ぎたい・・・
とかさ!?
オレがそう考えていたからなのか、それとも何かの間違いであんな目に遭っちまったのか、あの時のオレには知る由もなかった。
オレの名前は「明鏡心矢」。
初対面のやつの90%には名前・・・ってか苗字?についてあれこれ聞かれる。
そんな変わった苗字とは裏腹にオレは特別に頭が良いわけでもなく、運動神経が優れてるわけでもない超がつく凡人だ。
え?何?
オレの容姿??
容姿端麗、すれ違う女子はすべからくオレの虜になる・・・
・・・・
なんてわけはない。
普通だ、そこそこだ。特別太ってるわけでもマッチョでもない、身長は170cm、体重は60kg、ちょい短めのツンツン頭の茶髪、今は冬だから薄手のジャケット、ちょいとくたびれ気味のマフラーを巻いてタイトめのジーンズにスニーカーを履いている。少し寒いけど、あまりガッツリ厚着しないのがオレのプチこだわりだ。
人からはよく眠そうな目って言われるな・・・
眠そうな目って・・・
どんな目だよ?
今日はちょっと気分が落ちる日だ。
オレは地元の高校卒業して4年目、色々あって今、アルバイトを2つ掛け持ちしてボロアパートで何とか生活してるフリーターだ。
そんなオレは昨日、昼間の建設現場のアルバイトをクビになっちまった。オレがヘマやっちまったせいなんだけど、キツイ仕事だったぶん、時給もなかなか良かったんでショックだ。急いで次のバイト見つけねーと、アパートの家賃とか生活費がやべぇ。貯金もないし!
そして今日、新しいバイト先候補の面接の帰りにトボトボと歩いていたオレ(緊張しすぎて終始噛みまくっていたので確実に落ちたわーっていう絶望感のため)だったのだが、
急に思い立った!!
「久々に本屋行こう!」
何の取り柄も無いオレが唯一、三度の飯より好き(言い過ぎ?)な事がこの世にひとつだけある。それが「読書」だ!一度読み始めたら止まらない集中力には自信がある!!
つらい事も本を読んでいる時だけは全て忘れられる。特にラノベが好きだ。ラノベを読んでいる時は現実世界の全てのしがらみから解放される!
本当はそんな場合じゃねーんだけど、ワクワクと胸を踊らせながらオレはアパートへの帰路の途中にある書店へ足を運んでいた。
着くなりオレはいつもの一通りのルーティンの通りに小説、漫画、実用書のコーナーの順に書店の中を見て回る。
「まー、あんまお金もないし無理に買うほどの本はねーかな。」
そう呟いてオレは書店を出ようとした。
・・・次の瞬間!!
そ・ れ ・は
書店の出入口の前にポツンと立っていた。
「そこのあなた、あなたが幸せになれる本です。」
一瞬、そう誰かに言われた気がしたんだけど、気のせいか?何とも不思議な感覚がしたんだが、ポツンと立っていたのは人ではなく一冊の図鑑くらいの大きさのなかなかに分厚い本だった。出入り口付近の木製の棚に一冊だけ立っている。
でも棚じゃなくて人の居る気配を感じたんだけど・・・
疲れていて幻覚&幻聴を見聞きしていたのか?だけどもうそれはどうでもいい!
オレはソッコーでその本を手に取った!!
タイトルも著者の名前も無い、表紙も真っ白な本だし、これだけ聞くと本の定義を満たしていないただの分厚いノートじゃないかと大半の人は思うだろうが、オレには何故か気になる、中身を見たくてたまらない、妙な言い方をすると魔力のような怪しい魅力を感じる至高の一冊に感じられた!!
読みたい!絶対にこれを読みたい!どれだけ価格が高くても一冊しかないこの本は他の誰にも渡したくない!!
オレは何かに取り憑かれたかの様に慌ててこの本を書店のレジに持って行った。
「これください!!」
オレはハァハァと息を切らせながら興奮マックスの状態で本をバン!と叩きつける様にレジカウンターに置いた。
レジの男性書店員はオレの持って来た真っ白な本に戸惑う様子もなく、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「お客様、この本に選ばれたのですね。おめでとうございます!」
え!?
今、この人何て言った??
本に選ばれた?日本語おかしくね?
本をオレが選んだんだぜ??
てか、本買いに来ておめでとうの意味わからん。
とりま、ヤベー店員だ!とっとと買って帰ろう!
「いくらっスか?」
オレがそう尋ねると書店員は間髪入れずに答えた。
「いえいえ、それは特別な本でして、あなた様の為の本です!本に選ばれたのはお客様ですから、お代は頂けません。このままお持ち帰りください。」
書店員はそう言うと本を書店の袋に入れてオレに返して来た。
タダ??マジかこいつ!!
てか、また本に選ばれたって言ったな?
狐につままれた様な気分だが、この本が絶対に欲しいのは変わらない・・・が、ワケわからんままでお金を払わずに本を持って帰るのは有り得ん!!
「いや、払いますよ!この大きさでこんくらい分厚い本だったら三千円はするでしょ!!本の代金払わないとか気持ち悪いんで!!」
オレは半ばキレ気味に三千円を叩きつけて言った!店員はそんなオレにニッコリと優しく微笑み、
「承知いたしました。それがあなた様の魂の在り方なのですね。」
と言い、お金を受け取り、領収書をくれた。
魂の在り方とか、いちいち仰々しい物の言い方をする、普通じゃない、不思議な店員だ。まーでもそんな事はどうでもいい!オレは全速力でダッシュして独り暮らしのアパート(ボロい)に帰ってきた。
正直、店員は不気味だったし、この本に何があるのか、少し怖い気もする。だけど、オレはそんな気持ちの何百倍もワクワクしていた!!
何か色々嫌なこととか悩みもあった気がするが、今はどうでもいい!
さあ、
開くぞ!!
開くぞ!!
心臓の音をバクバクと高鳴らせながらオレは本の表紙をめくった!!
「何だこれ!?」
めくった最初のページには
「ここに指を置いてください。」
「ここ」と書かれた所には半径1センチくらいの円が書いてある。
オレの中の本能が「そこ」に指を置くのは相当やばいぞと告げている気がする・・・
気がしたんだが・・・
気付けばオレは「ここ」と書かれた円に指を置いていた!
得体の知れない危険のようなものを察知していたのかも知れない、本能よりも未知のものに対する好奇心が圧倒的に勝っていたんだ!!
・・・・
・・・・
「何だよ、何もねえじゃん」
拍子抜けしてボソッとそう呟いた。
次の瞬間、強烈な眠気が襲ってきた!
オレはその場で倒れて意識を失った。
・・・・。
・・・・・。
うーん・・・・。
何だ?
何か嗅いだことのない匂いがする。
朦朧とした意識の中、目を擦りながら目を見開いたオレは凍りついた!!
横になったままの状態の俺が見上げた所には・・・
!!?
何と言ったら伝わるのか・・・
緑色の植物?
いや、人型の植物??
とにかく!!
なんだかとてもヤバい雰囲気のバケモノだー!!
そして、どうやら俺は・・・
このバケモノに膝枕されているようだ!!
ヤバい!!ヤバイ!!ヤバイ!!ヤバイ!!ヤバイ!!
さっきからする嗅いだ事のない妙な匂いもこいつが発しているのか!?
てゆーか、ここどこ?!
膝枕ごしに見える風景は森だ。
いや、風景なんかどうでもいい!!
どーする!!
どーするー!!?
こいつからひとまず逃げねーと!!
逃げれるか?!
そんな事を考えていると、緑色の植物のようなバケモノが突然、
「あら、起きた?まだ寝てていいのよー?」
すごく気味の悪い声でそう言った!!
「ううわああああああああああぁぁぁああ!!」
気づいたらオレはみっともないことこの上ないくらいのデカくて情けない声で叫びながら立ち上がり、全速力で走り出した!!
とにかく必死に走った!!どの方角に向けてどこまで走ったら助かるとか、そんな事は全く分かるはずもないけど、とにかく逃げねーと!!
あのままでは、あの気味の悪い緑色のバケモノに食われるか、殺されるか分からないけど、ロクな目に遭わないだろう事だけは直感的に分かってた気がする。
ハァ、ハァハァハァハァ、
ゼェ、ゼェゼェ、ゼェハァハァ、
・・・・・・ハァ、ハァ・・・
どのくらい走ったんだろ?
時間にして1時間くらいにも感じられたが、そんなに長い時間の間、全速力で人間が走れるわけない。
1分?それとも10数秒程度の短い時間だったんだろうか?
ともかく、
もう、
限界だ!!
「ハァハァ、ハァハァ、ぜェハァハァ・・・」
足がガクガクと震える俺は体力の限界を感じ立ち止まった。
そして、恐る恐る、ゆっくりと、後ろを振り返った。
すると・・・
「ふぅ・・・」
思わずオレはため息をつき、ホッと胸を撫で下ろした。
振り返った後ろにはバケモノの姿は無かった。
「助かった・・・
何だったんだよあの緑色のバケモノは・・・」
そう独り言をつぶやき、その場にへたりこんだ瞬間だった!!
「なんで逃げたのおぉぉおおおおお??」
「ぎゃあああああああああああぁぁぁ!!」
尻を地べたにつき、休憩していたオレの目の前にヤツが!!
緑色のバケモノがあああぁぁぁ!!
あぁ・・・
もうワケわかんねーけど・・・
死んだわオレ・・・
そのバケモノは怒っている様にも、笑っている様にも取れるなんとも微妙な最悪に不気味な表情でオレに向かって手?
いや、枝?
まーこれから殺られるオレには関係ない、
とにかく手だか枝だかよく分からんものを伸ばして来た!!
目をつぶりオレは死ぬんだと覚悟した・・・
次の瞬間!!
グサッ
何かが何かに刺さった様な音がした。不思議とオレ自身に痛みはない。
ゆっくり目を開くと・・・
オレの目の前には胸のあたりから刃物のような物が飛び出した状態になって
「うごごごごご・・・」
と苦しそうに呻き声をあげながらもがく緑色のバケモノの姿が!!
バケモノは数秒もがくと突然、動きを止めてオレの方へ倒れ込んで来た!
「うわぁ!」
慌ててオレは身体を横へ捻って倒れて来たバケモノをかわす。
倒れたバケモノの居た少し後ろの位置には、バケモノの血らしき紫色の液体が刃先に付着した槍の様な武器を携えた、髪の毛が自分の腰よりも長い褐色の肌の、見るからに野生児といった容姿の少年が立っていた。
少年は鋭い目付きで2秒ほど倒れたバケモノを見ていたかと思うと、急に二カッとオレの方へ満面の笑みを向けてこう言った。
「ニーチャン、危なかったな!チカラ使ってなかったみたいだけど、もしかして、ここには来たばっかりなんか?」
このガキが何を言っているかも、もちろんこの時のオレには分かるはずもなかったのだが、
そんな事より、怖かった・・・
オレは問いかけに答える力も無く、前のめりに倒れて気絶した。