表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

恐ろしい夢を見た [再現ドラマ編]

あなたは恐ろしい夢を見たいですか。

わたしはもう見たくありません。

 最近、仕事を終える時間が不規則になって来ていて、朝方まで掛かる事も多く有り、この日もそんな感じだった。


「くぅー、腰が痛ぇ。もう駄目だ、我慢できん。後ちょっとだけど一旦、休憩するか」


 少し腰が痛くなり辛くなってきたので、ちょっと休もうかと二時間ほど仮眠を取ろうと横になった。こういった時、仕事場が家に有るのは便利だ。


「あぁー、眠い。不味い、二時間で起きられるか?」


 いや、そうでも無いか。取り敢えず、照明は点けたまま目を瞑った。

 最近は寝ると熟睡してしまって滅多に夢を見る事も無く朝になっていた。

 むしろ寝過ごして時間通りに起きられるかの方が心配で、今やっている仕事が完了出来るかを気に掛けながら、それでもうつらうつらしている内に、いつの間にか眠っていた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ガサッ、カリカリ、ガサガサッ」


 何か小さな物音が何度か聞こえ、気になって目を開けて音の出所を探ってみた。

 音がしたのは部屋の入り口の辺りで、目を凝らすと開いたドアの影の暗闇に何か蠢くものがチラチラと見えた。

 それは虫の足のような、又は触角のような気がした。だが、大きさがとんでもなくデカイ。普通の虫の十倍、いや二十倍は有る。


「げっ、う、嘘だろっ?」


 俺はそれを見て飛び起きた。嫌な予感しかしない。それは最近テレビ等で話題になっている例の虫じゃないかと察せられたからだ。


 その虫とは、所謂Gの亜種の事だ。ただでさえ嫌われているというのに、その大きさは普通ではなく、カブトガニ位のデカさだ。翅は退化したのか無く飛べないが、その分素早く動き人を襲い食う。人以外も例外なく襲う。食えるものは何でも食う。爆発的に数が増え、集団で襲ってくる。体表面がヌルヌルしていて気持ち悪い。調子に乗った馬鹿がちょっかいを出して、襲われて死んだらしい。恐ろしい。すごく恐ろしい存在だとテレビで解説されていた。


 それが都会の方で大量発生して、被害が確認され大騒ぎとなっていたのだが、こんな田舎にまで来ることなどは当分は無いと高を括っていた。その内、強力な殺虫剤でも開発されて早々に駆除される物だと思ってもいた。テレビのニュースで報道しているのを見て、


(そんなに怖いか? 情けないなあ)


 とか馬鹿にして、大した事無いんじゃないかと思っていたが、実際に遭遇すると予想を遥かに超えて怖い。そして、気持ち悪い。


(何だ、アレ。怖すぎるだろ。無茶苦茶、侮っていた。都会の人、馬鹿にして済みませんでした。)


 等と、都会の人に心の中で謝りつつ、びくびくしながらドアの辺りを注視して、如何すれば良いのかと右往左往し、武器になりそうな物は無いかと目を忙しなく動かす。しかし、武器になりそうな物も見つからず、こうしていても事態は進展しないと、家にいただろう家族に助けを求める事を思い付き、大声で叫ぶ事にした。


 因みにスマホ等は持っていない。都会に出て仕事に就いたが色々有って嫌になり、田舎に戻って来たのにここで迄あんな物に平穏な生活を乱されたくない。ケータイ位は持っとけば良かったと少し後悔したが後の祭りだ。だが、こんな非常事態でもちゃんと使用出来るのか、甚だ疑問だ。

 ともあれ、叫んだ。


「おーい、誰か、誰かいないか! 虫が襲ってきたぞ! 誰か、助けてくれー! おーい!!」


 だが、返事は何処からも聞こえてこない。もしかして、すでに襲われてしまったのかと思い、逆に助けに行くべきかと一瞬無謀な考えが頭に浮かんだ。しかし、奴らのおぞましさを真に身近に感じて、今は自分の身を守る事を優先するべきだと方針を据えて、取りあえずその事は安全を確認した後で考えようと決めた。


 ふと気づくと、部屋の外の不穏な気配は感じられなくなっていた。

 俺はこれでも若い頃はそれなりに身体を鍛えても居たので、もしもの時は全力を出して走れば何とか逃げられるのではないかと、漸く覚悟を決めて恐る恐る部屋の入り口に近づくと、そぅっと薄暗い廊下を覗いた。


 しかし、ドアの外の薄暗い廊下には何もいなかった。

 照明を点けて確りと確認をしたかったが、廊下の照明のスイッチは、短い廊下の向こう側にしか無く、此方側ではどうにも出来ない。仕方なく薄暗いままの廊下を油断なく見回してみたが、何も痕跡は見付けられなかった。

 だが、何か嫌な気配が薄っすらと残っている様な感じがする。

 暫く警戒していたが何事も起こらず、意を決して部屋の外に出てみることにした。


 そっと足を踏み出し、薄暗い廊下の床に足を着けると、何時もは特に気にも成らない床が軋む音がやけに大きく聞こえた。

 瞬間、身体の動きを停止し、その体勢のまま耳を澄まして様子を窺っていたが、物音ひとつ聞こえない。いやに静か過ぎる。ともすれば、自分の心臓が打つ早い鼓動の音の方がはっきりと感じられる程だ。


 その時気がついたが、家の前の結構な交通量の道路を車が走る音とかも聞こえない。そろそろ他所の家の人も起き始めて、朝の支度を始める頃合いだと思われるのに、その気配も感じられない。


 緊張で耳鳴りがしてきて、歯を噛み締めていたせいか、顎が痛くなってきた。

 暫くしても何事も起こる事も無く安堵すると、緊張を解す為に一つ唾を飲み込んで、足を擦る様に慎重に進んで行った。

 廊下の隅や天井の端などにも異常が無いか目を配り、キッチンにたどり着いた時には気力体力をかなり消耗していた。


 キッチンに着く前には分かってはいたが、既にキッチンの照明は点いていた。その事を訝しみながら、少し開いていたドアの隙間から中を窺ってみるが、隅々まで見回してみても一見して変な所は見受けられない。

 奴らが一番に襲うとしたら、食料の置いてある此処だと思ったのだが、何故か漁った様な痕跡は見られない。

 不思議に思いながら、物の影からいつ奴らが飛び出して来ても良い様に警戒して部屋の中に入る。

 隠れているかもしれない奴らを刺激しない様に、出来るだけ音を立てずに不用意に戸棚等にも近づかず、部屋の中央辺りに歩を進めた。


 ふと、ここまで来ても奴らの痕跡が無かったので、俺の気の迷いで本当は奴ら等居ないのに一人で大騒ぎしていたのでは無いかと、赤面する様な恥ずかしい想像が浮かんだ。


 が、キッチンと間仕切りが無く繋がっている、明かりの点いて無い薄暗いリビングの方に目をやってみると、リビングの向こう側にある玄関側のドアが全開になっており、そこから見える玄関も同じくドアが全開だった。薄暗いが家族の靴が散らかっているのも見えた。

 家が幾ら田舎だとしても、まだ夜も明けきっていない時間に、そんな不用心な事をするとは到底考えられない。


 俺は背筋に冷たい物を、いきなり押し付けられた様な寒気を感じ、身震いした。

 それは、最悪な考えが頭を過ぎったからだ。


 そう、家族は既に避難するように連絡を受けたか、或いは襲われたかして全員逃げ出した後で、俺だけ恐ろしい奴らの只中に一人、取り残されたというものだ。

 この辺りに居るのは最早、俺只一人で、奴らの獲物は唯一、俺だけなのだと。


 今迄の状況が、どこかそれを裏付けている様に感じられた。

 家族を呼んでも返事が無い、周りから人の気配がしない、逃げた人を追いかけていったかして奴らの生息する密度が奇跡的に低くなっていてこの辺にはそんなに数がいない、玄関のドアが不用心に開けっ放し、等だ。


 愕然として、暫く身動きが出来なかった。

 思考がぐるぐると迷走し頭が混乱したが、少し時間が経った後、置いて行かれたのも仕方なかったのだろうと無理矢理、心を納得させた。そうせざるを得なかったのだろうと。

 そうでも考えないと俺は、大声で喚き、暴れ、叫び出しそうだったからだ。


 そんな事をすれば、忽ちの内に奴らが大挙して現れ餌食になって仕舞うという確率が、うなぎ登りに上がるだろう事は明らかだ。

 俺は精神を落ち着ける為に、静かにゆっくりと胸の内に溜まった黒い物を吐き出すように深呼吸を繰り返した。目を瞑るのは怖かったが、無理矢理瞑った。

 そうして如何にか自分を取り戻した。


 カッと目を見開き、周囲を油断なく見回して身構え、この先どんな事をしても絶対に生き残ってやると気持ちを高め、その為にはこの後どう行動するかと考え始めた。

 しかし、そんな覚悟も無意味になる事態が起きた。俺以外の人物が突如現れたからだ。


  + + + + + +


 突然、リビングと庭を出入り出来るガラス窓の外から、懐中電灯の明かりの様な光の条が、部屋の中をあちこち万遍なく探すように差し込んだ。

 いきなりの事に吃驚したが、同時に凄く安心しもした。俺だけが残されたという訳じゃ無かったということに。

 家族が探しに来てくれたのかと嬉しく感じ、次いで置いて行かれた事に対して感じていた少なからぬ怒りに、一言文句でも言おうかとそちらに身体を向け、話し掛けようとした。


 だが、現れた人影はいきなり窓を勢いよく開け、土足でずかずかと中に入り込んで来た。

 人影が家族の誰かだと思っていたので一瞬呆気に取られたが、相手をよく見ると家族の誰でも無かった。


 入って来たのは若い男で顔は細く、見た目の年齢は二十代から三十代位。白いヘルメットを被り、背中に小型のバックパックを背負っていて、軍手にブーツ、厚手の作業着姿だ。少しチャラい感じはするが、田舎では都会に憧れた若い奴は皆そんなもんだ。

 そんな若い男の知り合いは近所にも居なかったと思うが、念の為記憶の奥まで漁ってみるが思い当たる奴はいない。


 怪しい人物を無言で睨んでいると、相手もやっと俺の存在に気が付いたようで非常に吃驚していた。

 二人して無言で暫く見つめ合っていたが、相手の男が徐に言い訳を言い始めた。


「突然お邪魔して済みません。自分は役所の方から来た者です。この辺りの避難が完了しているか確認に来ました。此処は避難地区に指定されています。至急避難して下さい。あっ、土足で入ってしまったのは緊急事態下の事なので、申し訳ないですが我慢して貰うしかありません。」


 おいっ、こいつ今「役所の方」っていきなり詐欺師の常套句言ってきたぞ。言い間違いだとしても、こんな奴がいて役所は大丈夫か。土足はこの際まあ良い。もし、急いで逃げなければ為らない時に困るからな。

 それより情報収集だ。一体、今の情勢は如何なっているんだ。


「えっ、避難? どうしてですか? 緊急事態って何ですか? なにが起こってるんですか?」


「えっ、知らないんですか? 例の虫がとうとう、此の町にも到達したようです。ですから、到達した方面の地区から順次避難する様、政府から避難命令が出たんですよ。昨日の夕方位の事です。この辺りも深夜には非難を終えていた筈なんですけど、貴方は如何していたんですか?」


 はあ? 昨日の夕方から? 何が如何なってる? 確か昨日の夕飯を食べていた時には、そんな話は出てなかった筈だぞ? 何かおかしいぞ。此奴の言ってる事は本当に正しいのか? 取り敢えず、当たり障りの無い事を言って誤魔化して、観察してみるか。其の内、ボロを出すかもしれん。判断は其れからでも良いだろう。


「はあ、昨日は夕方から一人で仕事場に籠っていて、其のまま寝てしまってました。取り敢えず状況は分かりました。それで何処に避難すれば良いですか?」


「指定の場所です。えっ、知りませんか? ここの住民ですよね?」


 指定の場所って何処だよ。そっちこそ知らないのかよ。本当に役人か?


「はい、此処の住民ですが、最近越して来たばかりなのでそこら辺は詳しく覚えてないんですが。一体何処ですか? 教えて下さい。」


「そうですか、困りましたね。自分は本当は隣の地区の担当なんですが、人手が足りないって事で急遽応援に駆り出されたんで詳しくは分からないんです。済みません。」


 おいおい、本当か? やけに自分に都合が良いんじゃないか? 益々、怪しくなってきたぞ。


「そうだ。何とか役所の本部とかに連絡出来ませんか? スマホとかで。あ、後、済みませんが念の為、身分証とか見せて貰えませんか?」


「連絡を取りたいのは山々何ですが、現在は何かの不具合でスマホ等が使用出来なくなっています。その為に本来の担当者に連絡が取れなくて、自分がこの地区を任されたんです。此れを見て下さい。身分証等は出る時にバタバタして忘れてきてしまったようです。済みません。」


 といって、スマホを見せられる。良く分からんが、確かに電話が出来ないようだ。

 そして、やっぱりスマホは非常時に頼りに成らなかったな。そらみろ。

 しかし、此奴が怪しいのは相変わらずだ。


「そうですか。それじゃあ如何すれば良いですかね。ここら辺は今、凄く危険なんですよね?」


「はい、そうです。うーん、分かりました。しょうが無いので一旦本部に連絡ついでに帰りますので、一緒に付いて来て下さい。其処から、避難場所に移動しましょう。それで如何でしょうか。」


 あれ? 本部に一緒に行っても大丈夫だって言うのなら、此奴本当に役人か? 俺の勘違いだったのか?

 だが、此奴も紛らわしい事を言うのも悪いだろ。まあ、取り敢えず少しは信用するか。


「分かりました、お願いします。あ、何か避難するのに持って行った方が良い物とかは有りますか? それと、今気付いたんですが、無警戒に長々と喋っていたんですが奴らは大丈夫なんですか?」


「ああ、其の事なら今は其処まで警戒する必要は無いと思います。虫の集団の大半は既に此処を通り過ぎている様でして、残っているのはそんなに脅威では無い生まれたばかりの幼生体だけの筈です。時間が経てば状況は変わると思いますが。まあ、まだ時間の余裕は有るでしょう。

 それに虫は群れないと殆ど襲って来ないとの事です。後、明るい所も嫌いな様でライトの明かりを当てるだけでも、怯ませる事が出来る様です。まあ、凶暴に為っている時はその限りでは無い様ですが。」


 成る程、それでか。

 そんな習性が有ったから、明るかった俺の部屋やリビングの中に、奴らは入って来たりしなかったのか。納得した。

 うん? そうだとすると此奴は、明るくて安全ぽいから家に入ってきたのか? もし役人だとしても、何か良からぬ事を考えていたんじゃないか?

 何か又、怪しくなってきたぞ。


「それと、持って行くものでしたね。もし残っているのなら食料を持って行った方が良いでしょう。奴らに倉庫とかに保管していた非常事態用の救援物資の食料とかを殆ど食べられてしまっている様で避難所で食べ物が足らなくて困っています。他の物は余っている位ですので心配いりません。用意するのなら私も手伝いますから急ぎましょう。」


 何だ此奴。やっぱり物資狙いだったんじゃないか? 手伝いにかこつけて猫糞する心算じゃないだろうな?

 それに、危険なのかそうじゃ無いのか、どっち何だよ。はっきりしろよ!

 だが、時間も無いだろうし、一緒に連れて行って貰う事だし、此の際しょうが無いから手伝って貰うしかないか。


「じゃあ、お願いしても良いですか。自分は戸棚の中とかに仕舞って有る物を探しますので、貴方は目に付いたそこら辺の物を頼みます。」


「はい、分かりました。ちゃっちゃと片付けましょう。」


 奴はそう言って、籠の様な物に目に付く食料をポイポイと投げ入れ始めた。

 何か、やけに手際が良いな、此奴。遣り慣れているというか何というか。此れが此奴の本職なんじゃねえよな? 怪しい。


 奴に対する疑いは益々大きくなるが、其方にばかり注目してても始まらない。

 俺も冷蔵庫の横に掛かっていた大き目のエコバッグを手に取ると、奴らが出て来ないかとちょっとビビりながら、そっと戸棚の戸を開けて中を確認した。奴らはざっと見た感じ見付からない。ちょっと安心しながら良く見ると、中には色々な缶詰が仕舞って有った。少し前に、こんな事も有ろうかと蓄えて有ったのだ。ドヤァ。


 馬鹿みたいにニヤリとして、バッグに缶詰を入れながらチラッと奴の様子を窺う。そして、少し疑問に思った。

 あれっ、彼奴って来た時は懐中電灯しか手に持って無かったよな。後、小さい背負いバッグか。あんな籠、何処から持って来たんだ?

 如何でも良い所に変な引っ掛かりを感じながら作業を続けていた。

 そして、唐突に相手の名前も知らない事に気づき作業をしながら、声をかけた。


「あっ、そういえば名乗って無かったですね。私は『ピーー』といいます。貴方は、何と


  + + + + + + + + + + + +


 そんな時だった。


 戸棚の奥に有った大き目の缶詰。大体四、五キロ位有るかという大きさの物を両手で持ち上げた。だが、やけに軽く感じる。まさか、食べかけなのかと蓋を見るが開けた様子は無い。軽く上下に振ってみたら、チャプチャプと音がする。少し傾けてみたら缶の向こう側に穴が開いていたのかボトボトと中身が床にこぼれた。

 しまった、作業ズボンに掛かったかと思い下を見た。


 油断していた。

 奴らが鉄の缶詰を如何にか出来るとは欠片も思っていなかった。


 別の事に気を取られていた。

 二人になった事で警戒すべき虫より相手の事に注意がいっていた。


 だから、見てしまった。

 こぼれた物の中に蠢く多数の奴らの姿を。じっと。あれは何だと。


 其処に居たのは幼生体でそれ程大きくも無く、脅威でも無いのだろう。数も数匹で、餌を食うのに夢中で此方を気にした風でも無かった。


 だが、突然だった。不意を突かれた。覚悟が出来て無かった。実際に初めて見た。体全体で体感した。

 ひっくり返った状態で足をワキワキと忙しなく動かして、自分達の存在を此れでもかと俺に向けて盛大にアピールしていた。


 一瞬か、それとも長い時間か缶詰を持ったまま俺は、顔を引き攣らせて静止していた。

 急に両手で持った缶からカシャカシャと得も言われぬ振動が伝わって来た。ひいぃっ、と息を吸い込んだ。缶の中身を強制的に予想させられて恐ろしくなった。

 全身に鳥肌が立った。いや、震えが起きた。ガクガクと震え、手に持っていた缶を取り落とした。


 アッ、と思った時には缶は重たい音を立てながら床に落ちていた。そして、ゴロゴロと転がった。

 次の瞬間、ワッと大量の奴らが缶から中身と一緒に這い出して来た。俺は大声を上げ飛び退った。


「うっ、うわああああああああっ! ぐうっ?!」


 勢いよく飛び退った心算だったが、足に思った様に力が入ってなかった様で腰砕けになりながら後ろに有ったテーブルに倒れる様に盛大に背中をぶつけた。かなり痛かったがそんな事より奴らだ。如何なったかと見ると、奴らは四方八方に走り出していた。

 此方にも向かって来たので、俺はぎゃあぎゃあと喚き声を上げながらがくがくする膝を何とか動かして急いでテーブルを回り込むように移動して、如何にか流し台の上に膝から飛び乗ってその上に腰が引けた状態で立ち上がった。


 振り返り奴らを探すと物陰に我先にと隠れる奴と、それでも食い物に齧り付く奴とに別れた様だ。

 俺の後を追い掛けて来る様な、しつこい奴はいない様で一先ず安心して胸を撫で下ろした。

 その時に成って漸く、役所の詐欺師紛いは如何なったと辺りを見回したが、見える範囲には居ない。

 俺の様に何処かに登ったかと思ったが、よく考えたら彼奴は別に此処に何も拘りは無く、何時までも居たい訳でも無いという事に気が付いた。


 混乱していて、その事に考えが行き着くのにかなり時間が掛かってしまい、彼奴の行方が分からなくなってしまった。此処で置いて行かれても困ると焦り、後を追うべくテーブルに恐々と飛び移り、その勢いのままテーブルの上を駆け抜けリビングの方に出来るだけ奴らから離れられる様に大きく飛び降りた。


 彼奴は多分入ってきた方に逃げたのだろうと当たりを付け、その後を追う様に窓の傍に急いで来てみると大き目のゴミ箱が、開いた窓の真ん前を塞ぐ形でポツンと置いてあった。

 何だ? と訝しみながら近寄り中をそっと覗くが何も入っていない。普段使っている時は、大き目のレジ袋を被せているがそれも無い。


 其処で、やっと気付いた。彼奴が物をポイポイと投げ入れていた籠の様な物の正体が、此のゴミ箱だったのだと。そして、被せてあったレジ袋の取っ手の所を使いレジ袋ごと中身を引き抜いて持ち去ったという事も。上手い事を考えたなと変な所で感心しつつ、今はそれ処では無かったと思い直す。


 慌てて、彼奴の後を追って庭に靴も履かずに飛び出すと、辺りをぐるっと見回した。しかし、既にもう彼奴の姿は影も形も無く只、庭はひっそりとしていた。俺は置いて行かれたと、やっと理解した。

 そして、やっぱり彼奴は火事場泥棒みたいな奴だったのだとがっかりした。普通の青年の様に見えたのに。


 こんな、恐ろしい虫がうようよいる様な世界に成って、普通だった人が、他人を騙してでも生きて行かなければならないなんて、なんて嫌な現実なんだろう。


 庭の真ん中に一人佇んで空を見上げた。空はもう、夜が明けたというのに雲が厚く垂れ込め、日も差さず、まるでまだ夜中の様な暗さだ。



 俺は、此の世界の行く末、俺の未来に絶望を感じた。



 そして、家の周りの物陰から感じるガサガサという気配に凄まじい恐怖を感じ、まだまだ此れから始まるんだとげんなりした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 と、いうところで目が覚めた。と感じた。


 目が覚めて先ず、物凄い不安感に襲われた。さっきまで感じていた、絶望感によるものだと思われる。心臓がバクバク鳴っている。痛い位だ。

 そして、俺は何処で寝ているのか。何故寝ているのか。さっきまで庭で絶望を感じて突っ立っていた筈なのに何時寝たのか。何も分からない。更に不安になった。


 周りを見ると、目が回り上下左右の区別が付かなくなって、ぐるんぐるんと視界が変化して訳が分からない。

 一瞬何処だかも分からなかったが自分の部屋っぽいと分かる。だが、凄い違和感がする。さっき迄の部屋と違う。こんな部屋だったかと混乱した。


 やがて、少し落ち着いて空間を把握出来る様になったが、今度は記憶が矛盾する。

 寝ている間に夢を見たらしいと推測されるが、さっき迄の行動が現実に有った事なのか、無かった事なのか判断できない。今迄感じていた事が全て夢なのかと疑問に思い、現実なのではないかとも思う。


 此処まで色々な事を考えていたが、この間、少しも身体を動かしていない。いや、じっとしている事しか出来無いという感じだ。動かしたくても動かし方が分からない。そんな如何しようも無い感覚。


 そうこうしている内に漸く、全ては夢の中の事だったと折り合いをつける事が出来た。

 身体も動かせる様になり、不安感も払拭された。


 だがしかし、あの時の夢の中の現実感は現実以上に感じたし、本当に夢だったのかと今でも思う時がある。

 そして、もしかして現実と夢は今迄も時々入れ替わっていたんじゃ無いかと、馬鹿な妄想をしたりする。



 今迄、現実だと思っていた記憶の中の出来事が、何だかひどく曖昧な物だった事に気が付いて、自分の事迄が信じられなく成って来た。

 本当の自分とは一体如何いった者なのか分からなく成り、そんな事を考え始め嫌な答えに辿り着いて仕舞う未来が、恐ろしくなってきた。



  end



これで私の夢の話は終わりです。

後日、二話目として「蛇足と解説」を上げる予定ですが、あらすじに書いた様に覚悟して読んで下さい。

それでは、ここまでの人、どうも有り難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ