報告99 校務分掌での大事故について
【1】
次の日の夜のこと、私はいつものように事務室で作業をしていた。パソコンに向かってしばらく作業を進めていると、授業を終えた桜が事務室にやってきて私に声をかけてきた。
「お疲れ様です。昨日は、千歳を家まで送ってくれたんですね。ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ心配をかけました。」
私は、そう返事するとマグカップを持ち上げ、コーヒーを口に含んだ。
「ところで、帰ってきた千歳が今までにないくらい上機嫌だったんですけど、何かあったんですか?」
「・・・!!!ごほっ!!」
思わず、むせてしまう。慌てて振り向くと、桜は物珍しそうな表情で私のことを見ていた。私は、再びパソコンに向かい、作業を再開しながら言った。
「・・・別に、関係が修復しただけですよ。」
「本当ですか~?私に気を使わなくていいですよ~。」
「・・・・本当は、妹から話聞いてるでしょ!?」
私は、キーボードを動かす手を止めて質問した。
「ところで、水上さん。一つ聞いていいですか?」
「なんですか?」
「・・・まあ、何と言いましょうか・・・中学生ってどんなデートをするんですか?」
「・・・え!?それ教え子に聞きます!?というか、中学時代に彼女できたことないんですか!?」
「じ・・・時代が違うでしょう!!!」
「というか、私の話を聞いても参考にならないと思いますよ。公立中学と私立中学だと環境も違うでしょうし。」
「そうですね・・・変なことを聞いてしまいましたね・・・申し訳ない。というか、その口ぶり、やっぱり妹から全部話を聞いているんじゃないですか!!!!!!」
「ばれちゃいました?」
桜は、無邪気な笑顔で言った。その表情が、千歳の笑顔と重なって変な気分になる。こんなことで動揺してしまうとは、不思議なものである。
「ところで先生、いつもと違う作業をしていませんか?机に置いてある書類って、合唱祭関連の書類ですよね。」
「ああ、気づきましたか。ちょっと面倒なことがありましてね。」
私は、数日前に起こった出来事を桜に話した。
【2】
それは数日前、私が上野に触媒の説明をしていたときのことだった。教室の入り口から神田が顔を出して私に言った。
「北沢!飛田先生が探してたぞ!」
「わかった。今行く!!」
そう言って私は、飛田の居る職員室に向かった。
「飛田先生、なにか御用ですか?」
「ええ。学級委員のお仕事をお願いしようと思いましてね。合唱祭のしおりが完成しましたので、クラスごとに振り分けて整理をしてください。次の日の授業で、しおりを配布して読み合わせをするつもりです。先に、しおりを渡しておきますので、読んでおいてください。学級委員さんに読んでもらいますので。」
「わかりました。」
そうして、しおりを受け取ると、飛田の机の上に合唱祭の運営についてまとめた書類が置かれていることに気づき、無意識にその書類に目をやった。その様子を見た飛田が私に言った。
「やっぱり、こう言う書類は、気になりますか?」
「ええ、合唱祭の運営を担当したこともあったので懐かしいなと思いまして。」
「この書類、コピーして渡してあげましょうか?」
「いいんですか?そんなことして?」
「個人情報に関する情報はありませんしいいですよ。これ読んだ方が説明しやすいでしょ。」
そう言って飛田は、書類をコピーし私に手渡してくれた。
そして、その日の夜、私はしおりの書類を読み込んでいた時に、異変に気がついたのだ。私は、しおりとホームページを見ながら何回も確認したのだが…。これは…間違いない。私は、飛田に電話をかけた。
「どうしたんですか北沢さん。こんな時間に。」
「すみません、飛田先生。今日頂いた書類のことで、伺いたい事があるのですが。」
「はい。何でしょう?」
「このしおりに書かれている会場なのですが、これで間違いありませんか?」
「ええ。毎年お世話になっているタウンホールなんです。それがどうかしたのですか?」
「明日すぐにホールに予約が出来ているか確認してください!!」
「え!?そんな、まさか…。」
「この日は、毎年必ず青葉学園の中等部が合唱祭で利用するんです。ホームページに掲載されている年間予定も確認しましたが、うちの学校と同じ、日程そして会場でした。」
「つまり…。」
「合唱祭の会場が押さえられていない可能性が高いです!!!」
「そんなバカな!流石に利用料の支払いやらの事務作業が数ヶ月前からあるはずです。流石に見落としは無いと思いますよ。」
「合唱祭の校務分掌、担当誰ですか?」
「えっと、長沼さんと北野…あああああああああああああああ!!!!!」
飛田は、大の大人には似つかわしく無い叫び声を上げた。私は、飛田に言った。
「とにかく、明日現状を確認しましょう!!私も手伝いますから!!」
【3】
次の日、授業中にも関わらず、私は飛田に呼び出され面談室へと連れて行かれた。彼も教員としての経歴は長い、そのため普段は、冷静に周囲のフォローをそれとなく入れている人物だ。しかし、この時ばかりは、かなり焦っている様子だった。
「北沢さん!あなたの言った通りでした!!あの女…会場を確保しないまま放置していたようです!」
「それは…まずいことになりましたね。それで、対応はどうするのですか?」
「これから校長先生のところへ相談しに行きますが、まず考えられるのは延期して、なんとか別のホールを確保するしか無いでしょう。」
「いえ!!それはダメです!!」
「何故ですか!?」
「生徒たちが、ここまでに準備や練習を重ねて来ました。それを延期するのは、あまりにも酷です。それに、これ以上行事に時間を使うと、三年生の受験に関わります!」
「ですが、このままでは…。」
「一つ、考えがあります。」
私は、ある書類を飛田に手渡した。飛田は、その書類を食い入るように読みながら言った。
「こ…これは…!」
「私もかつて、合唱祭の校務分掌を担当したことがあると言いましたよね?一度だけ、会場が確保出来ず、学校の体育館で実施した事がありました。それは、そのときの書類です。私なら、体育館で実施できるように、企画を作り替えられると思います。」
「うちの学校は小規模な割に体育館は比較的大きい。これは、いけるかもしれませんね!!北沢さん、今回は申し訳ありませんが、お手伝い頂けませんか?」
「いえ、飛田先生は他にやっていただく事があります。」
「他にですか?一体何を?」
「クレーム対応です。間違いなく、クレームが殺到すると思われます。管理職(校長先生や副校長先生)だけでは、到底対応しきれないです。おそらく主幹教諭の先生も駆り出されるでしょう。このデータも渡しておきます。保護者への説明と謝罪文の書類データが入っています。印刷して、校長先生に確認を取ればスムーズだと思います。」
「何から何まですみません。」
「ところで、長沼先生は?」
「ええ。事態の重さに耐えきれず、倒れてしまいました。精神的なものでしょう。彼に落ち度は、ほぼ無いというのに、可哀想なものです。とにかく、北沢さん。合唱祭の件よろしくお願いします。」
「任せてください。明日までに素案をお持ちしますから!」
【4】
「というわけで、合唱祭の運営についての書類を作っていたというわけです。」
「…え?よりにもよってこのタイミングでそんなことしていたんですか?先生、大丈夫ですか?」
「私は、平気だ。学校ではあくまでも中学生という立場だしね。それよりも、飛田先生や担当していた長沼先生の精神的な負荷は、想像を絶しますね。」
「それにしても、先生は本当に動じないですね。不惑の四十とはよく言いますけど、私が同じ状況になったら、絶対パニック起こします。なんだか、教師になるのがちょっと怖いです。」
「大丈夫、大丈夫。こんな事、普通起こりませんから。おや…着信が、ちょっと失礼しますね。」
「どうぞ。」
「なんだ、水上か?同じ建物内にいるんだから、直接来ればいいだろ。」
「近くにお姉ちゃんいるでしょ!少しは気を使ってよ。あと名前!!」
「わかったわかった。悪かったよ。」
「名前!!」
「…すぐそっちに行くから…ち…千歳…。」
私はそう言って、スマホを切った。一方の桜は呆れた顔でこちらを見ていた。私は、そんな桜に対し言い訳と言わんばかりに言った。
「恥ずかしいとかじゃないですからね!!罪悪感!罪悪感です!!それでは、失礼します!!」
「……前言撤回ですね。」
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