報告97 中学校の存在意義
【1】
一方その頃、私と田端は世間話をしながら、通学路を歩いていた。田端は、私に質問した。
「ねえねえ、北沢くん。北沢くんは、好きな人とか居ないの?」
「いきなりなんだ?そうだな〜」
私はそう言いながら、少し考えた。そうして考えながら、田端の表情や仕草を確認した。その時に、私は気づいてしまった。彼女が極度に緊張をしている状態であることに。そして、その向けられている視線にも既視感があった。それは、まさしく水上が一時、私に向けていた視線そのものだった。それを確認した私は、思考を止めてしまっていた。そこで露骨に話題を変える。
「…それよりも、合唱祭練習、ずいぶんと順調に進んでいるな。女子パートは、特に問題とか無いか?」
「え!?…う…うん。」
「………。」
私は、何も言えなくなってしまった。しばらく黙ったまま歩いていると、田端が私の腕を引っ張って言った。
「ねえねえ、北沢くん。ちょっとだけ良いかな?話したい事があるんだ、こっちに来て。」
私は、言われるがままに通学路沿いの公園に連れて行かれた。
【2】
まだ、夕方ということもあり、公園の中にはポツポツと人影が見える。田端は、できる限り人通りの少ない場所に私を連れていった。
「あのね…北沢くん…。北沢くんは、好きな人居るの?」
田端が再び同じ質問を飛ばして来た。私は、答えが出せずに誤魔化した。
「なんだ、その質問か?特に居ないかな…。」
「本当に?」
「あ…ああ。そのはずだ。」
「私は居るよ!!」
田端は、ハキハキとした話し方でそう宣言した。その後、田端は私に言った。
「私は、二学期になってからずっと北沢くんに助けてもらってたね。たまには、一緒に仕事したり…そうしているうちにね。北沢くんの事が好きになったの。」
「北沢くん!合唱祭が終わったら、付き合ってくれませんか!?」
私は、田端へどう返答していいのか分からなくなり、咄嗟に口にした。
「ありがとう…。うれしいよ…。ただ、すまない。返事を少し待ってはくれないか?」
この時の私は、結論を先延ばしにすることしか頭になかった。田端は、少し残念そうな、それでも満足そうな顔で私に言った。
「わかった。待ってる。じゃあ、帰るね。」
そう言って、田端はそそくさとその場から立ち去った。安心したのもつかの間、思考の止まってしまった私に追い討ちをかけるかのような出来事が起こった。
「ねぇ!北沢!さっきの何!?」
後ろを振り向くと、水上の姿がそこにあった。
「おいぃぃぃぃぃぃぃ!!!なんであいつ飛び出してるんだよ!!!」
茂みの中で隠れている上野が言った。それに対して大塚が私に気づかれないような小声で上野に言った。
「そんなこと言ったって、飛び出して行っちゃったんだもん。止まらんないよ!」
茂みの中で見守る上野と大塚、そして広場で対峙している私と水上、どちらも状況は全く違うが、極度の緊張状態であったことは間違いなかった。
私は、とっさに水上に言った。
「なんだよ。見てたのか?趣味悪いぞ!!」
「田端さんに見守ってもらうよう頼まれたの!!それより、田端さんの質問にはちゃんと答えないし、それに返事を待ってくれ何て言って!田端さんが可哀想でしょ!!」
「なぜ、そうなるんだ?」
「あんた!彼女要らないって私に言ったじゃない!だったら、変に期待させずに断った方が、田端さんのためでしょ!」
私は、自分が水上に確かにそう言った事を思い出した。言われてみればその通りだ、自分にとって必要がないのだから、断ればいい。それだけの事じゃないか。
「そうだな…。確かに水上の言う通りだ。」
「そもそも、本当にそれがあんたの本心なの?私には、そう思えないんだけど!」
「どうしてそう思うんだ?」
「いつもは、ハキハキと何でも言うくせに、今はウジウジしてて北沢らしくないから。」
「……………。」
「それに、本当に北沢がなんとも思っていないなら、それこそひどい話でしょ。」
「・・・どういうことだ?」
「私だって、ずっと北沢のこと好きだった。付き合ってほしかった。だから、北沢に振り向いてもらうために、色んなことやったよ!頑張ってみたよ!それでも北沢は、たまに遊んでくれることはあったけど、なんか距離をとってくるし!!確かに、北沢の気持ちを考えたことは、あんまりなかった。それはごめんだけど、でも!それでも!!」
「ちょっとくらい、好きになってくれたっていいじゃん!!!」
私は、水上にはちゃめちゃに言われてしまった。それは、告白というにはあまりに不器用で、それでも今まで蓄えていた気持ちが爆発したものだった。水上は、一度呼吸を整えてから、私に言った。
「それで、北沢はどうしたいの?」
「……………俺は…。」
「もういい、私帰る。」
そう言って、水上は嵐のように去ってしまった。
「ついにあいつ、言ったな。」
茂みに隠れていた上野が言った。
「そうだね。でも、千歳ちゃんらしい言い方だね。普通の男子ならあれ絶対振られるよ。」
大塚が言った。
「それより、水上と合流しようぜ。」
「そうだね。」
茂みに隠れていた、2人もその場から静かに立ち去った。当の私は、広場のベンチに腰掛け固まってしまった。
【3】
日が暮れた後も、私はベンチに座って固まっていた。その時だった、ベンチの傍らから私に声をかけてくる者がいた。
「おや、どうしましたか?まるでロダンの考える人ですよ。」
私は、首だけを回して、声の主が誰なのかだけ確認した。その人物は、飛田だった。飛田は、私の横にゆっくりと腰掛けて言った。私は、飛田に言った。
「私に何があったか、知ってるんですか?」
「ええ。大体は。クラスの色恋沙汰は、学級の人間関係の崩壊に繋がることだってあります。ですから、最低限の情報は把握していますよ。あなただって担任だったら把握くらいするでしょう?そもそも、30人で毎日生活しているんです。その手の情報は、嫌でも知ってしまいますって。」
「そうですね。当然ですね。」
「で、北沢さん。あなたは、どうしたいのですか?あなたの本心をきちんと伝えられますか?」
「伝えられるわけないでしょう…。私がそんな事できる立場ではありませんよ。だから困っているのです。」
「ちなみに、あなたの本心は何ですか?」
「簡単な事です。私にとってあの子たちは、あくまで生徒です。あの子たちが大切だから、深入りはしたくない。これが本心です。」
「なぜ、深入りする事がダメなのですか?」
「私は、本当の中学生じゃない。それで、深い交友を持つなど不誠実極まりない。そもそも、色恋沙汰なんて、受験に差し支える。今が大事な時期なのは先生もご存知のはずです。」
「あなたは、相変わらずですね。あなたの考えていることを言い当てましょうか?あなたが本当に大事にしていることは、生徒が次の進路に向けて自立することと、受験指導で数字を稼ぐことこの二つだけです。」
「当てるも何も、そうやってこれまでやってきました。結果を出すために当然のことです。」
「私から言わせれば、もっと大事なものがあると思いますがね!だからあなたは、未熟なんですよ!」
「何言ってるんですか!!そうやって、公立は好き放題やって来たから、高幡のような化け物を量産するし、受験だって成果が出せないんですよ!!知ってますよね?都立のトップの学校の浪人率。」
「それとこれとは話が別です!あなたは、自覚するべきです!!生徒が中学校で過ごす3年間と言う時間の重みを!!確かにあなたの言っていることは、シンプルでわかりやすいでしょう。ですが、相手は人間です。そして、中学校での生活も大切な人生の一部です!!あの子達は、自立するためだけに学校には通っていないし、ましてや偏差値を稼ぐためだけに勉強していない!!あなたのその価値観に生徒たちを当てはめるんじゃない!!!!」
「………。」
「そして、もう一つだけ言っておきます。確かに、教師と生徒は、友人や恋人には基本的にはなれません。ですが、北沢さん。今のあなたは、教師にはなり得ないし、あなたが、あの子たちの先生ではなく級友である事は、絶対に揺るぎません!!この事を自覚してください!!その上であなたに聞きましょう。あなたはどうしたいですか?」
「…私は。」
その時だった、私のスマートフォンから着信音が聞こえた。
「北沢さん。どうぞ。」
飛田は私にそう言った。私は、通話を始めた。
「大塚さん?どうしたの?」
「千歳ちゃんが居なくなっちゃったの!!北沢くん心当たりない?」
「いや、ないが…。とりあえず、探してみよう。」
そう言って私は、通話を切り飛田に言った。
「水上さんが居なくなったそうです。ちょっと探してきます。」
「そうですか。見つかったら電話を入れてください。もちろん、事が重大だと判断したときも連絡お願いします。」
「もちろんです。では、失礼します!!」
私は、そう言って走って公園を飛び出した。
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