報告96 家族間のなんとも言えない空気感とは
【1】
「で、どうしたんだい?」
弟は、桜に相談の用件を聞いた。
「その…上野くんと大塚さんが、お兄さんの事で相談しに来ました。」
「そうなんだね。で、2人は何を相談しに来たの?」
桜は、弟に私と水上との間で起こったことや、田端の事を話した。それを聞いた弟は、しばらく固まってから、言った。
「う〜ん。よくある痴情のもつれってやつだね。ただし、兄さんが居るから話がややこしいと。」
「はい…。それで、一応報告しておこうかと。」
「兄さん、たぶん中学時代に彼女作ったこと無いからな…。堅物だし。それに、変に真面目だからな…。ややこしくなりそう。」
「そうなんです。…すみません、こんな話しちゃって。」
「構わないよ。生徒の人間関係についての情報は、塾にとって貴重だから。それよりも…。水上先生、この件だけど、君はどう思うの?」
「え?私ですか?」
「君の妹も関わってるしね。」
「私は、千歳が納得いくのであれば、どんな結末だって良いと思ってます。でも、北沢先生が、本心をずっと隠したまま、あの子達に接することに問題があるのではないかと思います。私…今度、先生と直接お話ししてみます。」
「わかったよ。」
【2】
桜が、家に帰宅すると、リビングに妹の千歳が一人、ソファーに座って楽譜を眺めていた。千歳は、桜に気づくと声をかけてきた。
「おかえり、ごはんテーブルに置いてあるよ。」
「ただいま。お母さんは?」
「もう寝た。」
「そう…。」
桜は、他愛のないやりとりをすると、ダイニングテーブルに腰掛け、夕食を摂った。最近は、アルバイトの都合上、家族別々に食べる事が多くなっていた。桜は、二人きりの空間で、喋ることもなく食事を摂り続けた。
この微妙な空気感は、珍しい事ではなく、普段の生活でもみられる事があった。しかし、今日に限っては、会話が一段とぎこちないのだ。しばらくすると、桜が妹に質問する。
「なんで、楽譜なんか読んでるの?」
「合唱祭で伴奏やるから」
「そうなの?」
「……………。」
「……………。」
「………お姉ちゃんどうしたの?」
千歳が桜に質問した。桜は、埒があかないと判断し、単刀直入に質問することにした。
「最近、北沢くんとはどうなの?」
「別に…なんともないけど。というか、もうどうでも良いかな。」
「本当に?」
「うん。」
「他の子に取られても平気?」
「…そもそも、あいつに彼女なんて出来ないでしょ。受験期にそんなものは、いらないって言ってたよ。」
(原因は、もしかしてこれ?全く、耐久力ないな〜。それに、気のある子にそんな事言っちゃう先生も先生だよ。)
「本当にいいの?中学生の言うことなんて、コロコロ変わっちゃうよ。それに、北沢くんを好きな子は、他にもいるんじゃないの?」
「…ねぇ!それ、もしかして誰かから聞いた!?ほっといてよ!」
「………。」
千歳は、不機嫌な顔をしたまま、2階の部屋へと上がっていった。
【3】
次の日、合唱祭も差し迫って来た。各クラスの練習も佳境に入り、全体練習も増えてきた。私たちのクラスも遅れ気味ではあったものの、徐々に仕上がってきた。だがそんな中、水上の機嫌は最悪だった。特に、怒ることも無かったが、明らかに顔が不機嫌である。おまけにこの日、私は水上と一切、言葉を交わしていなかった。その様子を見て、大塚や上野は、ずっと慌てふためいていた。もっとも、この時の私には、彼等が慌てている理由など知る由も無かったのだが。
練習が終わった後、私は帰る支度をしていると田端が私に声をかけて来た。
「ねえ。北沢くん。一緒に帰ろうよ。」
「ああ。構わないぞ。」
私は、リュックを背負いながら答え、そのまま田端と一緒に学校の外へと向かった。
それを確認すると、大塚と上野は、水上の帰りを急かしながらに言った。
「水上、早くあいつら追うぞ。」
「は!?どう言うことよ?」
「いいから!」
3人も、急いで学校を飛び出した。
引っ張られながら、水上は上野に尋ねた。
「ねえ!どこに連れて行くの!?」
「あいつらの後を着けるんだよ!」
「なんで、そんなことしなきゃ行けないの!?」
水上は、足を止めた。大塚が水上に言った。
「田端さんから聞いたよ。北沢くんに告白しちゃえば、なんなら手伝うよって言ったんでしょ。田端さん、今日公園で告白するって言ってたよ。千歳ちゃん協力するんでしょ?だったら見守りに行こうよ。」
「は!何言ってんの!?なんで、そんなことしなきゃ行けないのよ!!」
「でも、約束したんでしょ?」
「……っていうか、何でそのこと知ってんのよ!?」
「ああもう!ほら行くぞ!!」
上野と大塚が、水上を引っ張った。水上は、凄まじい力で必死に抵抗しながら言った。
「嫌だ!行かない!!私には、関係ない!!!」
「嫌がることなんて無いよ。ただ見守るだけだよ。」
「嫌だって言ってるでしょ!!」
「何で嫌なの!?」
「………。」
大塚が、水上にそう言うと水上は黙ったまま固まってしまった。大塚は続けて言った。
「やっぱり、北沢くんを取られたく無いんでしょ!?本当は、嫌なんでしょ!?千歳ちゃんは、いつだって、自分の気持ちに正直だったじゃん!」
「………。」
水上は、しばらく黙った後、俯きながら呟いた。
「…嫌だ。」
「やっぱり嫌だよ…。」
水上は、大塚に抱きつき顔を埋めた。大塚は、水上の頭を撫でて落ち着かせた。水上は、大塚に抱きつきながら言った。
「上野、あんたが田端さんに告白しなさいよ!そうしたら全て上手くいくから!!」
「俺の気持ちはぁぁぁぁぁぁぁ!!!っていうか、オチ付けなくていいから!!!」
上野がそう言うと、無邪気な表情の水上が、「冗談!」とだけ言って笑っていた。その瞳は、まだ少し赤みがかかっていた。
「とにかく、様子を見に行くぞ!」
3人は、走って私の追跡を再開した。
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