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報告93 生徒の自立と教師の抱く心情の変化

【1】


「先生は、生徒から告白された事はありますか?」


 桜は、私にそう言った。本来、この類の下世話な質問は、生徒から聞かれるものとして良くあるが、それにしては、桜の表情は真剣そのものだった。


「どうしたのですか?いきなりそんな。」


私は、桜に聞き返した。桜は、悩んでいる素振りを見せながら私に言った。


「実は…。担当している生徒が私に片想いをしているみたいなんです。それで、どうすれば良いか相談したくて…。」


なるほど、そういう事であれば、話してあげなければならない。私は、物事を整理するために彼女に質問をした。


「なるほど、そう言うことでしたか。それでは、聞かせてください。その生徒が、あなたに好意を寄せていることは、間違いありませんか?」


「はい、その子の友人から聞きました。出会って割とすぐに、片想いだったみたいです。その子は、その子なりに気を引こうと、友人に相談したり、関わり方を変えてみたりしていたみたいです。でも、私は気付けなくて…。」


「まず、生徒の気持ちには、真剣に答えて下さい。好きでいてくれることに感謝しましょう。しかし、告白される以前と同じ態度で接してください。」


「なるほど…。それで、最近はその子の様子に変わりはありませんか?」


「最近は、いつもより冷たい態度を取ることが多いです。」


「もしかしたら、冷めてきたのかもしれませんね。ちなみに、その子の家庭環境は、分かりますか?生徒名を教えてもらっても構いませんが言いづらいでしょう?」


「どうして、家庭環境を聞くのですか?」


「生徒が、恋愛感情を抱く要因として、家庭環境に問題がある場合があります。これは、女子生徒の事例ですが、父親と関係が上手くいっていない場合、男性の教員を父親の代わりの様な、感情を抱くことがあります。これは、決して悪いことではありません。

 ですが、その感情を恋愛感情と錯覚してしまう事が、ままあります。ですから、その子の家庭環境をとりあえず確認してみる価値はあるでしょう。」


「そう言うこともあるのですね。」


「しかし、水上さんは、その生徒の気持ちに気づかなかったのですか?」


「………。」


桜は、しばらく口をつぐんで言った。


「いえ、気付かないふりをしていたのかもしれません。」


「確かに、その気持ちは、私にも分かります。ですが、その子があなたに気持ちをぶつけて来たとき、あなたは真摯な気持ちで答えなくては、ならないでしょう。その時までに答えを用意しておかなければなりませんね。もちろん、いくらでも相談に乗りますよ。」


「そうですか…。でも、すみません。先生のお言葉、そっくりお返しします!」


「……な!?」


彼女の言葉に、その場が一瞬で凍りついた。彼女は、トドメを刺すかのように私に言った。


「今まで言った事は、全てウソです。試すような事をして本当にすみません。なぜ、私がこんな質問をしたのか。それ以上は、言う必要はありませんよね?」


「…………。」


「私も、妹になんて言ってあげれば、良いか分かりません。でも、先生は、本当に千歳に真剣に向き合いましたか?答えを探そうとしましたか?ずっと保留にしてませんか!?」


「…………。」


「すみません。言い過ぎました…。失礼します。」



桜はそう言うと、足早に立ち去っていった。私は、彼女を追いかけることも、声をかける気力すらも、情けないことに湧いてこなかった。



【2】


 次の日もそのまた次の日も、合唱練習は比較的順調だった。問題だった男子たちも、全員が歌詞と音程を覚えている状態までになった。しかし、私の気分は全く晴れやかなものでは無かった。先日の桜との会話が私の頭の中で、ずっと駆け巡っている。そして、この日も水上は、大塚達と帰って行った。ここ最近、私は1人で帰っている。大崎とも帰って良いのだろうが、彼は神田と一緒に帰っている。上野とは、仲は良いが帰る方向が違うため一緒に帰った事はなかった。


 一人で帰るのは、春以来の事だろうか。これは、生徒が私に依存しなくなった、つまり自立を始めたからだろうと分析していた。それは、生徒が社会的に成長している事を意味している訳だから、当然喜ばしい事である。私は、孤独で良い。教師は、いわば黒子、学校生活の主人公とは、なり得ないのだ。


 だが、何故だろう。何故こんなにも…寂しいのだろう…。生徒が卒業したときにも、似たような寂しさを抱いた時があった。当然だ、生徒の自立(卒業)は、彼らとの別れを意味するのだから。だが、この気持ちは、その時の何倍も何倍も…苦しい。


「はぁ〜〜〜」


 私は、その空虚な気持ちをため息にして吐き出した。吐き出した後、少し勢いよくリュックを背負って扉を開けようとした。その時だった。


「…あの!北沢くん!!」


私は、その声を聞いて振り向いた。私は、リュックを背負うまでフリーズしていたのか、教室には私と彼女しかいなかった。


「一緒に帰ってもいいかな?」


私に声をかけたのは、田端だった。


「別に構わないぞ。」


私は、リュックを背負って、教室を出ると彼女はトコトコとついて来た。


「田端さん、最近、水上とか大塚さんと仲良く話すようになったよな?」


私は、田端に言った。彼女は嬉しそうに答える。


「うん。合唱練習で話す機会が増えたからね。」


「あいつらは、あんまり友達いないからな。仲良くしてやってくれ。」


私が冗談混じりでそう言うと、田端も冗談混じりで返してきた。


「北沢くん?2人のお父さん?wwww」


「そうだな。変な事を言った。忘れてくれ。」


帰る道すがら、私は、彼女と世間話をしながら、彼女の様子をただ見ていた。






いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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