報告9 不適切な試薬の希釈を行ったことに関する始末書
注意
作中で紹介されている溶液の作り方は、望ましい作り方ではありません。水溶液を作る際は、適切な量、方法を守って、メスフラスコ等の適切な器具を使って行いましょう。
【1】
「いつも出しゃばるからそんな事になるのよ!!」
「北沢先生、なんでも面倒見ようとするから、背負い切れなくなるんです!あなた、先生辞めた方がいいですよ。」
「ガバッ!!!」
「…………。」
久々だった。教師になったばかりの頃の夢を見るのは。あの頃の私は、がむしゃらに働いていた。失敗もした。だが、そこで得られたものは大きかった。なぜ、今更こんな夢を見てしまったのだろうか。少し気が滅入りながら学校に向かった。
【2】
今日も朝の学活が始まる。北野が紙の束を持ってやってきた。そういえば…今日は学校で英語検定を受検した者の結果が返ってくる日だ。最も私が受けた2級は学校で受験できないので関係ないが…。北野が上機嫌に口を開いた。
「英検を受けた人の結果を返します。今回は、みんな結果が良かったです!受験も近づいてきましたから頑張りましょう!まずは4級を受けた人の結果から返します。」
北野は検定級別に返却していった。最後に彼女は言った。
「英検は、受験でプラスになりますから、必ず受検しましょう。このクラスにも、受験していない人が何人かいますね。何を考えているんですか!?」
心なしか私を見ながら言っているような気がした。というか、学校以外に受けるケースもあるだろ。塾申し込みとか。お前こそ何を考えているんだ。
【3】
私は最近楽しみにしている授業がある。それは、理科の授業だ。担当は隣のクラスの新米教師なのだが、よく頑張って準備をして来ている。そんな彼の姿を見て、同じ教科の教員として微笑ましくなるのだ。今日は実験をする日だが、彼は大丈夫だろうか?
「はい。今日は、前回説明した中和の実験をします。今、配った二本の試験管には塩酸が入っています。そこに、このマグネシウムリボンをそれぞれの試験管に入れてみましょう。」
そう言いながら彼は、細い針金状のマグネシウムを配り始めた。私たちの班もマグネシウムリボンを加えたが、すぐに異変に気がついた。同じ班の上野が声を上げる。
「うわ!吹きこぼれた!!!」
塩酸とマグネシウムが激しく反応して吹きこぼれた。塩酸の濃度が高過ぎたのだろう。私は、教員用机の上に置いてあったメモを見た。そこには、塩酸をどれだけ薄めれば良いかを計算したメモが置いてあったのだが…。
(計算間違ってるぅぅぅ!!!)
そしてもう一つ気になることがあった。私は彼に質問した。
「先生、この後、水酸化ナトリウム使いますよね。どこにも無いような気がするのですが。」
「あ!作るの忘れてた。北沢くんありがとう。すぐ作るね。」
そう言って彼は、ビーカーに固形の水酸化ナトリウムを入れ、そこに一気に水を加えた。私はそれを見て声を上げた。
「先生!水酸化ナトリウムは、溶かし方を考えないと、溶けるのに時間かかりますよ!」
遅かった。彼は慌てた様子だった。もう見ていられない。…仕方がない。ちょっと手伝うか。
「先生ちょっと貸してください。」
そう言って、私は新しいビーカーに水酸化ナトリウムを入れて、そこに少しだけ水を入れた。水酸化ナトリウムの溶解熱でビーカーから湯気が立ち始める。すると、水酸化ナトリウムはみるみる溶けていった。
「乱暴な溶かし方ですが、これで早く溶けます。それから、その塩酸の濃度だと中和出来ないと思います。なのでそれを3倍に薄めてください。」
「ああ。分かったよ。」
彼は戸惑いながらも私の指示に従った。その後はトラブルもなく実験を時間内に終わらせらせたのだが…。その日の昼休み、私は北野に呼び出された。
【4】
昼休み、私は生徒指導室という個室のような部屋に呼び出され、北野と面談をする事になった。北野が不機嫌そうに口を開いた。
「2時間目の理科の授業で、あなたが勝手に薬品を扱ったと聞いています。間違いありませんか?」
やはり、その事か。理科の授業をする彼の姿を見てつい、お節介を焼いてしまった自分に非がある。私は正直に答える事にした。
「はい。間違いありません。危険な行為だったと反省しています。」
「そうですね。危険な行為です。それに、先生の指示に従わないことも問題です。」
「はぁ…。」
「理科の授業だけではありません。放課後に他の生徒に勉強教えてるみたいじゃない。そんな余裕あるの?そのくせ、あれだけ話をしたのに、なぜ検定受けないの!?」
「検定なら、外部で受けてますよ。必要があれば結果を持って来ます。」
「どうして学校で受けないの!?」
話が、ヒートアップしてしまった。だが、どうしてだろう。私は彼女に対してどうしようもなく腹が立っていた。私は彼女に言い返した。
「理由も聞かずにそんなこと言うんですか!?」
「口答えするんじゃない!!!勝手すぎるんだよ!!」
私は、なぜ腹が立ったのかなんとなく理解した。彼女はそっくりなのだ。私が教師に成り立たてのころ出会った先輩に。