報告88 バカバカしい可能性
【1】
「おはよう北沢。」
教室の扉を開けた私に上野が声をかけた。私は、いつも通りの時間に学校に登校し、教室の扉を開けた。にも関わらず、教室にいるクラスメイトの人数がやたらと多かった。それもそのはずで、今日は中間テストの1日目なのだ。誰しもが早めに来て、勉強しているという、素晴らしい気合いの入り様だ。今回のテストは、5教科のみで二日間に分けて行われる。1日目は、国語・英語・社会の3科目だ。
「はい。皆さん席に着いてください。朝の会はじめますよ。」
飛田がテスト問題の入った封筒を持って教室に入ってきた。号令を済ませると飛田は、話を始めた。
「皆さん、気合が入っていますね。何度も言いましたが、このテストは、調査書の内申点に大きく関わります。最後の最後まできちんと取り組みましょう!それでは、休憩後このまま国語のテストを始めますので、時間になったら着席して下さい。」
【2】
「兄さん。お疲れ様。」
今日のテストが終わった後、私は弟を食事に誘った。テストは午前中で終わるため、昼に時間が取れたのだ。
「それよりいいの?明日もテストあるんでしょ?」
弟が私に言った。
「明日は、数学と理科だからな。少しくらい休憩しても問題ないだろう。それに、特に誰かと競っているわけでもないしな。」
私は、弟にそう答えた。
「そんなこと言って。また、大塚さんに負けても知らないよ。それにしても、ここが例の店か〜。」
弟が周囲を見渡しながらそう言った。ここは、私が飛田に連れてこられる洋食店だった。飛田がここでいつもオムライスを注文していることに、弟が興味を持ったので、連れてきたのだ。
「お待たせしました。オムライスです。」
「来たな。」
弟は、オムライスを受け取ると、スマートフォンを取り出し写真を撮った。そして、一口オムライスを口にした。
「うん。ザ・オムライスだね。美味しいよ。」
「そうか。なら良かった。」
「で?兄さん。その読んでるプリントは今日のテスト?それに何でそんな浮かない顔をしているのさ?」
「ん?ああ、すまん。ちょっと国語のテスト問題で気になることがあってな。」
「へー。どんな問題?」
「小説の問題でな…。気になるところがあって。」
「え?難しかったの?問題見せてよ。」
「いや、問題は難しくないんだ。なんなら見ていいぞ。」
私は、問題用紙を弟に手渡した。弟は、その問題を読んで言った。
「別に普通の国語のテストだね。って言うかこのテスト、1学期の中間テストのやつじゃん。どうしてこんなものを今更…。」
「偶然だよな…?」
「ん?何が?」
「オムライス…。」
「…?」
私は、頭に浮かんでいるある可能性について口にしようとしたが、やっぱりやめることにした。それは、あまりにもバカバカしいことだと判断したからだ。
「いや、何でもないんだ。それより食べよう。」
…本当は、バカバカしいと思ったからではない。口にするのが怖かったのだ。だが、私にはその可能性を確かめる勇気が現時点ではなかった。
【3】
テスト最終日、といってもこの日の教科は、数学と理科の2科目。言ってしまえば、かつての仕事道具のようなものだ。私は、この2教科を難なく片付け、この後の学活のことを考えていた。この日から、合唱祭のクラス練習が解禁されることになっていたのだ。次の学活では、練習の方針や係について話す予定だ。テスト問題を解き終え、時間を持て余している間、私はどうクラスに関わるべきかをずっと考えていた。
テストが終わり、学活の時間になった。飛田は初めに、「それじゃ、学級委員さん。この時間を使って話し合ってください。」とだけ言って、教室の後方に移動した。私は、黒板の前に立ち言った。
「さてと、それじゃ。パートリーダーを決めようか?」
私は、まずパートリーダーを決めることにした。まさか、こんなところで苦労することになるとは、思わなかったが…。女子のパートは、あっさりと名乗り上げたものがいたので、問題はなかった。
問題は男子だ。どうやら、今まで前の学級委員である高田がずっとパートリーダーを務めて男子をうまく引っ張っていたらしい。そのため誰も立候補しなかった。かと言って、私がパートリーダーになるつもりも毛頭なかった。学校行事は、生徒の協調性や自主性を育てる大事な機会だ。その機会を私が奪うことに強い抵抗があったのだ。
このクラスには、自らリーダーをやりたがる生徒が驚くほどに居ない。それは、今までリーダーが担任に叩き潰されてきたからだろう。まさに、北野が残した大きな爪痕と言える。私は、痺れを切らして言ってしまった。
「仕方ない…俺がやろう。でも、歌下手だぞ。いいのか?」
それでも、誰も名乗り出なかった。これは、少し大変かもしれない。私は、今後のことを考えながら学活を終えた。
【4】
その日の放課後、私を含めたパートリーダー3名と伴奏者である水上で、今後の練習の打ち合わせを行うことにした。パートリーダーは、ソプラノ・アルト・テノールから1名ずつ決めたため、自動的に男子は私一人だった。
「それじゃ、去年と同じように、明日の放課後から全体練習をやろうよ。」
大塚がそう言った。彼女は、ソプラノのパートリーダーになっていた。女子をまとめるというより、水上に協力したいというのが本心なのだろう。
「一つ聞いていいか?去年はそれでうまくいったのか?今日の男子の様子を見る限りうまく行かなそうなんだが。」
私は大塚に質問した。今日の学活の様子を見る限り、これでは上手くいきそうにない。大塚は私に答える。
「うん。北野先生が歌わない男子を片っ端から…あ…。」
「………もしかして、これヤバいんじゃ。動画サイトで見たことある。男子が歌わないってのあるあるだって。」
アルトパートのパートリーダーである田端がボソッと言った。
これは、一筋縄ではいかないようだな…。
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