報告8 スランプを克服させる指導法
【1】
私はその生徒に心当たりがあった。「君は確か、大塚さんだよね。」
名前までは覚えていなかったが、彼女は大塚という名字のクラスメイトだった。私が転校するまでは、学年一位の成績だったらしい。そんな彼女が、放課後になって私に声をかけてきたのだ。
「私の悩み聞いてもらっていいかな?」
「突然どうした?」
私は聞き返したが、大塚の悩みは大体想像できた。彼女は続けて話した。
「最近、勉強しても成績が上がらなくて嫌になっちゃったんだ。スランプってやつ?北沢くんにもテスト負けたし…。ねえ。一体どうやったらそんなに点数取れるの?」
「なんで俺に聞くんだ?」
「北沢くん、上野くんに英語教えてたんでしょ。あんなに英語が出来なかった上野くんが出来るようになったんだから、北沢くんに聞けば、私も成績上がるかなと思って。」
上野に勉強を教えていたことを知っていたのか…。私は大塚に尋ねた。
「ちなみにその話、他のクラスの人知ってる?」
「うん。みんな知ってるよ。上野くんが言いふらしていたから。」
あぁぁぁぁぁ!!!!口止めしてなかったぁぁぁぁぁ!!!!心の中で私は叫んだのだった。
しかし、どうしたものか。また、水上や上野のように干渉し過ぎにならないだろうか。いや、彼女の場合、勉強方法をアドバイスすれば良いだけだろう。私は彼女に勉強方法のアドバイスをすることに決めた。
【2】
「それじゃ、少し質問する。成績が上がらないのは、学校のテスト以外のものもか?例えば模試とか。」
「うん。」
「今まで出来たところもできなくなったか?」
「いやそれは、ないかな…。」
「分かった。それはたぶん、スランプじゃなくてプラトーだな。」
「プラトー?」
「ああ。スランプってのは、今までできたものもできなくなること。プラトーは、新しいことができなくなって学習が停滞することを言うんだ。その対処法ってのも簡単で、得意な分野、理解している分野をもう一度復習することだ。」
「え?復習!?でもそれじゃ、いつまでも、新しい分野を理解できない気がするんだけど。」
「今は、新しい分野を学ぶ事に対してモチベーションが下がってる。だから、出来る分野を復習して自信を付けるんだ。特に悩んでいるならなおさらだ。もちろん復習は、新しいことを学ぶための土台作りになるから決して遠回りにはならない。」
「そういうものかな〜?」
「このことは、行動心理学に基づいた理論に沿った対処法だから、間違いはないと思うぞ。それから、もう一つモチベーションを上げるために学習環境を変えてみることも一つの手だな。勉強は自分の部屋でしてるのか?」
「うん。そうだよ。」
「勉強机も工夫しないと、集中できない環境を作ることもあるぞ。まず机の上には何がある?」
「えっと、ノートとかテキストが並んでいる本棚でしょ。時間割、塾のプリント、スケジュールの書いてあるカレンダー、写真ぐらいかな。勉強に必要なものがすぐに取り出せるように工夫してるよ。」
「そうか、自分なりに考えて工夫してるみたいだな。それ、改善すればもっと快適に勉強出来るぞ。」
「え!?これダメなの!?」
「それじゃ次に、勉強しやすい環境について説明しよう。」
【3】
「まず、勉強しやすい環境について話す前に、集中することについて説明するぞ。」
「集中?」
「そう。人間は集中が持続する時間に制限があって、その消耗を抑えることで集中した状態が持続しやすいだ。」
「消耗って脳が疲れちゃうとかそういうこと?」
「みんな勘違いしているんだが、脳という器官は疲労を感じないんだ。でも実際勉強すると疲れる。それは、脳ではない別の器官が疲れて、それを脳の疲労だと人が勘違いしているんだ。」
「そうなんだ!で、その器官ってどこなの?」
「それは、眼だ。だから、眼を疲れさせない工夫をすると、疲労を感じにくくなるんだ。例えば、勉強中視界に入る箇所、例えば机の上とかだな。その上に緑のシートを敷いてみたり、机の上にある、目の刺激になるようなものは全て取り除いたりすると効果的面だな。後は休憩のときにスマホを見ないようにすることも手だな。スマホとパソコンは一番目が疲れるから全く休憩にならないんだなこれが。だから、勉強するときは、スマホを机の引き出しに入れて休憩時間中に最低限操作するようにすると良いぞ。」
「う…うん。なんかちょっとわかる気がする。要するに机の上には何も置かないのが正解ってこと?」
「その通り。(察しがいいなこの子)そしてこれにはもう一つ理由があって、人は本やプリント、写真などあらゆる物が視界に入っただけで、脳が処理をして、少しづつ集中力を消耗させていくんだ。それを防止する事にも繋がるんだ。
あと、これはおまけだけど、集中が切れたら、コーヒーやナッツなんかを摂って、15分から30分程度の仮眠を取るといいぞ。この短い仮眠のことをパワーナップって言って、ネットとかで調べれば方法が載ってるぞ。」
いけない。つい、話し過ぎてしまった。大塚をさすがに鳩が豆鉄砲をくらったかのような表情をしていたが、少し間を開け私に礼を言ってきた。
「ありがとう。想像を遥かに超えてた。上野くんも成績上がるはずだよ。北沢くん。本当に中学生なの?今の話って、塾の先生とかに教わったの?」
「いや、本とかに書いてあった。(行動心理学とか認知心理学の論文とか専門書だけどな)」
「ねえ。北沢くん。もし勉強で分からないことがあったら、教えてもらってもいいかな?」
「いや、今回はたまたまテストの調子が良かっただけだ。大塚の方が俺より出来ると思うよ。」
私は遠回しに断った。内心は、教えたかったが、これ以上干渉するのは、いかがなものかと思ったからだ。この立場でこれ以上干渉したら、先生たちも違和感を感じ始めるだろう。もしかしたら、先生たちを頼らず私を頼るようになってしまうかもしれない。そんな事になったら、先生たちの組織はおかしくなる。それは私のモットーに反する。それだけは避けなければ。教師に大切なのは「コミュニケーションとコラボレーション」だ。私の勝手な善意で組織を壊すわけにはいかない。
「じゃ、俺帰るわ。」
私は逃げるように教室を出た。教室を出てすぐの廊下で飛田とすれ違ったが、そのときは教室での会話を聞かれていたとは気付いていなかった…。
その日の夜、私はある夢を見た。