報告70 北野についての調査記録
【1】
思わぬ味方が出来たことで、掲示物の張り替え作業(冷静に考えればただの嫌がらせ)はあっという間に終わった。最後に私は、掲示板に昨日作ったプリントを掲示した。水上は、そのプリントを見て私に尋ねてきた。
「北沢?このプリント何?」
私は、振り向き答えた。
「これは、学級通信だ。うちのクラスにだけなかったから、勝手に作った。」
「北沢くん、そんなものも作ってたの?どこにそんな時間があるの?」
大塚は、私にそう言った。慣れてしまえば、こんなもの数分で出来るのだがな。
「勉強ばっかりしてると飽きちゃうからな。今日は、手伝ってくれてありがとうな。それよりも、この事はまだ内緒にしててくれ。頼む。」
私は、そう言って3人に念を押した。
【2】
作業を終えてからしばらくして、朝の会が始まった。北野は、教室の様子を見て唖然としている。1日で教室の掲示物の位置がガラリと変わっているのだ、普通に考えたらホラーである。ついに我慢できなくなったのか、彼女は連絡事項そっちのけで全員を問い詰め始めた。
「誰なの!?勝手に掲示物を張り替えたり、連絡黒板を使っている人は!!学校のものでしょ!!勝手なことをするんじゃない!!一体、誰がやってるの!!白状しなさい!!!」
「……………。」
皆、誰も言わない。というか言えない。クラスの生徒の大半が、犯人が私である事には気づいているだろう。しかし、私が実際にその作業をしている場面を目撃したわけでもない、そんな確証のない事は、言えるわけがないのだ。さらに、上野が、北野に言った。
「先生。そもそも、その掲示物を貼り替えている人物と連絡黒板に連絡事項を書いている人物は同一人物なのでしょうか?」
彼は、そう言うとこっちを見てガッツポーズして来た。普段であれば、こんな発言は意味がない。だが、混乱気味の北野には効果絶大だったようだ。彼女は、さらにパニックになっていった。その時だった。飛田が教室に入って来た。
「おや?これは失礼しました。」
今日の一限は、飛田の数学の授業だった。気がつけば、一限開始のチャイムはとっくに鳴っていた。北野は、その事に気がつき、仕方なくその場を去って行った。
【3】
その日の夜、私は珍しく飛田に誘われて夕食を摂っていた。北野の行動をまとめたものを彼に渡す予定だったのだ。飛田はそのデータを受け取ると、私に言った。
「これが、そのデータですか。ありがとうございます。ところで北沢さん。今、あなたはクラスの掲示を貼り替えたりとかしてますよね?あれの意図を聞かせてくれますか?」
「意図…ですか?」
「あなたは前に言いましたね。彼女の担任としての業務を奪うと、そうすれば勝手に自滅すると言いました。ですが、私には奴が自滅する様子がどうも想像できません。あなたは、一体何を思い描いているのですか?」
「私は、大崎くんから、去年何があったのかを聞きました。彼ともだいぶ親しくなりましたからね。」
私は、事前に大崎から、去年何があったのかを聞いていた。今まで学校の先生には黙っていたらしいが、私には話してくれたのだ。飛田は、私に質問した。
「そうですか…。もしかしてそれは、私が把握できていない事ですか?」
私は答える。
「はい。本人が今までずっと黙っていた事案になります。ちなみにこの件は、先程渡したデータにも入れてあります。確証が欲しい場合は、大崎くんに聞き取りをして下さい。彼は、入学してすぐに学級委員になったそうですね。」
「ええ。元気で活発な生徒でした。彼、バドミントン部でね。一年の頃はよく頑張っていたよ。当時は、部内で一番強かったですね。」
「ええ。ですが、ある日、北野と意見が対立します。そこから、彼の様子がおかしくなります。忘れ物や無くし物が急に増えたようです。それから教科書の落書きも目立つようになりました。その事を担任によく咎められていたそうです。でも、彼は誰にも言わずに黙ってしまった。疑心暗鬼になっていたんでしょうね。」
「もしかして、あの女…。」
「流石にそこまで馬鹿じゃないです。実行犯はクラスの生徒です。ですが、そう仕向けている可能性は高いでしょうね。そして、私の見立てでは、彼女の手足になっている生徒がクラスの中に紛れています。きっとその子は、私のことを警戒しているでしょうね。さて、飛田先生。この後、どうなると思いますか?」
飛田は曇った表情で言った。
「北沢さん。あなた、もしかして…。」
飛田がそう言おうとしたその時、私は彼の発言を遮って言った。
「大丈夫です。何かあれば報告しますよ。」
飛田は、私の目を見て、言おうとしていた事を深く飲み込んだあと、私に言った。
「……わかりました。そこまで言うのであれば、止めるつもりはありません。」
「助かります。ところで、飛田先生。オムライス好きなんですか?この間も食べてましたよね?」
私は、テーブルに置かれているオムライスを見ながら聞いた。
「ええ。子どもの頃からの大好物でして。」
飛田は、そう言った。だが、そう言ってる割には、半分ほど残しているのが気掛かりだった。小食なのだろうか。結局、残った半分のオムライスに、彼は手を付けずに店を出たのだった。
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