報告66 中学生に戻った意味
【1】
私は、そのまま学校を飛び出してしまった。北野の言動によってクラスの生徒が傷ついた事はもちろんだったが、それ以上に、亡くなった生徒の事を語った事が一番許せなかった。私が教師になったばかりの頃、私は北野と同じ学年で仕事をしていたが、当時は彼女の異常性に全く気付かなかった。だが、いざ生徒としての立場で接してみると、その異常さは明らかだ。なぜ、あのとき気づけなかったのだろうか。そんな自分にも腹が立っていた。あの時気づいていれば、私や清くんの未来も違ったものになったのかもしれないと言うのに。
その日の夜、私はどうにも食事を摂ることが出来なかった。
もう、あんな人間に関わりたくない
ただそれだけが、私の頭の中にモヤをかけていた。今の私には、彼女から逃げてしまうと言う選択も出来る。学校に通わなくても、私はあまり困らないからだ。だが、クラスの生徒たちはどうだろうか?彼らは教師を選べない。卒業まで我慢しなくてはならない。私だけ、のうのうと逃げてもいいのだろうか?いや、案外私がいなくても上手くやってくれるのかもしれない…。私の頭の中を、さまざまな思いや思慮が巡るが、いずれも無意味なものだった。もしかしたら、少し外をふらつけば、気分も晴れるかもしれない。そう思った私は、自宅を飛び出した。
【2】
自宅を飛び出た私は、特に行く当てもなく、通学路のあたりをうろついていた。日は落ち、立ち並ぶ家からは、料理の匂いや話し声が聞こえる。普段であれば、微笑ましい光景なのだろうが、今の私にとっては見たくない光景だった。私は、住宅街から離れる為、近くの公園へと向かった。
公園の入り口にたどり着くと、私はあたりを見渡しながら中へと入った。住宅街の中にあるためか、夜には人影がほとんどなく、そこだけが別の世界から切り抜かれた空間かのようにさえ感じる。私は、公園の暗闇の中に一つの光と人影を見つけた。私は、光に吸い寄せられる昆虫のように、その人影に向かってゆっくりと近づいた。
「おお、北沢か?何やってるんだ?」
人影の正体は、大崎だった。彼は、スクールに通い始めた今でも、こうして公園でスマホゲームをしている時がある。大崎は、黙って見ている私にさらに話しかける。
「今日、体育祭だったんだろ?」
「ああ…。」
私は、単純な返事しか出来ないでいた。大崎はさらに語りかける。
「せっかくだから、一緒にゲームするか?」
冷静に考えれば、大崎とコミュニケーションが取れる大チャンスだ。本来であれば、ここは彼の話に乗ってやるべきだろう。だが、今の私には、その気力は毛ほどもなかった。
「ごめん、今日はそんな気分じゃないんだ。」
私は、大崎に背を向け、とぼとぼと歩いた。その時だった。大崎は、ベンチから立ち上がり数メートル先に居る私に向かって声を上げた。
「なぁ、北沢…。もし、生まれ変わったとしたら、その人は人生をやり直せると思うか?」
私は、振り返って大崎に言った。
「なんだよそれ?」
大崎はさらに話を続ける。
「俺は、やり直せないと思ってる。問題の根本は解決しないからだ!やり直してもきっと同じ事が繰り返される!俺は、お前のおかげで少しは前向きになれたのかもな!また今度ゲームしような!!」
「ああ。そうさせてもらおう。」
私はそう言って、公園を後にした。彼なりの励ましだったのだろう。私の気も少しは楽になったような気がする。もう少し散歩してみよう。そうすれば気が晴れるかもしれない。私は、散策を再開することにした。そうしてブラブラ街を歩き続けた。いつしか、街を飛び出し隣町に、そして私はある場所に来てしまったことに気がつき、足を止めその建物を見上げていた。
またここに来てしまった…。
そこは、私の苦労の元凶そのものになっている例の神社だった。
【3】
私は、神社の中心で立ち尽くしあたりを眺めてみた。この時間帯では、人通りは少なく照明も暗い。闇に包まれていると言っても言い過ぎでは無いほどだ。私の中学校生活は、この神社から始まった。卒業式という大仕事を終えたあの日、私はこの神社で子どもの姿になってしまった。そして、偶然転入した中学校には、私が新人教師だった頃の先輩が名を変え、私の担任になるだなんて…。おかげで、苦労しっぱなしである。それもこれも、この神様のせいなのだろうか。
そもそも、今更になってなって、過去のことを掘り返してなんの意味があるのだろうか、誰が得をするというのだろうか!私の心は徐々に怒りに支配されているのが分かった。しかし、それを抑えることが出来ない。私は、境内にある賽銭箱の前で、ついに叫んでしまった。
「お前は何がしたいんだ!!俺に何をしろと言うんだ!!!そもそも、こんなことが出来るなら、俺なんかで遊んでる場合じゃないだろ!!!
なんでも出来るんなら、どうして…。どうして!清を助けてやらなかったんだ!!!!」
「……。」
「……北沢くん?」
私は、驚いて後ろを振り返った。そこには、私の様子に驚きキョトンとした顔で佇んでる大塚の姿があった。私は、その姿を見て我に返った。
「大塚さん…。恥ずかしいところを見られてしまったな。」
「ううん。いいの。あんなことがあったんだもん。北沢くんでも怒るよね。」
どうやら、大塚は勘違いをしているようだった。それはそれで好都合だ。私は、世間話をしてその場を切り抜けようと決めた。
「大塚さんは、なんでこんなところに。」
大塚は、私が普段の様子に戻ったことに安心し、言った。
「嫌なことがあったらここに来てお願い事をしに来るんだよ。ここの神社、願いがよく叶うって噂があるんだ。」
願いが叶うかは別として、確かにこの神社には強大な力がある事は事実だろう。そういえば水上も、姉の桜もこの神社のご利益を信じていた事を思い出す。そこで私は、一つ疑問に思った。私は、その疑問を大塚に尋ねることにした。
「そう言えば、水上もご利益があるって言ってたな。でも、この神社ってインターネットとかに、そんな記事全く書かれてないよな。一体、どこの情報なんだ?」
「私は、大崎くんに教えてもらったんだよ。」
「……え?」
「大崎くんが言ってたんだよ。昔!死ぬかもしれないと思ったことがあったんだって。何があったのかは、教えてくれなかったけど、偶然この神社でお願いをしたら、願いが叶ったんだって。」
「大崎くんがそんなこと言ってたのか?」
「うん。そうだよ。」
私は、その事実がどうにも気になり、今までの記憶を辿った。そして私は気がついてしまった。彼の言動の本当の意味が…。
「大塚さん。ごめん、もう行かなきゃ」
それがわかってしまってから、私はいてもたってもいられなくなり、それだけ言い残して神社を飛び出した。私は、ここ最近ずっと自分が子供に戻った理由を考え続けていた。しかしそれは間違いだ。ようやく気づいたのだ。
子どもに戻ったのは、断じて私のためなどではなかった。
私の仮定が正しければ、今までの疑問が全て説明できる。なぜ彼は、たいしたトラブルを起こしていないにもかかわらず、学校へ通えないのか。なぜ、不登校であるにも関わらず学力が高いのか。私は、走りながら、彼の言った事を思い出していた。
「俺は、選ばれたのが自分だけじゃないと思ってずっと生きてきた。お前は、どう思うんだ?」
私が彼と初めて会ったとき、彼はそう言った。当時は、厨二病を拗らせた中学生の発言とばかり思っていた。だが、彼の発言は至って大真面目だったのだ。あの時、気がつかなかった私に説教をしてやりたいものだ。
たのむ!!まだいてくれ。私に話をさせてくれ。私は、わけのわからない力に引っ張られ、ある場所に向かってがむしゃらに走った。
十数分走り続けた私が向かったのは、ある公園だった。私は、その公園のベンチに座っている人影を見つけ、駆け足で近づいた。その人影は、私が来る事を分かっていたかのように、ゆっくりと顔を上げた。私の格好はそれはそれは酷いものだった。運動するには不向きな服装、にもかかわらず長距離を走り続けたために、服はヨレヨレになり汗でぐっしょりと濡れていた。それでも、彼は嫌な顔を一つせず私を見ていた。私は、その彼に自身の解答を伝えた。
「大崎くんに。君は言ったね。選ばれたのは自分だけじゃないって。ずっと、その意味がわからなかった。」
「はい。確かに言いました。ようやく、わかったんですね。先生…。」
彼は、私にそう言った。彼の言葉遣いは普段と全く異なるものに変わっていた。だが、この話し方に私は懐かしさを感じていた。
「君は、白河清くんなんだね?」
大崎は、微笑みながら言った。
「気づくの遅過ぎですよ、北沢先生。」
いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
感想がありましたらお待ちしております。ブックマーク、レビュー、評価等を頂けましたら嬉しいです。よろしくお願いします。




