報告64 教師の持つ第六感について
【1】
私は、1500m走に出場するために、入場門に整列していた。ここでも、他クラスの生徒がざわついている。
「北沢って、4月の時に1500mビリだったよな?何で出場してるんだ?」
他クラスのある生徒は、そう呟いていた。確かに4月の段階で、1500mどころか全ての競技の成績が散々だった事は事実である。だが、彼らは知らない。私の体力不足は単純に大人だった頃の生活習慣によるものであったこと。そして、その課題はすでに解決済みである事に。確か私の自己ベストは、5分程度と言ったところだ。飛び抜けて優れているわけでは無いが、中学生相手であれば、上位に食い込むには十分な成績だ。彼らの度肝を抜いてやろう。
「続いては、男子1500m走です。選手の皆さん頑張って下さい。」
いよいよ入場だ。1500m走は、出場選手が一斉にスタートする。私は周りを見渡し、対戦相手を確認する。やはり何名か手強そうな相手もいる、一位は厳しそうだ。ひとまずは、3位以内を目標に走るとしよう。次にコース全体に目をやった。周囲には応援している生徒や、保護者がひしめいている。その中に見慣れた人物を発見した。弟の永だ。彼はこっちを見て手を振っている。
……本当に観に来るなよ。
私は、弟の視線を無視して、スタートラインに並ぶ。間も無くして、音声が流れる。
位置について…。よーい…。
パーン!!!
雷管の音を合図に、選手が塊となって一斉に走り始める。ちょうど1週走り終えたあたりだろうか、選手の集団が少しづつバラけ始める。そろそろ仕掛けどきだと思った私は、走るペースを一気に上げた。間も無くして周囲が再びざわついた。後半になって私が一位になりそうな勢いだったからである。
「ちょっと待って、北沢早くない?ペースもどんどん上がってるんだけど!?」
「これ、負けるんじゃない!?」
観客席で様子を眺めている他クラスの生徒たちが、騒ぎ始めている。自分のクラスの応援も次第に加熱していった。
結果は、残念ながら2位だったが。想定よりもポイントは稼げた。とりあえずの所は、良しとしておこう。走り終えた私は、改めて観客席を見渡した。自分たちのクラスは、予想以上の結果に喜んでいるようだった。一方で他クラスは、私の結果に驚きを隠せないようだった。
大人の本気を舐めるなよ!
観客席に戻った私を待っていたのは、賞賛のシャワーだった。これで、他クラスとの点差も少しは縮む事だろう。私は、席に着くと得点板に記載されている得点を確認する。現段階では、最下位ではあるが大きく点差が開いているわけではない。私は、クラス全体に言った。
「さあ、ここから先は、こちらが有利になるような選手のオーダーになってる。反撃開始と行こう!」
クラスの士気は一気に高まった。
その後の競技でも、私たちは順調にポイントを稼いでいた。それもそのはずで、後半の競技には、身体能力の高い生徒を固めていたからだ。後は、逃げ切るだけなのである。そうしている間にも、ポイントを稼ぎ続け、気がつけば自分たちのクラスがトップに躍り出ている。そのタイミングで昼休憩となった。
【2】
昼休みになり、私たちは一度教室に戻り昼食を摂ることになっていた。昔は、校庭で保護者と一緒に昼食を摂るのだろうが、最近では様々な家庭事情があることを考え、このようなスタイルでの昼食になったのだ。なんとも世知辛いものである。最も今の私にとっては、ありがたい事ではある。私は、今朝作った弁当をカバンから取り出し、蓋を開けた。上野が私の弁当を見て言った。
「北沢の弁当すごくね?おかずめっちゃあるじゃん!!」
「ああ。朝、早く起きたからな。作りすぎた。」
「え!?お前が作ったの!?」
上野が分かりやすいリアクションでそう言った。最も、私に向かって言っているはずなのに、その目線は私ではなく私の作った卵焼きだったのだが。
「少し食べるか?」
私は上野に言った。彼は、待ってましたと言わんばかりに返事をした。
「いいのか!?」
そう言って、彼は玉子焼きに手をつけ、口の中に放り込んだ。その途端、彼は驚いた顔で言った。
「めっちゃ上手いじゃんこれ!」
上野が喜んでいる様子を見て、大塚と水上も近づいてきた。大塚は私の弁当を見ながら私に言った。
「そう言えば、北沢くん自炊してるんだよね。それにしても、クオリティー高いね。」
一方の水上は、いつもの仏頂面で私に言った。
「ちょっともらってもいい?」
「ああ。構わんが…。」
私がそう言うと、水上は唐揚げを一つ取って頬張った。それと同時に呟いた。
「私のより全然美味しい…。」
私が思っているよりも、ショックな事なのだろうか?私は、水上に聞いた。
「なんだ?今日は自分で弁当作ったのか?」
水上は、コクリと頷いた。私は、さらに質問を重ねた。
「水上が作った唐揚げ、食べてみていいか?」
「いいけど、バカにしたらブツから…。」
水上は、若干恥ずかしそうな様子でそう言った。私は、水上の弁当から唐揚げを一つ取って味見をした。
………これは、想定通りの酷さだ。鶏肉に下味を付けずにそのまま揚げている。中学生ならやりがちな事なのだろうか。まぁ、食えなくはないが…。私は、水上に言った。
「うん。まぁ…いいんじゃないか?…ってイテッ!!バカにしてないだろ!!」
結局、私は水上に叩かれてしまった。私は、水上に言った。
「俺もネット見て作ってるだけだから、調べればおんなじように作れるぞ。」
水上は私に疑いの目を向けながら言った。
「本当?」
私は答える。
「レシピ通りに作るだけで、そこそこなものは出来るもんだぞ。あとは、経験だけだ。それに、水上の作った唐揚げ、生焼けも黒焦げでも無かったからな。後は、材料さえきちんと調べれば、ちゃんとした唐揚げが出来るだろ。」
水上の表情は、少し明るくなった。
【3】
私は昼食を済ませるとすぐに、校庭に向かった。校庭に出るや否や、弟が私に声をかけて来た。
「兄さん、1500m2位なんて、中学生相手にずいぶんすごいじゃん。」
弟は、楽しそうに言った。彼は、いい大人であるにもかかわらず、なぜこんなにも楽しそうなのか。さっぱり分からない。私は、そっけない態度で言った。
「勝って当たり前の勝負だったと思うぞ。そもそも、運動をして分かった事だが、多分身体の発達具合は、高校生ぐらいなんだと思う。」
「そうだよね。もともと、高校の入学が難しいから中学校に入学したんだもんね。」
「というか、学校で兄さんというの止めろよ!何があるか分からないだろ!」
私は、小声で弟に忠告した。弟も「うっかりしていた」と言わんばかりの表情で、「ごめんごめん忘れてた。」と私に言った。私が弟とそのようなやりとりをしていると、飛田がやってきて弟に挨拶をしてきた。
「これはこれは、北沢さん!わざわざ来て頂きありがとうございます!」
弟も飛田に挨拶を返す。
「どうも、いつも兄がお世話になってます。」
飛田は、私を見ながら話を続ける。
「それにしても、北沢さんの采配が随分とうまく行っているみたいですね。順調にポイントを稼いでますね。最後の山場は、クラス全員参加の全員リレーと言った所でしょうか?もしかしてリレーも何か企んでいるのですか?」
私は、意地悪な顔で言った。
「さて、どうでしょうね?」
「楽しみにしていますよ。さて、そろそろ時間です。北沢さん、席の方に移動して下さい。」
「そうですね。失礼します。」
私は、生徒席の方に向かった。その様子を見て飛田は呟いた。
「北沢さんもだいぶ表情も豊かになってきましたね…。ですが、そろそろあの女も何かしでかしそうな、嫌な予感がします。予感で済めば良いのですが…。」
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