報告62 体育祭の裏事情
【1】
始業式が終わり、帰宅した私はソファーに座り深くため息をついた。いつもであれば、夕飯の支度をするのだが、そんな気には全くなれない。今日は出前でもとってしまおう。そう思った私は、スマホを操作しながら、出前の店を探すことにした。しばらく操作をしていると何者からか着信が入った。…飛田からだ。私は、通話をタップし飛田と電話を繋いだ。飛田は電話に出た途端慌てた様子で私に尋ねてきた。
「北沢さん。水上さんから聞きました。学級委員に任命されてしまったと。」
私は、飛田に言った。
「ええ。想定外の出来事ですね。というか、学級委員を誰にしたのか北野先生から報告受けていないのですか?普通、生徒下校させた後に学年の教員で会議(学年会)をして報告するでしょう?」
飛田は、少し困った様子で言った。
「それがね。職員室から北野さんが戻ってきてから、彼女、超不機嫌でね。学年会参加しなかったんだよ。それで!何かあったんじゃないかと思って、水上さんに話を聞いたら案の定だよ。」
飛田のあまりにもあり得ない返答に私は驚いた。
「え!?いくらなんでもメチャクチャじゃないですか!校長案件ですよ。」
「うん。もちろん報告に行くよ。でも、その前にあなたの事が心配で連絡しました。私にできる事が有れば、何でも言ってください。」
私は、色々と考えてみたものの、飛田に出来そうな事は現状何も無かった。仮に飛田の力で、学級委員を別の人間に変えたとしても、結局のところ北野から変に恨まれるだろうし、かえってトラブルになりかねない。私は、飛田に言った。
「ありがたいですが、今のところは特に無いですね。何かあれば相談します。」
「そうですか。何かあったらすぐに言ってください。対応しますので。」
飛田は、そう言って電話を切った。普段なら冗談の一つでも言ってくるのだが、その様子も全くなかった。それだけ必死なのだろう。…久々に酒を飲んでしまおうか。私は、キッチンの隅に追いやった、日本酒の瓶を持ち上げしばらく眺めた。法的には問題ないだろうが…。良いのだろうか。しかし、今の私はその誘惑に負けてしまった。
【2】
次の日、私は頭を抱えながら登校した。日本酒をたった一合飲んだだけなのに見事に二日酔いだ、私はリュックからスポーツドリンクを取り出し一気に飲み干し、再び頭を抱えた。そんなことをしていたものだから、様子を見かねて、水上が私に声をかけてきた。
「北沢、具合悪いの?大丈夫?」
……まさか、二日酔いだなんて言えるはずもない。私は、「すぐ治る」とだけ言った。今日の4時間目には体育の授業がある。運動でもすれば、二日酔いも治るだろう。
間も無くして、北野が教室に入ってきた。私は、学級委員としての最初の仕事がやってきた。
「起立、気をつけ、礼…。」
私の最初の仕事は、授業や学活の号令だった。まさか15年教師をやって自分から号令をかけることになるとは…。私は、北野に睨まれながら席に着いた。
朝の学活で、体育の授業が教室で行われることを、知らされた。クラスの生徒たちは、なぜ教室で行うのか不思議そうにしていたが、私には、見当がついていた。実は、10月に体育祭が行われるのだ。おそらく、その選手決めなのではないだろうか。
それにしても、二学期に体育祭を行うとは本当に珍しい。よく、漫画や小説・ドラマなどでは、秋に体育祭が行われる事が大半であろう。しかし、学校現場では、春に行われる事が多い。なぜならば、二学期に体育祭を行うと、合唱祭や校外学習などの行事とブッキングしてしまうため、忙しくなってしまうのだ。それに、もう一つ大きな理由がある。体育祭を早い時期に行う事で、クラスの生徒同士の人間関係を構築させる事ができるのだ。そのため体育祭は、「スポーツの秋」を思いっきり無視して、春に行われる事が多いのだ。さて、話を戻すとこの学校では、10月に体育祭を行うわけだから、二学期はとても忙しくなる予感がする。私は、学級委員としてのこれからの仕事を考え憂鬱になるばかりだった。
【3】
4時間目の体育は、私の予想していた通り、選手決めの時間になった。私と田端は、黒板の前に立ち、話を進めていた。それにしても、どうにも生徒たちが、乗り気ではない。どうしてだろう。私は、全体的に聞いてみることにした。
「どうした?なんか楽しそうじゃないな。せっかくの行事だってのに。」
私の発言に上野が訳を説明した。
「うちのクラスってさ、運動苦手な奴が多いんだよ。そりゃやる気も出ないだろ。」
私は、その話を聞いて上野に言った。
「なんだ?そんな事なら問題ない。やりようによっては優勝できるぞ。」
クラスの男子が、立ち上がって言った。
「本当にそんな事出来るのか?」
私は、自信満々に言った。
「少し準備は必要だけどな。体育祭で勝率を上げる方法なら間違いなくある。みんな、俺を信じてみないか。」
私のこの言葉に、クラスの生徒たちは半分疑い、半分希望を持ったような目で私に注目した。私は、教室の隅で様子を見ていた、体育教師に言った。
「先生!体育祭のメンバー決め、明日の朝まで待って頂けませんか?」
「ああ。別に構わないよ。」
言ったな…。後悔するなよ。私は、教室に常備されている学年の名簿を何枚か取り出した。
「もし協力してくれるなら、グループをつくってくれ!勝つための準備をしよう!」
私は、いくつかのグループを作らせ学年の名簿を配布した。上野が名簿を受け取ってから私に聞いた。
「北沢?何をする気だ?」
「その名簿に自分たちの部活動と足の速さを書いてくれ。それで全員の身体能力はおおよそ把握できる。次に、他クラスの生徒分も分担して、所属している部活動を書いて行こう。」
「それをやってどうするんだよ?」
上野は私に尋ねる。私は、その問に端的に答えた。
「そのデータさえあれば、大方の勝率を計算できる。」
「へ〜。勝率ね〜……は!!?」
上野は飛び跳ねながら言った。彼のリアクションは、教科書通りのノリツッコミのそれだった。私は、その様子を少し楽しみながらもう少し詳しく説明する。
「割と簡単に出せるし結構当たるぞ。そもそも、中学校のクラス編成は、成績が均等になるように振り分けているだけじゃなくて、体育祭である程度平等になるように考えられて振り分けてるんだよ。だから、工夫次第で結構勝てるものなんだ。そもそも不思議だと思わないか?毎年各クラスに必ずピアノ弾けるヤツが1人はいるよな?それも、偶然なんかじゃなく、先生たちがクラスをうまく編成しているからだ。」
「確かに言われてみれば…。でもさ、全員リレーはどうするの?」
「任せてくれ。それも秘策がある。」
私は、悪い笑顔をしながらそう言ったのだった。
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