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報告60 4章エピローグ 花火が運ぶ夏の終わり

北沢先生の用語解説


爆轟とは

強い衝撃波を伴う、燃焼のこと。爆発よりも早く伝搬し、その衝撃の度合いも大きい場合が多い。


一般に、火薬は爆発を起こし、爆薬は爆轟を起こす。


【1】


 ひとしきりプールで遊び終わり、プールの敷地から出たのは夕方の四時ごろになってからだった。プールから出た私たちは、花火を見に行くために電車に乗って目的の場所まで移動していた。目的地に近づくに連れ、次第に乗車する人の数も増え、私たちの乗っている電車は満員電車と化していた。私は、教員時代の電車通勤を思い出しながら外を眺めていた。気がつくと、上野も大塚も高田も水上も、人の壁に遮られ姿が見えなくなっていた。この人口密度だ、仕方がないだろう。


 私が再び窓の外を眺めようとすると、私が見えなくなった事をいいことに、上野と高田が私と水上の事を話している。私は、どうにも気になってしまい、彼らに耳を傾けた。


「北沢と水上いい感じだったよな?」


上野がそう言った。それに対して高田が上野に言った。


「でも、陰から見てたの、全部北沢にバレてたな。おかげで仕返しされたし。」


「ホントそれな!!おかげで皮膚がヒリヒリする!」


どうやら、私が仕掛けたトラップは、思いのほか効果抜群だったようだ。高田が上野に合わせるように言った。


「実は、俺もそうなんだよ。ま、楽しませてもらったから別にいいけどな。」


「そう言えばさ、高田。北沢には、あれ言ったのかよ。」


………何だ?あれとは…。私はもしかして、聞いてはいけない事を聞いてしまったのか?


「いや、あんなに水上と仲良くしてたらさ、言うすきが無いって。そんな事より、あいつら見てた方が面白いだろ。」


私は、上野の言った〝あれ〟が気にはなったものの、確かめる術はなく諦めるしか無い。特段、興味があったわけでも無かったので、特に高田を問い詰めることもなく電車を降りた。



【2】


 駅を出た私たちは、水上を先頭にして近くの河川敷に向かって歩き始めた。すでに多くの人が、花火を見るために移動を始めている。少しでも気を抜けば、仲間とはぐれてしまいそうだ。


「だいぶ、涼しくなって来たね。」


水上がスマートフォンを操作しながらそう言った。確かに日が沈みかけ、屋台の灯りが河川敷までの道を、橙色とうしょくに照らし、夏夜を彩っている。その様子を眺めながら、堤防の階段を駆け上がった。


「…おお。」


 堤防の頂上にたどり着くと、私は思わず声を漏らした。河原は、場所取りのためのビニールシートが敷き詰められている。堤防を降りてすぐの道には、屋台がトンネルのナトリウムランプの如く、一列に並んでいる。私が声を漏らしたのは、人の多さから来る驚きなどではなく。はるか昔に見た光景を、もう一度見れたことへの感動だった。その様子を眺めながら河原に向かって降りて行くと、こちらに向かって手を振っている人物を見つけた。先頭を歩く水上もそれを見つけて手を振り近づく。そこには、先に場所取りをしていた、水上の姉、桜の姿があった。(お前もいるのかよ。)どうやら、今日のために場所取りをしてくれたらしい。私たちは、ビニールシートに座りひと息ついた。


 ビニールシートに座りながら、花火の開始を待っていると、桜がボソッと私に話しかけて来た。


「先生、どうでしたか?中学生とのプールは?」


私は、少しビクッとしたが、(この子は何て事を聞くんだ!)動揺を隠そうと、できる限り淡々と答える。


「水着姿を見ることが無いですからね。正直かなりの罪悪感がありましたよ。」


「ふーん。先生って大変ですね。」


桜は、意地悪そうな顔でそう言い、今度は大きな声で、妹に声をかけた。


「ねえ、千歳!牛タンの串焼き買って来てよ!!」


「え!?私が行くの!?」


水上は、初めは嫌がったものの、桜の不自然な目線を見て察したようだ。素直に桜の指示に従った。


「分かったよ…。じゃ、買ってくる。」


水上は、そう言って立ち上がったが、すぐに目線を斜め下に向けて言った。


「北沢、手伝って。」


「は!?俺かよ!!」


桜のやつ…そうなることを知ってて頼んだな。この姉妹は本当に…。私は、半ば強引に連れて行かれてしまった。



【3】


 水上と一緒に桜の使いを頼まれた私は、河原を一緒に歩きながら目的の屋台を探していた。牛タンの串焼きは、屋台の定番メニューとまでは行かないが、そこそこ売られているメニューではある。すぐに見つかると、私はたかを括って辺りを見渡した……。


     見当たらないのだが………。


 私は、焼き鳥でも買って戻ろうと水上に提案したのだが、彼女はスマホの画面を私に見せながら言った。


「姉ちゃんから、連絡きた。ここにあるんだって。」


 そこには、目的の屋台までの地図が映っていた。そこそこの距離があるが間に合うのだろうか。私たちは、できる限り早足で移動することにした。しかし、この人混みだ、屋台にたどり着くのに十数分の時間を要してしまった。


 屋台にたどり着き、なんとか買い物を済ませたところで、水上がスマートフォンを再び私に見せて言った。


「なんか、姉ちゃんから、連絡きた。牛タン串焼き、いらないから2人で食べてだって。」


「はい!?お使いに来た意味!」


私がそう言った瞬間だった。


     ヒュー……。 ドォーン!!


 一発目の花火が打ち上がった。やはり時間に間に合わなかったようだ。唖然としている私に水上が言った。


「ねえねえ。あそこ、座れそうだから。座ってみようよ。」


 そう言って、水上は四角いコンクリートの塊を指さした。座るには、いかにも都合のいい場所だ…。もしかして、桜のやつここまで計算していたのだろうか?ともかく私は、その場所に座り一緒に花火を見ることにしたのだ。


 私たちは、何も言葉を交わさずに、ただただ花火を眺めていた。私にとって、花火は爆発と炎色反応を起こすただの化学反応物でしかないはずだった。しかし、今、打ち上げられている花火たちは、私に別の化学反応をもたらしていた。


 別に花火の美しさや壮大さに心が打たれたわけではない。花火を生で見たことが、本当に久しぶりであると言う事実が、花火の放つ爆轟ばくごうのように私の心に響いたのだ。私は、教師になってから15年、一度も花火大会に行ったことが無かった。その理由は、単に行く時間が無かったのだ。部活動やら、夏期講習やら、教師をしている以上、そのようなイベントに参加できる物理的な猶予は皆無だった。


 だから、すっかり忘れていたのだ。花火がこんなにも強い光を放つこと、爆轟が全身を突き抜け体を震わせること、子どもの頃それらに衝撃を覚え、感動したことに。私は、大人になり何かを見失ってしまったのだろうか?いや、教師になったばかりの頃には、持っていたはずだ。


 人が持っている、感動する心というやつを…。


 私は、私立の教師になってから、ただただ生徒の偏差値を上げるため、社会で通じる力を身に付けさせるため、そして何より…


 学校の利益を数字を上げるために、一心不乱に働いた!


 おかげで、今の自分がいる。こうして、中学生の姿になっても、弟と共にスクールを運営して、淡々と生徒の成績を上げている。だが、気がついてしまった。結果を出しているはずなのに、積み上げているはずなのに、ちっとも満足できやしない!


 私は、今まで何がしたかったのだ!?何のために教師をしていたのだ!?私は…何を失ってしまったのだろうか……。



「え…北沢?どうしたの?」


 水上のその言葉に、私はふと我に帰った。そして私は、知らぬ間に涙を流していることに気がついた。全く自覚などなかったが、涙を流すなど例の事件以来かも知れない。自分の中で、失った何が少しだけ、戻って来た瞬間だった。私は、涙を拭って水上に言った。


「ん…?何だこれ?花火なんてずいぶん久しぶりにみたからな。もしかしたら、強い光に弱いのかもな。」


「出たよ。変な言い訳して。」


水上は、笑いながらそう言った。水上は、しばらく私を見つめた後、再び口を開いた。


「実はね。今日、みんなで遊びに行く話になったのって、最近、北沢の元気がなかったからなんだよ。」


 何と言うことだ。確かに、飛田から清くんの話を聞いた後の精神的なダメージは大きかったと言える。それでも、淡々とスクールの業務をこなしているつもりだった。しかし、中学生でも分かってしまうくらい、元気が無くなっていたとは、全く自覚が無かった。私は、水上に確認する。


「え?そうなのか?そんなに、元気がないように見えたのか?」


「うん。みんな言ってたよ。あいつ学校来れなくなるんじゃね?とか…。だから少しでも元気になってもらおうと思ってさ。」


 私は、この子達にまで気を使わせてしまったのか。私は、水上に言った。


「そうか…それは心配をかけたな。情けない話だ…。」


 水上は、私に言った。


「別に情けなくないんじゃない?私たちまだ、中学生だし。みんなを頼ったり、助けてもらうのは当たり前の事だと思うよ。」


 私は、彼女のその言葉に面食らってしまった。そうだよな…。どうして、そんな当たり前に気づかない、いや目を逸らしていたのだろうか。私の完敗だ。私は、彼女に敗北宣言をした。


「そうだな。お前の言う通りだよ。一本取られたな。」


おそらく、今まで見せた事のない表情と台詞だったのだろう。水上は笑顔で私に言った。


「へー。北沢もそんな顔するんだ。」


水上は、話を続ける。


「最初、北沢にあった時はさ。何でもできるけど、感情の全くない機械みたいなやつって思ってた。でも、高いところが苦手だったり、イタズラ好きだったり、人間臭い所もあるんだなって。実は面白いやつなんだなって最近気づいた。」


「面白いってなんだよwww」


「だから…その……。」


「………………。」


 水上は、黙ってしまった。その右手は、何かを言いたそうに震えている。今、彼女は私に何かを言おうとしている。だが、それを言う勇気が無い。だが、私には彼女の言葉に答える権利が果たしてあるのだろうか。私は、水上に何もしてあげることができなかった。その事実とは裏腹に…



私は、彼女に抱いてはいけない好意を抱きつつあった。



 私の夏休みは、その後あっという間に過ぎ去り、二学期を迎えるのだった。



 

いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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