報告57 飛田の過去の業務記録
北沢先生からの補足
この話は、物語の核心となる回です。今までの伏線の回収などもありますので、まだ過去の話を読んでいない方は読む事をオススメします。
時間のない方のために、物語の伏線になっている話を記載しておきます。よろしければ、読んでいただけると嬉しいです。
報告9 不適切な試薬の希釈を行ったことに関する始末書
報告10 駆け出しの頃(初任者の業務記録)
報告14 修学旅行前夜における生徒の行動について
報告23 恋愛の教育的な意義について
報告50 3章エピローグ:伏線についての考察
【1】
次の日の朝、私は久々に学校に来ていた。いつもの面談室でいつものように飛田と向き合う。しかし、その飛田の様子は、いつになく真剣なように感じた。飛田が重い口を開いた。
「北沢さん…。今から、私の知っている事をお話ししますが、心の準備は出来ていますか?」
「はい…。」
そうは言ったものの、本当は準備などあまり出来ていない。それでも、このまま話を先延ばしにされても困る。私は、飛田の話を聞くことにした。
「分かりました。では、まず私の昔話をさせて下さい…。」
【2】
今から、10年以上も前の話です。私は、とある学校で学年主任を務めることになりました。もう年齢も40代後半でしたし、当たり前っちゃ当たり前ですが…。学年が、2クラスしかない小さい学校でね、学年には、担任の先生二人と私の3人で仕事をしていました。一人は、当時30代くらいの女性の先生、もう一人は、教師になってまだ2年目の男の子でした。とにかく、人数が少ないから仕事が多くてね…。あれは、しんどかった。
話を戻しましょう。私は、そのメンバーで新入生を迎え入れることになりました。そして、6月の後半に入り、林間学校の準備が始まった辺りからでしょうか、最初の問題が起こりました。
二人の担任うちの女性の方の先生が、もう一方の先生に、職員室で激怒していたのです。どうやら、林間学校のしおりの印刷のことで、揉めていたみたいでした。私が、仲裁に入ったのですが…。それからというもの、その先生は、完全に私を敵視してしまい、学年の統制が取れなくなってしまったんです。
問題は、まだまだ続きました。夏休みが明けてから、女性の先生が、担当していたクラスから不登校の生徒が出てきました。その子は、私が部活動で見ていた子でね、とても元気で明るい正義感の強い子でした。ですから、その子が学校に来なくなったことが、不思議でたまりませんでした。もちろん、その子とご家族、担任、私の四人で面談する事を、その女性の先生に提案しました。ですが、彼女は私の提案を突っぱねて、「私に一任して下さい!」の一点張りです。もう、どうにもなりませんでした。
私は、どうすることもできなくなり、管理職の先生に相談しましたが、すでに手を打たれていましたね。その女性の先生が、私の事を有る事、無い事話していたようです。そしてついには、私の学年で担任をしていた男性の先生も退職することになりました。例の女性の担任との人間関係が原因です。それが、トドメになったのでしょう。私も、その年に別の学校に移ることになったんです。
確かに、私にも力が無かったのかもしれない。もっと、しっかりしていれば学年の統制が取れたのかもしれない。反省できるところは、反省して次の学校で、一から出直そう!前向きな気持ちを抱きながら、そう決心したんです。
しかし、その決心を打ち砕くような事件が起こってしまったのです…。それは、別の学校に異動して、しばらく数ヶ月経ってからの事でした。前の学校の校長先生から私に電話があったんです。その内容は…
去年、私の学年で不登校だった生徒の訃報でした。
私は前の学校に行き、その経緯を聞いて本当に、後悔しました。もっとしっかりしていれば、あの担任にきちんと指示をして、正しく対応していれば…。でもあの子は帰ってくる事はありません…。
【3】
飛田の話は、一旦そこで終わった。それにしても、私には、ただ昔話をされたようにしか思えなかった。一体今の話が、私と何の関係があると言うのか?そう思いながら、飛田を見ると、私の思っていることなど分かっているかのような様子で、彼は私に言った。
「北沢さん。この話には、まだ続きがあります。私が話したその学年ですが、当然、私と担任が抜けたので、代わりの先生が異動してきたわけです。一人は、他の学校で学年主任を勤めていたベテランの先生。この先生は、学年主任として私の学年を引き継いでくれました。
そしてもう一人、新任の先生が担任としてクラスを持ってくれることになったんです。その先生の名前が…。」
「北沢明…。あなたの事です!!」
「そして、亡くなった生徒の名前ですが、あなたも知ってますよね。白河清くんです。」
私はようやく、飛田が何者なのかを理解できた。どおりで、私の事を知っているはずだ。頭の中で、私が納得していると、飛田は、さらに話を続けた。
「本当はね、あなたが北沢明であると確信したのは、あなたが清くんの命日にお墓参りをしていた事です。あの時、私も彼のお墓参りを済ませた、帰りだったんです。北沢さん。これで少しは、私に対する疑問は解消されたでしょうか?」
「ええ。私が、中学生の姿になってしまった事も、もしかしたら運命かもしれない…。あなたは、そう仰いましたね。今ならその言葉も、わかる気がします。」
「あなたの事も当時、校長先生から聞きました。清くんの一件で精神的に参ってしまったと…。私が後悔している事は、清くん命という取り返しのつかないものを失ってしまった事、そして、その責を北沢さんに背負わせてしまった事です。」
「本当に申し訳なかった!!」
飛田は、私に再び頭を下げた。そして、さらに話を続けた。
「そして、修学旅行であなたとお話ししたとき、私はあなたにこの話することを決心していました。そして、もう一つあなたに伝えたい事があります。」
「私に伝えたいこと…ですか?」
私はそう言ったが、彼の言いたい事は、大方予想がついていた。今思えばあの時、私の顔はかなり引きつっていた気がする。飛田が私に伝えたい事それは、私の予想通りで出来れば聞きたくは無かった内容だった。
「北沢さんに伝えたいこととは…清くんの死の真相とその後の出来事についてです…。」
私の顔は、完全に凍り付いていた。
【4】
「清くんの死の真相」飛田は、確かにそう言った。当時は、まだ詳しい状況も知らずに退職をしてしまったし、その事を受け入れる事も出来なかった。それから、15年経った今にまさかこんな形で、知る事になるとは思っても居なかった。それにしても、私の知らない真相でもあると言うのだろうか?私は、飛田の話の続きにとりあえず耳を傾けることにした。
「まず、清くんのご家族がどうなったかは、ご存知ですか?」
「はい、知っています。自ら命を…。」
「そうですね。不登校になってしまった息子に絶望して、ノイローゼになってしまった母親が実の息子を…。そしてそのあと自ら…。そして、そのノイローゼになってしまった原因として、こまめに連絡を取り合っていたあなたが、母親に執拗なプレッシャーを与えてしまった。と言うことになっています。でも、実際はそうなのでしょうか?」
私は、飛田のその言葉に驚きを隠せなかった。私はどうやら、当事者でありながら、あの事件について知らない事がいくつもあるようだ。私は、飛田に慌てて聞き返した。
「確かに私は、母親と連絡を取る事もありましたが、そんなプレッシャーをかけるほど、連絡を取った覚えは無いのですが?」
飛田は、私の質問に答えた。
「やっぱりそうか…。あの女…。」
飛田はそう呟いた…。飛田の目には、珍しく怒りの念が込められていた。ここまで怒っている彼を見るのは初めてかもしれない。彼は、私に話を続けた。
「清くんの家庭の通話記録には、学校からの電話が毎日記録されていました。そして、その電話をした人物は、あなたではなく、あなたの隣にいた例の女性の担任です。あなたの、かつての先輩です。その事は知っていましたか?」
「いえ…全く知りませんでした。彼女は私に「勝手すぎるんだよ!」と普段から激怒するので、清くんとの連絡も慎重に行う様にしていたのですが…。」
「実はね、彼女は前の年の清くんの担任だったんだよ。私が、彼女に任せるのは危険だと思って、最後に清くんから引き離したんだ。それを、彼女はよく思っていなかったんだね。北沢さんが清くんと連絡を取る様になってから、清くんの様子が一度、少しづつ良くなって来たよね?その時からだよ、彼女が清くんの家庭に勝手に連絡し出したのは。あなたが、すんなり解決しそうだったから、面白くなかったのかもしれない。
その事実が、明るみになったのは、あなたが学校を退職してからの事です。その時の学年主任から聞きました。彼女は「北沢先生に頼まれてやった」の一点張りだったと。ですが、あなたのその様子を見るとそうでは、無さそうですね。」
飛田の話を聞いているうちに、少しめまいがして来た。私は、清くんのために必死になっていた。しかし、そんな大事なことに気づかなかったなんて。そんな後悔の念と過去のトラウマが、同時に私に襲いかかった。飛田はその様子を見て言った。
「北沢さん。大丈夫ですか?話の続きは、少し落ち着いてからでも、なんなら中断しても構いません。」
「いえ!続けて下さい!!」
私は、自分を奮い立たせるかの様に、大きな声で言った。飛田は、私の身を案じながら話を続けた。
「結局、最大の原因を作った彼女だけが、無事に今も教師を続けています。私は、チャンスがあるのなら彼女を止めなくてはならない!そう思いました。
そして、それ以上に北沢さん。あなたがもし、まだあの事件で苦しんでいるのなら、救ってあげたい。あなたの話は聞いていました、笑顔で生徒のために突っ走るエネルギッシュな先生だったと。せめて、あなたが、その時に見るはずだった、体験するはずだった、感動するはずだった場面を作ってあげようと!
そう思い、あなたにいろんな話をこれまで持ちかけて来たわけです。言ってしまえば、私の勝手なお節介です。」
私は、フラフラになりながら言った。
「お節介ですか…。まぁ、私はそれなりに楽しめたので、構いませんがね。
それよりも、せっかく私立の教員の仕事が板について来たと言うのに、中学生に戻されて、おまけに過去のそれも最も辛い過去と向き合わせて…。神様ってやつが居るならば、そいつは私が嫌いなのでしょう。説教してやりたいくらいです。
最後に、もう一つ、聞きたい事があります。」
「何でしょう?」
あの名前は、10年以上口にしてない。口にしたくなかった、気にも止めたくなかった。彼女の事を考えたくは無かった。しかし、どうしても聞かずにはいられなかった。私は、飛田に彼女の事を聞いた。
「先輩は…。高幡先生は、その後どうなったのですか?」
飛田は私の質問に答えた。
「高幡は、結婚して苗字が変わり、別の名前で教師として働いています。なぜ、北沢さんは今になって過去のトラウマが復活したか、わかりますか?」
「ま…まさか…。」
「今この学校であなたのクラスの担任をしている北野が、私とあなたを苦しめた高幡その人です!」
そう言うことか。どおりで、先輩に似ていたはずだ。私は、飛田のその言葉を聞いた瞬間に、今までの出来事が何度も頭の中で駆け巡った。次第に平衡感覚も失っていく…。
「北沢さん!北沢さん…。」
私は、目の前が真っ暗になった。
いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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