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報告55 精神疾患と行動療法

【1】


 スクールの夏期講習も軌道に乗り、落ち着いてきたある日、私は京都駅に来ていた。まさか、こんなにも早く、またここに来る事になるとは。私は、スマホを取り出し目的地を確認した。ここから、しばらく歩く必要がありそうだ。もっとも、最近塾で缶詰め状態であったし、運動不足の身体にはちょうどいい薬だ。私は、辺りを見渡しながら、目的地に向かって歩く事にした。


 歩きながら見える景色が、先日の修学旅行で歩いた景色と重なる。修学旅行は、つい先日のことだったのだが、遥か昔のことのように感じた。それほど、これまでの出来事が私にとって負荷のかかったものだったのだろうか。そんな事を考えながら、私は目的地に着いた。そこは、なかなかの大きさの病院である。


 中に入ると、内装も綺麗で明るいロビーが広がっている。私は、受付で飛田からもらった紹介状を手渡した。

高尾たかお先生の患者さんですね。それでは、しばらくお待ちください。」

私は、病院の椅子に腰掛け呼ばれるのを待った。間も無くして、部屋へと案内された。そこは心療内科の診察室、今からカウンセリングを受ける事になる。私が部屋の中に入ると、白衣を着た初老の男性が挨拶をしてきた。


「はじめまして、高尾たかおと言います。北沢さんですね。どうぞおかけ下さい。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


私は挨拶をすると、椅子に腰掛けた。


「飛田さんから話は伺っております。にわかには信じられませんが…。」


どうやら、私の事情を全て把握しているようだった。私は、中学生のフリをすることなく、大人として彼に応対した。


「そうですね。私の事を信じることは、難しいと思います。ただ、今日の診察でお話しする事に偽りはありませんので、安心してください。」


 その後、私はその担当医に話せる事を、できる限り話した。中学生の姿になってから今まで何をして来たか、そして教師だった頃に何をして来たのかを洗いざらい全てだ。その話を終え、高尾からいくつかの質問を受けた。全ての診察が終わった後に、高尾は私に告げた。


「PTSDの症状が見られます。トラウマになっている要因は、あなたが初めて教員になった頃の出来事やその時の人間関係が原因でしょう。それが、今になってフラッシュバックしたのだと思います。」


そんなことは、分かっている。私は一番知りたいことを、彼に質問する。


「そのフラッシュバックの原因は、何でしょうか?」


私の質問に対して、高尾の返事は、あまりにもつまらないものだった。


「それは、あなたがトラウマを抱いた頃と環境が似ているからでしょう。」


「それで、今後はどのような治療を…。」


「はい、症状が悪化するようならば、抗不安剤を処方しますが、基本的には、暴露療法を行います。」


私は、この治療法に心当たりがあった。私は、彼にこう言った。


「暴露療法ですか、つまり行動療法って事ですね。」


「おや?知っていましたか、さすがです。要するに、そのトラウマに対峙してもらいます。飛田さんには連絡しておきます。あなたなら、飛田さんの知る真実を知っても乗り越えられるでしょう。ただ、もし辛くなったら必ず診察に来て下さい。」


ともかく、これで飛田から話を聞くことができそうだ。私は、軽く会釈をして診察室を後にした。



【2】


 診察の帰りに、私は少し寄り道をする事にした。私が立ち寄ったのは、前にも来た大学の研究室だ。私が、その部屋に入ると明るい声が聞こえて来た。


「北沢、2ヶ月ぶりだな!今日はどうした!?」


 声の主は、澁谷だった。澁谷は、一息つくと学生たちに言ってから、私を奥の部屋へと案内した。私はそこで、修学旅行が終わってから今までで起こったことを澁谷に話した。澁谷は、コーヒーを片手に私の話に聞き入っていた。私が話し終わると、彼はコーヒーをテーブルに置き言った。


「そうか…そんな事があったのか。前にお前が、仕事辞めたときだっけ?俺は、まだ大学院生だったからな一緖に旅行に行ったっけな!また行くか!!」


澁谷は、笑いながらそう言った。彼は、昔から明るいやつだった。実際のところ、彼の笑顔に救われたことが何度かある。本当にありがたい友人だ。私は、彼に礼を言う。


「ありがとう、気持ちは嬉しいが今の私には、やるべき事がある。」


「…それにしても、その飛田先生って人は、一体何を知ってるっていうんだろうな!?」


彼は、腕を組みながら天井を見上げながら私に言った。


「気になるところではあるが、時期にわかる事だ。また、愚痴を言いたくなったら話に来るさ。」


「そうか、私はいつでも構わんぞ!そうだな、お前が中学校を卒業したら記念に旅行にでも行くか!?」


「そうだな、それも良いかもしれないな。」


 澁谷は、私が大学生の頃からの付き合いだ。気がつけば、そのような人物は彼だけだった。私は、こういう時に気兼ねなく話せる友人がいることの素晴らしさを改めて感じていた。



【3】


 大学での寄り道を済ませた私は、弟に電話をかけ、今日の診察の内容を伝えた。


「兄さんお疲れ様。それじゃ、今日中に東京に戻ってくるんだね。」


「ああ、そうだ。講師の研修資料も間に合いそうだ、後は頼んだぞ。」


「分かったよ兄さん。で、水上先生だけ特別授業でいいんだよね?」


「ああ、私がみっちり教科指導を叩き込んでやる!」


「なんだかんだ、気に入ってるよね。水上さんのこと。」


「そうだな、やっぱり教え子として接する事が出来ると、違うものだな。じゃ、そろそろ切るわ。お土産しこたま買っておく。」


「楽しみにしてるよ。それじゃ。」


私は、電話を切り新幹線に乗り込んだ。




いつも、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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