報告51 夏休み初日の行動記録
前章までのあらすじ
高校教師として働いていた北沢明は、ある日突然、中学生の姿に戻ってしまう。彼は、とある中学校の中学3年生としてクラスメイトの悩みを解決しながら、中学校生活を送っていた。一時は、自分の行動が生徒に負の影響を与えてしまうのではと思い、関わりを絶とうとするが、修学旅行を通して、彼らが自身を友人として接している事に気付かされ、もう一度彼らのために自身の力を奮うことを決意する。
一方、飛田は、北沢の正体に気づき、一緒に生徒を指導しないかと話を持ちかける。北沢は飛田の提案を受け入れ、学校に新しい教材を提案したり、生徒たちが放課後に自由に学習できる、わかばスクールを設置する。
生徒たちの学習支援に力を入れる北沢だったが、そんなとき、とある非行グループと遭遇しその中に、クラスメイトで現在は不登校になってしまっている大崎が居ることに気付く。北沢は、彼がもう一度学校に来れるように接触を試みる。
一方で、些細な事がきっかけで再び北野とトラブルになる北沢。この時から、どういうわけか北野と対峙するたびに、震えが止まらなくなる事に気がつく。そして、飛田は北沢がそうなる事を事前に予見しており、北沢は飛田への疑念を強めることとなった。
北沢先生の用語解説
PTSDとは
正式には、心的外傷後ストレス障害といい、強い精神的なダメージを受けると、時間が経っても、そのときのことを思い出してしまうストレス障害。突然、不安になる、めまいや頭痛、不眠、食欲不振などの症状が見られる事があります。ときには、何年も経ってから症状が現れることも。
【1】
中学生になって4ヶ月弱が経った。短いようで、とても長い一学期を過ごしてきたが、いよいよ夏休みを迎えることになった。夏休み初日、私は飛田から学校の相談室に呼び出された。飛田は先日の面談について質問してきた。
「北野さんから話は、聞いています。本当に辛い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
「いえ。飛田先生のせいではありませんよ。あのレベルは、どんなに優秀な上司であっても、コントロールすることは至難でしょう。気にしないでください。」
私は、そう彼に言った。飛田は申し訳なさそうに私に言った。
「弟さんから、あなたの様子が心配になったとも聞いています。やはり、面談を止めるべきでした。」
「いえ、それはかえって、話をややこしくしてしまうことになっていたと思います。それよりも…。」
私は飛田に、今までに抱いてきた疑問をぶつける事にした。
「あなたは、私の何を知っているのですか?そして、何を隠しているのですか?」
「……………。」
飛田は、私を目を見ながら黙ってしまった。私は、さらに畳み掛けた。
「前に弟から聞きました。探偵を使って私のことを調べたと…。あなたは、何を企んでいるのですか?」
飛田は、重い口をようやく開いた。
「そうでしたか、弟さんに聞きましたか。今まで黙っていたこと、そして不信感を抱かせるようなことをしてしまって、申し訳ない。」
彼は頭を下げながら私に言った。そしてそのまま話を続ける。
「私はね。あなたの事を、ずっと前から知っていたんですよ。」
飛田のその言葉に私は衝撃を覚えた。過去に彼との面識があった覚えは全くない。しかし、この目の前の男は、「ずっと前から知っていた。」そう言っているのだ。私は、頭の中で過去の記憶を洗いざらい拾い集めた…。けれどもその中には、飛田の、との字もなかった。
飛田はまっすぐ前を向きながら私に言った。
「あなたに全てをお話しましょう。ただし、この話をするには、一つ条件があります。」
「条件?なんでしょう?」
「私の知り合いに、精神科医がいます。そのカウンセリングを受けて欲しいのです。」
「それは、どういう意味ですか?」
「PTSD…。この言葉を知らない訳ないですよね。話を聞く限り、今の北沢さんには、その症状が出ています。ですから、少し時間を置いて欲しいのです。」
飛田の条件は、あまりにも意外なものだった…いや、理解が出来ないものだった。しかし、それが私の身を案じての事のように読み取れた。なぜ、彼はそこまでするのだろうか。さっぱり分からない。私は飛田に尋ねた。
「どうして、そこまでするのですか?」
「北沢さん、前に言いましたよね。過去に大きな過ちを犯したと…。
…私もです。つい最近までは、その事から目を背け続けてきました。そんな時、あなたが現れた。私は、あなたの力になりたいのです!」
飛田はそう言った。しかし、彼が言っている事を私は全く理解できなかった。
【2】
飛田との話の後、私はスクールの事務所で弟に今日のことを知らせた。
「そっか。飛田先生、そんなこと言ってきたんだ。で、兄さんどうするんだい?」
「彼の条件は飲むことにしたよ。何回か、カウンセリングを受けることになりそうだ。最初のカウンセリングは、1週間後って言ってたな。」
「分かった。それじゃ、コマを組み替えとくよ。」
「すまないな。」
私は、そう言いながら、時計の近くを確認した。
「そろそろ、時間だな。受付のブースに行ってる。」
私は、弟を一人残して事務室を飛び出した。受付ブースへ向かった。受付ブースでは、ちょうど大塚が入り口から入って来た。大塚は、私に言った。
「北沢くんも、来てたんだ。今日は授業?それともお手伝い?」
「手伝いだ。今日から夏期講習で忙しいからな。」
「そうなんだ。どんなことをするの?」
「別に難しいことはしないさ、生徒に授業するだけだ。」
「え!?講師ってこと!?それって大丈夫なの?」
「このスクールは、生徒が講師を指名する事が出来るし、俺の授業に問題があれば、指名しなければいいだけだから問題ないだろう。もっとも、初回は指名のしようがないから、どうにもならないが。」
「うわー。なんでもありだね…。ところで、私の担当の先生って誰か知ってる?」
「あ?俺だけど。」
「えー!!!??」
「まあ、いいじゃないか。授業がダメなら二度と指名しなければいいんだから。」
「それはそうだけど。」
「今日はもう一人、授業受けるやつがいるぞ。」
「え?だれ?」
「そろそろ来る頃なんだがな…。正直来るか分からんが…。」
私は、腕時計の時刻を確認しながらそう言った。その時だった。扉が開く音が聞こえた。そしてその直後、一人の男子生徒が受付に顔を出した。
「北沢。約束通り来たぞ。」
「早かったな。」
大塚は、その男子生徒を見て我が目を疑いながら言葉を漏らした。
「え…?大崎くん…?」
その男子生徒は、大崎だった。
「大塚か。久しぶりだな。」
「大崎くん、どうしたの?」
「メダルゲーム大負けしてさ、北沢にメダルやるからここに来いって言われてよ。仕方なく来ただけだ。」
「……北沢くん何やってるの?」
「いや、この間たまたまスマホゲームやってるところ見てさ。声かけたら一緒に遊ぶようになったんだよ。」
「いつの間に…。」
「さて、そろそろ移動して授業を始めようか!」
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