報告50 3章エピローグ:伏線についての考察
【1】
北野との面談を半ば無理矢理終わらせた弟は、私を連れて学校の外に出た。普段とは違う様子の弟に、驚きながら私は尋ねた。
「お前があんなに言うなんて珍しいな。」
すると、弟は私を見て言った。
「兄さん、気づいてないの?」
「何がだ?」
「冷や汗、すごい出てるよ。」
「え…?」
「それに、手も震えてるよ。」
全く自覚がなかった。別に北野に何を言われようが何とも思っていないはずだ。いや、むしろ滑稽だったとすら思っている。それなのに、私の身体が発している信号は、それとは全くの逆だった。私が、自身の手をみつめながら、心と体の乖離に戸惑っていると、弟が話を続けた。
「兄さん…。とりあえず、お昼ご飯食べようよ。」
私は、弟に連れられ近くの飲食店に入った。
【2】
飲食店に入った私たちは、とりあえず食べたいものを頼み、料理を待っていた。弟は、心配そうな顔でこちらを見ていた。その顔を見たのは、私が初めて教師になり、精神的に参ってしまったとき以来だ。だが、そのときの弟の様子とは少し違う、そんな違和感を私は抱いた。私は、その違和感を、そのまま弟にぶつけてみる事にした。
「永、もしかして俺がこうなる事、分かってたんじゃないか?」
「……………。」
弟は沈黙した。
「……………。」
私も沈黙で返す。2人の沈黙が作る空気は、暗く重い。昼時で騒がしいはずの店内から、音が消えた様にさえ感じる。私は、その空気に耐えきれずに言った。
「答えづらいなら、別に答えなくて構わん。とにかく、面談助かった。苦労をかけてすま…」
「飛田先生だよ。」
私の会話を遮って、弟はそう言った。弟はすぐさま言い直した。
「飛田先生が、もしかしたら面談で兄さんに何か起こるかも知れないって、言ってたんだ。」
私は弟に対して聞いてなかった事が一つあった。弟は私に隠し事をしている。それは、彼のある発言から読み取れた。私は、そのことを今まで問いただしてこなかった。しかし、いい機会かも知れない。私は、重い口を開いた。
「永、覚えてるか?前に私のことを探偵が、調べている気をつけろって言ったことを。(参考:報告35より)
私は、それを聞いて疑問に思った。本来、探偵は顧客の依頼情報を決して、他の顧客に漏らしたりはしない。守秘義務があるからな。だから、お前の言ったことは、絶対にあり得ないんだ。このことから考えられる事実はひとつだ…。
私に調査を依頼した顧客自身がお前に接触してきたんじゃないのか?」
「……やっぱり。兄さんには、敵わないな。その通りだよ。」
「そして、それは飛田先生だったんだろ?」
「流石だね兄さん。あれは、兄さんが進路面談をする事になって、それを止めようと交渉したときの事だよ。飛田先生が言ってきたんだ。兄さんの過去を調べたって、そして兄さんが公立の教員を辞めたこと。その原因が精神的なものだったってことも。」
「そうか…。彼は何を考えているんだ?」
「それは、僕にもわからないよ。彼は、僕たちの敵なのかな…?」
私はここに来て、飛田が何を考えているのかが、さっぱり分からなくなっていた。弟は、私を案じてくれているが、明日で一学期はおしまいだ。当分、北野と会うこともないだろう。それよりも、塾の夏期講習や大崎の件がまだ残っている。そちらを優先するべきだ。私は弟に言った。
「とりあえず、明後日から夏休みなわけだし、当分は北野に会う必要もない。大丈夫さ。それより、夏期講習の準備をしないとな。」
「分かったよ、兄さん。でも、無理はダメだからね。」
【3】
昼食を済ませたあと、私は弟にある場所へと連れられた。私は、その場所に着くと弟に言った。
「なぜ、今更こんな所に来たんだ?」
「夏期講習がうまく行くよう、お願いしようと思ってさ。だってここなら、御利益ありそうでしょ?現にとんでもない力が働いた場所だし。」
私たちが来た場所は、全てが始まった例の神社だった。確かに、御利益はあるのかも知れないが…。
「勘弁しろよ…。」
私は、そうは言いながらも、「確かに御利益は、あるかもしれない。」と不覚にも納得していた。弟は、私に聞いてきた。
「兄さんはさ、やっぱりこの場所を忌々(いまいま)しい場所だって思ってるの?」
「いや、別にそうは思っていない。」
「中学生に戻ったことについては、どう思ってるの?」
私は、弟の質問に淡々と答えた。
「別に何とも思っていないな。今の環境で、自分のできる最大限のことをしているからな。大切なのは、今、何をするか、だからな。大人だろうが、中学生だろうが変わりはしないさ。」
「兄さんらしい答えだね。兄さんは、中学生に戻ってしまったのは、偶然だと思ってる?それとも何かの運命だと思ってる?」
「おいおい、いきなりどうしたんだよ。私は、ただの偶然だと思うけどな。」
「そっか。変なこと聞いちゃったね。ちょっと聞いてみたくなっちゃってさ。」
「なんなら、代わるか?」
「いや、僕はもう一度中学生やり直すの勘弁だよ。じゃ最後にひとつだけ。」
「なんだ。」
「僕は、兄さんが中学生になった事は、何か理由があるんじゃないかって思ってるよ。」
「なぜ、そう思うんだ?」
「飛田先生が僕にそう言ったんだ。その根拠は何かを聞いても、本人は答えてくれなかったけどね。でも、その時の彼の目には、全く迷いが無かった。あの人は、僕たちの知らない何かを知っている。そんな気がするんだ。」
「飛田領か…。」
確かに、今思うと初めて会ったときから、私の中で何か引っかかっていた。初めて会ったはずにも関わらず、どこかで出会っているような…。とにかく、彼が私たちに何か隠し事をしていることは事実なのかも知れない。いずれ、彼を問いただす時が訪れるのだろうか?私が中学生に戻ってしまったことには、本当に理由があるのだろうか?そして、なぜ、北野との面談で私はおかしくなってしまったのだろうか?
さまざまな疑問が渦巻く中で、2度目の中学校生活は、夏休みを迎えようとしていた。
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